レイトブルーマーってやっぱ凄いじゃん

「さっきワシが『光速剣サガローマ』を使った過程を覚えておるかのう」

「うむ。踊って、こおおおおって息吸って、ビイトォォ!って叫んで、ズバン、だな」

「ゴンベエ様、結構適当っす!」

「よろしい。その通りだのう」

「え?それでいいっすか?」

「いいみたいだ」


 遠くから会話に突っ込んでくるキュンメルに、ゴンベエはサムズアップを見せた。ふと自分の腕に、ポタリと赤いしずくが当たった事に気づき、ハッとして上を見ると、イビルホークの鋭い爪がゴンベエの眼前に迫っていた。

 咄嗟に差し出したダガーナイフに、イビルホークの爪がぶつかる。


「いかん!やつはゴンベエさんの武器を破壊するつもりだ!」


 空中に白い破片が飛び散った。

 だが、破壊されたのはイビルホークの爪のほうだ。

 ダガーナイフの破壊を確信して余裕の顔をみせていたイビルホークの表情が、みるみる驚愕の表情に変わっていく。


 片翼でふらつきながら、慌てて上空へと退避していく。

 間一髪助かったゴンベエは、油断なく次の攻撃に備えて再び剣を身構えた。今度はイビルホークを視界から外さないよう注視する。


「とっさの動きとはいえ大したもんじゃのう」

「まあ、俺の腕というようも、武器が伝説級に良いもんで」

「それも含めて実力という事だのう」

「アンジェリばあさんもランツさんと似たようなこと言うね」


 だが、素直に喜ぶことは出来ない。攻撃力も防御力も89のゴンベエにとっては、アダマンタイト鉱石を切ったことも、イビルホークの爪を破壊したことも、すべてはオリハルコンのお陰である。

 とても実力で対処できたとは思えない。


「さて、今イビルホークが距離を取っておる間にさっきの続きだのう」


 アンジェリナがゴンベエにサムライソードを身構えるよう指示してきた。

 ゴンベエは素直に従い、ダガーナイフを鞘にしまい込むと、サムライソードを抜いて身構えた。


「それではゴンベエさん、さっき私がやった動きを再現してみるのだ」

「わかった!」


 アンジェリナに言われるがままに、先ほど彼女がやっていた動きを思い出して、揺ら揺らと身体を揺らし始めた。


「そこ!動きがちょっと違う。自分の中で無限の星空をイメージするのだ!」


 アンジェリナの鋭い激が飛ぶ。しかし無限の星空と言われてもいまいちピンとこない。

 見かねたアンジェリナが、つかつかとゴンベエの側に歩み寄り、がっちりとゴンベエの腰に手を当てると、彼の身体を強制的に揺らし始めた。


 あれ?腰が痛くて動けなかったはずじゃなかったっけ?


「雑念を捨てて集中!」

「あ、はい!」


 心に生まれた雑念を捨て、ゴンベエは一心不乱に身体を揺らし始めた。

 アンジェリナの誘導もあり、次第に考えずとも勝手に身体を規則的に揺らせるようになってくると、アンジェリナから新たな指示が飛んだ。


「よし!ここで、台詞を叫んでこおぉぉぉぉって息を吸う!」

「燃えろ!俺の中のエナジーよ!!こおぉぉぉぉぉ」


 見よう見まねで息を吸い込み始めると、ゴンベエの身体の周りに白いオーラが纏わり始めた。


「え?嘘!?普通は他人の特殊スキルって真似出来ないはずっすよ?」

「さあ!ゴンベエさん、次は唸れ私のビィトォォォォって叫んで!」


 息を止めて大きく頷くと、ゴンベエは吸い込んだ息を一気に吐き出した。


「唸れ俺のビィトォォォォ!!!」


 彼の全身を覆っていた白いオーラが、どんどんサムライソードに集約してく。


「まじっすか!?ほんとにできちゃうっすか!?できちゃうっすかぁ!??」

「さあ、ゴンベエさんいっけぇぇ!!!!」


光速剣サガローマ!!』


 ゴンベエは。振りかぶった剣を上空のイビルホークに向かって、全力で振り下ろした。


 次の瞬間、ゴンベエのサムライソードから、光速の斬撃が遠く上空に居るイビルホークに向かって放たれ、イビルホークを真ん中で両断し、空の彼方へと消えていった。


 両断されたイビルホークが、光の粒子となって消えていく。


「……できちゃったっす」


 なにも居なくなった虚空を見上げて、キュンメルが言葉を失って呆然としている。


 「驚く事ではないよ。今のはどちらかというと、アンジェリばあさんの指導の賜物で出来ただけであって、断じて俺が凄かったわけではないよ」


 息を整えながら、サムライソードを鞘に収めているゴンベエの肩を、駆け寄ってきたキャンメルが激しく揺さぶった。


「ゴンベエ様この凄さがわからないっすか?特殊スキルは各個人にそれぞれ神から与えらえたものっす。真似出来るなんて本来絶対にあり得ないっすよ」

「そういうもんなのか?」

「そういうもんだのう。普通は指導しても真似できやしないよ。ほれ、ドロップアイテムだのう」


 腰痛で動けなかったはずのアンジェリナが地面に落ちているイビルホークの爪をひょいと拾い上げた。


「アンジェリばあさん、その腰……」

「ん?そんなもん、ゴンベエさんにスキルを使わせる為の演技だのう」


 アンジェリナが豪快に笑い飛ばした。


「なんだよ嘘かあ。後半ガンガン俺の腰を降らせてたから変だと思ったよ」


 つられてゴンベエも笑い始めた。結果的に嘘をつかれたわけだが、不思議と嫌な気持ちは全く無い。


 不思議な雰囲気を持った人だ。俺のお母さんもこんな感じの人なんだろうか……。


 そう考えたながらアンジェリナを見ていると、辺境の魔王じいじのかつて言葉が脳内にフラッシュバックした。


 ―――ゴンベエよ、お主の母親は勇者とパーティーを組んでいた女戦士だ―――


 そういえば、アンジェリナも勇者パーティーの女戦士という事だった。ということは―――


「アンジェリばあさんって、もしかして俺のお母さん!?」

「え?……もしかしてゴンベエさん、あんた、まさか……」


 ゴンベエとアンジェリナの間に、深い静寂が訪れた。

 静かにお互いに目を見つめ合う。


「そう考えて見ると、……似ている」

「どこが似てるっすか?」


 あきれ顔のキュンメルが、サクヤをおぶったまま近づいてきた。


「ほれ、よく見ろ!俺と顔のホクロの位置が似ているじゃないか!」

「ホクロの位置は遺伝しないっす」

「……え?そうなの?」


 口を開けてぽかんとするゴンベエを見て、アンジェリナが豪快に笑い始めた。そこでようやくゴンベエも、自分の気のせいであった事に気が付いた。 


「だいたいアンジェリナ様はもうすぐ70歳っすよ。お母さんと言うよりおばあちゃんっす」

「なんだいキュンメル。もう少し久しぶりの母親気分味わいたかったのに」


 冗談めいた口調でアンジェリナが口を尖らせた。

 割と本気で母親かと思っていたゴンベエは、バツの悪い気分で黙って二人のやり取りを見ている。


「私には娘しかおらんよ。まあ答え合わせをするならば、私の元旦那がレイトブルーマーだったのさ」

「そうだったっすか!」

 

 どうやらキュンメルも知らなかったらしい。

 これで何故、ランツさんが、レイトブルーマーの事はアンジェリナに聞けと言ったのか、合点がいった。


 聞けば、10数年前に亡くなったアンジェリナの旦那がレイトブルーマーであり、ランツや勇者とも知らない中では無かったらしい。

 元気しか取り柄が無かったはずが、流行り病に倒れてね……。

 寂しげにつぶやいたアンジェリナの横顔が印象的であった。


「それでもう一つの答え合わせだがのう、レイトブルーマーの特殊スキルが『モノマネ』なのさ」

「だからアンジェリナ様の『光速剣サガローマ』を真似出来たっすね!普通の人間は真似は絶対に出来ないっす!」


 キュンメルが鼻息荒く息巻いている。


 オリちゃんとじいじが、『モノマネ』という特殊スキルの事を果たして知っていたのかは分からないが、ある時から彼らがやたらと特殊スキルを覚えさせようとしてきた事を思い出した。


「しかし全部が真似できるわけでは無いだろ?」


 現にゴンベエは、辺境の魔王最大の特殊スキル『絶望の赤い閃光ネクロマンシア』を真似することが出来ない。


「勿論その通りだのう。特殊スキルの発動条件は様々だ。ゴンベエさんがその条件をクリア出来ない限りは、真似する事は不可能だのう」

「なるほど」


 確かに『ネクロマンシア』は魔力が無いと発動しないのだが、ゴンベエは人間であるため、そもそも魔力を備えていない。

 道理でどれだけやっても真似出来なかったはずである。


「私の『光速剣サガローマ』で言えば、必要な条件は最初の踊りと呼吸法だねえ」

「え、途中の台詞たちは?」

「……最初の踊りと呼吸法だねえ」

「エナジーとビィトォォォォは?」

「まあ、細かい事は気にするなよ。がはははは」


 なにか勢いで誤魔化された気がするが、まあいいだろう。


 「やっぱり俺の称号、レイトブルーマー最高だな!もっと沢山の人に出会って特殊スキルを覚えまくって、死ぬほど鍛えて強くなりまくってやるのだ!」


 ゴンベエの胸の鼓動が、どんどん高鳴っていく。

 抑えきれない衝動と共に、ゴンベエは拳を突き上げた。


「よっしゃやるぞおぉ!」


 広場中にが響き渡ったゴンベエの声に、いち早く反応したのは意外な人物だった。


「……ゴンベエさん、うるさいですね」


 声の主―――月夜見サクヤが、今の声で目を覚ましたらしい。

 キュンメルにおぶさったまま、不機嫌そうな顔をゴンベエに向けてきたのであった。

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