最低で最高の伝説の称号


 あまりの大音量に、ゴンベエは慌てて帽子を脱いで、ランツに手渡した。

 途端に帽子は静かになって動かなくなった。


 「あれ?」

 

 先ほどまで騒がしかったギルド内が、嘘のように静かになっている。

 不思議に思って振り返ると、唖然とした人々の視線がゴンベエに集中していた。


 「ランツさん、周りの様子が変なのだが?」

 

 ランツは受け取った帽子を片付けながら、「そのようですね」と、渋い表情で頷いた。横を見ると隣のバビンスキーが顔を真っ赤にしている。


 戸惑いの表情のゴンベエと目が合った瞬間に、バビンスキーはぶっと吐き出して、腹を抱えて笑い始めた。


「おーい、みんな聞いたか!レイトブルーマーだってよ――!」

「バビンスキー様!」


 厳しく非難するランツの声を無視して、バビンスキーは高笑いを止めない。


「伝説の残念称号キター」

「あれだけには成りたくなかった件について」

「飯ウマー!」

「レイトブルーマーってそりゃないでしょう」


 周りの冒険者たちからもさげすみと嘲笑が漏れ聞こえてくる。


「いやあ、まじでゴンベエちゃんご愁傷様。本当に居るんだな、レイトブルーマーって」


 目に溜まった涙を拭って、真顔になったバビンスキーが、ゴンベエの肩をポンと叩いて、耳打ちしてきた。


「おめでとう。伝説の勇者と真反対の伝説のゴミ称号だな。くくくく……」


 笑いを噛み殺しながら立ち上がったバビンスキーは、わざとらしくゴンベエに左右の眼でウインクした。


「ゴミ称号君、あ、ゴンベエ君だったね。仲間にするのやっぱやめるわ。だってレイトブルーマ―使えないもん。まあ、一人で一生頑張れ」


 嫌味な笑顔のまま、帽子のつばを一度上げると、バビンスキーはワルテンブルグの居るテーブルへと腰をくねらせながら戻っていった。


「ゴンベエ様、不快な思いをさせて申し訳ありません」

「ランツさんが謝る事ではありません」


 苦々しい表情のまま深々と頭を下げたままのランツに、ゴンベエは頭を上げるよう促した。正直腹が立たない訳ではないが、何故ここまで言われているのか、理解できない気持ちの方が大きい。


「ランツさん、レイトブルーマーとは、一体どのような称号なんだ?」

「私も40年程この仕事をしておりますが、レイトブルーマーにお会いするのは2回目です。とても珍しい称号ですよ」


 柔和な表情に戻ったランツが、ゴンベエに氷の入った飲み物を出してきた。手持ちが無い彼は断ろうとしたが、「サービスです」とほほ笑んでグラスを差し出した。


「端的に言いますと、究極の早熟である勇者と対極にある、究極の遅咲きの称号とされています。つまり―――」

「つまり?」


 ゆっくりとランツの眉間に深いしわが刻まれていき、ふうっ、とため息をついてから、重々しく口を開いた。


「……強くなる事が不可能な称号という事です」

「なぜ、不可能だと?」


 遅咲きの称号なのであれば、頑張っていればどこかで花開くはずである。それを何故不可能と言うのだろうか。


 ランツは自分用に準備した飲み物を一度口にしてから、『昔居たレイトブルーマーの方から聞いた話ですが』そう前置きをして、話しを始めた。


「その方は、レベル10で全ステータスが10だったそうです。並のレベル10ならば、その10倍の100はステータスがあります」


 そう言われてゴンベエは自らのステータスを見た。成る程確かにレベル89の自分のステータスは他の項目も全て89になっている。つまりは並のレベル10のステータスにも劣るという事だ。


「レベルを上げるためにはどんどん経験値が必要になります。ですがステータスが低いので、弱いモンスターしか倒せません。結果、段々レベルを上げる事が難しくなっていきます」

「……なるほど」


 そういう意味では、オリちゃんの豊富な経験値でここまで簡単にレベルを上げる事が出来たのはかなりラッキーだったといえる。


「最終的にはその遅咲きの才能が花開く前に、必要な経験値が稼げなくなり、レベルが全く上がらず、同じレベルの村人にも劣る低いステータスのまま冒険者として終わってしまいます。これが、レイトブルーマーが冒険者としてムリゲーと言われる所以です」


 最後のムリゲーは良く分からないが、先程バビンスキー達にバカにされた理由と、自分のステータスが何故一向に上がらないかの理由がようやく分かった。


「しかし、レベルアップが行き詰るのであれば、なぜこの称号が遅咲きの称号と分かるのだ?」

「それは、王都に保管されている神々が作りし書物に、そのように書かれているからです」

「神々が作りし書物?聖母教の聖典みたいなものか?」

「いいえ。あんなではありませんよ。本当の神々が作りし書物です。そこには、すべての称号の事が書かれているそうです」


 それを聞いたゴンベエの瞳がみるみる輝き始めた。勢いよく、ぐいっと飲み物を飲み干し、大きくぷはっと息を吐いた。

 ほんのり甘い後味が口の中に広がっていく。そんなゴンベエの様子をランツは不思議そうに眺めている。


「……あまり落ち込んでいるようには見えませんね。もしよろしければ、その理由をお聞かせ頂いても?」


 慣れた手つきでランツがゴンベエのグラスを一旦下げると、そこに新しい飲み物を継ぎ足し、「これもサービスです」と再びグラスを差し出した。


「簡単な事だ。頑張ってレベルを上げれば、いずれ確実に強くなれる事が分かったからだよ」


 興奮気味に話すゴンベエのグラスを握る手に、自然と力がこもる。


 レイトブルーマーは究極の遅咲きの称号という言葉が、ゴンベエの中でリフレインされていく。


「ゴンベエ様にあらぬ期待を持たせない為に、敢えてお話させて頂きます。私の知っているレイトブルーマーは、人生をとして、こつこつ戦って奇跡的にレベル30まで上げましたが、強さはレベル3前後の冒険者並にしかなりませんでした。つまり彼が生涯をささげたレベル30では、まだ急成長を遂げるには足りないという事です」


 そんな事は骨身に染みるほど良く分かっていた。何故なら彼は、レベル89でも全然ステータスが上がってないのだから。


 しかし、諦めずに努力を続ければ、いずれどこかで爆発的に強くなる可能性があると分かった今、ゴンベエは興奮せずにはいられなかった。


 これ以上強くなれないと完全に諦めていただけに、いずれステータスが伸びると神様とやらが保障してくれていると分かった今は、鼻の穴が広がって仕方がない。 


 これのどこがゴミ称号なのだろうか?考えるだけでも、武者震いがしてくる。


「あと一つ、レイトブルーマーについては、貴方がお世話になっている孤児院のアンジェリナの方が詳しいので、後で色々と聞いてみてください」

「アンジェリばあさんが?……わかった」


 因みに何故アンジェリナがレイトブルーマーに詳しいのか、ランツに質問してみたが、それはアンジェリナ本人に聞いてくださいの一点張りで、一切答えてはくれなかった。


「それでは、ゴンベエ様の冒険書登録用紙に、『レイトブルーマー』の称号を記載させて頂きますね」

 

 ランツがニッコリと微笑むと、ゴンベエの代わりに『レイトブルーマー』と書き込み、書きあがった登録用紙を一旦ゴンベエに見せた。


「良い冒険者の条件は、いかなる状況でも前向きでいられる事です。貴方のように前途ある若者に出会える事は、ギルドマスターとしての職業冥利に尽きます」


 そう言うと、ランツはカウンター上のキカイと呼ばれるものに登録用紙の内容を打ち込み始めた。


「貴方の名前を、私の手で冒険書に登録させて頂ける幸運を、神に感謝致します」


 祈りをささげたランツは、ちらりとゴンベエを見てほほ笑むと、再びキカイの画面に視線を落として、入力を再開した。


 何をどう評価されたのか良くわからなかったが、悪い気はしない。上機嫌のままゴンベエが、ランツから頂いた飲み物をゆっくり飲んでいると、入力の手を止めたランツが、キカイの画面をゴンベエの方に向けてきた。


「ゴンベエ様、内容を確認して、本人確認のこのボタンを押して頂けたら、登録が完了致します」


 ランツがキカイから伸びる赤いボタンを、ゴンベエに差し出してきた。


 「うーん。なるほど……」


 一応考えるフリをしたが、正直全然読めない。まあ、細かいところは、ランツさんがやってくれたから、読まなくても大丈夫だろうと、ゴンベエは登録ボタンに手を掛け

 

 これで俺も冒険者の仲間入りだあ!


 ポチっとな


 『ブブー、エラーです。データベースに名前が登録されておりません。冒険書に登録出来ませんでした』


 ゴンベエとランツは思わず目を合わせた。


「少々お待ちくださいませ」


 一度画面をぐるりと元に戻して、ランツが登録用紙の内容をもう一度入力しなおしした。


「申し訳ありません、もう一度押して頂いても宜しいでしょうか?」

「えっ?あっ、はい」


 もう一回ポチっとな。


 『ブブー、エラーです。データベースに名前が登録されておりません。冒険書に登録出来ませんでした』


 ぽちぽちぽち。今度はボタンを三回連打してみた。


 『ブブー、ブブー、ブブー、データーベースに名前が無いから、冒険書に登録出来ないって言ってるよね』


 ぽちぽちぽちぽち。今度はボタンを四回連打してみた。


 『ブブー!!だから、名無しは登録出来ねえっつってんだろうが!』


 ぽちぽちぽちぽちぽち。懲りずに五回ボタンを連打する。


 『ブブブー!!しつこい!だめったらだめ!』


 ぽちぽちぽちぽちぽちぽち。まだまだ連打してみる。


 『……ねえ、もういい加減あきらめない?』


 ぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽち。何回押したか段々分からなくなってきた。


 『……これ以上やったら僕、壊れちゃうので、もうそろ勘弁して頂けませんか?』


 ぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽち。


 『堪忍しておくんなまし!僕、もう保障期間切れてるの。壊れたら捨てられちゃうの-!!』


 ぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽち。


 『だー!わかりました!わかりましたよ!名無しで仮登録させて頂きます。どうかこれでご勘弁―――』


 ぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽちぽち


 『もうっほんっっとにごめんなさい!名無し違いでした!ナナシ=ゴンベエで登録させてください!よろしくお願いしますぅぅ!!』


 ぽちっ。


 『ピンポーン!ナナシ=ゴンベエで冒険書に登録致しました。おめでとうございます。……くすん』


 「このキカイってやつ、中々面白い!またボタンを押したいのなあ」


 ひぃぃぃ! ピンポンパンポン♪


 突然キカイの画面が音を立てて消えて暗くなった。


「機械も疲れるんですね……。私も長年この機械を使っていましたが、今日初めて知りましたよ。御覧のようにシャットダウンしてしまいましたので、とりあえず今は休ませてあげてください」

「わかりました」


 ゴンベエは、キカイの画面を撫でてから「また明日遊ぼうね」と囁いてみた。


『……ヤダ』

「スリープモード、狸寝入りでしたか……」


 ランツは、クスリと笑った後、グラスを掲げてきた。


「取り敢えず、疑惑の登録ではありますが、なんにせよ登録おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 ゴンベエも、ランツを真似て、自分のグラスを掲げた。


「こういう時は、こうするのが大人のマナーです」


 ランツがゴンベエのグラスに自らのグラスを当てた。


 カツ-ン


 綺麗な音が鳴り響いた。まるでゴンベエの冒険者としての門出を祝福しているような音であった。

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