アンジェリばあさんは只者ではありませんでした

「今のは俺の特殊スキルであり、古郷では主に洗濯物を乾かすために使っていただけど、異常ステータスを完全無効化することも出来るスキルなんだ」


 辺境の魔王じいじの特殊スキルを真似た事は敢えて伏せつつ、ゴンベエは簡単にスキルを説明した。異常ステータスの完全無効化は、実は他人に使った事が無かったので半信半疑であったのだが、


「どうやらうまくいったようだな」


 ホッとしたようにゴンベエは、サクヤの頬を撫でた。

 未だアンジェリナの肩の上で眠ってはいるが、赤くなっていたサクヤの顔色は、今はすっかり良くなっている。


「……すごいっす。こんな特殊スキル見た事ないっす!」

「なんと……まあ、辺境の魔王ディアヴァルホロ1世が使ってた特殊スキルに良く似ているねえ」


 似てるどころか、正にじいじの特殊スキルだ。

 しかし何故、アンジェリばあさんはじいじの特殊スキルの事を知っているのだろうか……。


「ゴンベエ様凄いっす!レイトブルーマーって実はすごい職業なんじゃないっすか!」


 興奮したキュンメルが「凄いっす」を連呼して飛び跳ねている。

 「そんな事は……」とゴンベエは首筋を掻いた。ただ、じいじのスキルを真似しただけなので、あまりに褒められると逆にむず痒い。


「ゴンベエさん!あんた、レイトブルーマーなのかい?」


 肩に担いだサクヤをどさりと落として、鼻の穴を全開に広げたアンジェリナが、ゴンベエの肩を掴んで激しく揺らし始めた。

 

「わわわわ……そうだ。さっき冒険者ギルドでも鑑定してもらったから間違いない」


 ゴンベエを揺らす手がピタリと止まった。目の前には真剣の表情のアンジェリナが居る。


「……それでランツの奴は、何か言っておらなかったかのう」

「超遅咲きで、最終的に強くなるのが不可能な称号と言っておった」

「それだけかい?」


 真剣な表情のまま、アンジェリナがゴンベエににじり寄ってきた。徐々に近づいてくるアンジェリナに気圧されながら、ゴンベエはさっきの出来事を思い出してみた。


 他に何か言っていただろうか……。

 頭の中でランツとの会話を辿っていく。


 待ちきれないとばかりにアンジェリナが核心を突いた。


「私がレイトブルーマーに詳しいとか言ってなかったかい?」

「あっ、言っておった!」


 冒険者ギルドでのランツの発言を思い出したゴンベエは、ぽんと柏手を打った。


「ゴンベエさんが勇者の息子で、さらに職業がレイトブルーマーかい。つくづく縁を感じるねえ」


 一瞬寂しさを漂わせたアンジェリナが、それを覆い隠すようにゴンベエの背中を叩いて豪快に笑い始めた。

 オリハルコン性の服のはずだが、背中から伝わってくる衝撃は先ほどよりも強い。


「レイトブルーマーは究極の遅咲きの職業じゃが、もう一つ他の職業には無い特別な力を備えておる」

「それはなんすか!知りたいっす!」


 ゴンベエが質問するより先に、目を輝かせたキュンメルが身を乗り出して、アンジェリナに向かって手を挙げた。


「ね!ゴンベエ様!」


 キュンメルの言葉に、ゴンベエはコクコクと二度頷いた。

 自分の可能性を広げる話であれば、聞かない手は無い。ゴンベエも、キュンメルと同様に身を乗り出した。


「うむ、ゴンベエさんは薄々気づいておるかもしれんが、レイトブルーマーはのう―――」


 アンジェリナが話し始めたその時―――、上空に只ならぬ気配を感じた。


「あれはなんだ!?」


 ゴンベエの声に二人が一斉に上を見上げた。空飛ぶ何かが太陽の光を遮っている。

 鳥……、いや、あれは魔物か!?

 日陰になって見にくいが、手足が生えているように見える。


「あれはイビルホークだのう。この辺では珍しいちょっと強めのモンスターだのう」

「イビルホークっすか!?やばいヤツっす!なんでこんなところに!?」


 のんびりとした口調のアンジェリナと対照的に、キュンメルは泡を食ったようにおろおろし始めた。

 鳥のような魔物―――イビルホークは、ゴンベエ達の上空で、ぐるぐると旋回を繰り返している。

 どう見てもこちらを攻撃する機会を図っているようだ。


「キュンメル、シスター月夜見を連れて少し離れてくれるかのう」

「え?でも」

「私とゴンベエさんで対応するから心配せんでもええ、よっこいしょっと」


 アンジェリナは有無を言わさずに、床に転がっていたサクヤを、ひょいと持ち上げてキュンメルにおんぶさせた。サクヤの重量によろけたキュンメルであったが、なんとか踏ん張って体勢を立て直した。


 何か言いたげな様子のキュンメルであったが、ぐっと言葉をのんで、ゴンベエ達から距離を取って身を屈めた。


「あれはゴンベエさんを心配しとるようだのう。どうじゃ、キュンメルは良い子だろう?」


 上を見上げたまま、アンジェリナがのんびり話しかけてきた。

 イビルホークは相も変わらずゴンベエ達の上空で旋回している。旋回場所から想定するに、どうやらイビルホークのターゲットは、ゴンベエかアンジェリナのどちらかのようだ。


「アンジェリばあさん、二つ確認したい」

「なにかのう」

「見たところ武器を持っていないようだが、素手で戦えるのか?」

「無理だのう」

「は?」


 拍子抜けして思わず両膝に手を当てて突っ伏したゴンベエに、アンジェリナが右手を差し出してきた。


「だから、ゴンベエさんのサムライソードか、もしくはダガーナイフを貸してもらえんかのう」


 差し出されたアンジェリナの掌を見て驚いた。ただの老婆とは思えない程ごつごつしていたからだ。明らかに安穏と日々を過ごしてきた人間の掌では無い。


 上空にいる魔物の存在を一瞬忘れる程アンジェリナの掌に見とれた。

 自分自身では、素振りによって立派な剣ダコが出来ていると思っていたが、アンジェリナの手と比べると、この程度の剣ダコで奢っていた自分が恥ずかしい。


「あんた何者だ?」


 気持ちを上空の魔物に戻しながら、ゴンベエは鞘から抜いた侍ソードを、アンジェリナに手渡した。


「私はかつて勇者と共に辺境の魔王ディアヴァルホロ1世と戦った事があるだけの、ただの女戦士だねえ」


 今の言葉を聞いて全てに合点がいった。


 道理でマニャタビの事やじいじの特殊スキルを知っていたわけだ。


 アンジェリナがニヤリと笑いながら、受け取ったサムライソードを素早く振り回した。風を切る音は聞こえるが、あまりの速さに剣筋を目で追う事が出来ない。


 アンジェリナが上空を見据えて剣を身構え、迎撃態勢を整える。


「で、ゴンベエさん。あと一つ確認したい事ってなにかのう」

「イビルホークは、辺境の魔王ディアヴァルホロ1世の配下のモンスターか?」


 鋭い眼光でアンジェリナがチラリとゴンベエを見た後、再び上空へ視線を戻した。

 

「ゴンベエさんの質問の意図が良く分からんが、イビルホークは、ディアヴァルホロ1世の配下の者では無いのう」

「何故それが分かるのだ?」

「簡単な事だのう。ディアヴァルホロ1世の配下のモンスターは、気の毒な程名前がダサい。イビルホークなんてかっこいい名前の配下がおるわけなかろう」


 確かにそうだったぁぁ!

 仮の名前の候補が、『ホホすべすべの助』とか『声でか男』だったとオリちゃんから聞いた時、ぞっとしたのを思い出した。今後辺境の魔王じいじの部下かどうかを知る良い指標になりそうだ。


「質問は終わりかのう?」

「ああ、これで気兼ねなく倒すあいつを事に集中できる」


 腰のダガーナイフをゆっくり取り出すと、ゴンベエは深く腰を落として身構えた。


「こうやって勇者の息子と戦う日が来るなんて、感慨深いねえ―――、来るよ!」


 横に居たアンジェリナに思い切り突き飛ばされたゴンベエは、身をひねって着地する。

 次の瞬間、今まで彼が立っていた地面に、斬撃の跡が二本刻まれた。


「おお、あっぶねぇ」


 アンジェリナに突き飛ばされなければ、地面の切れ込みは、今頃自分に刻まれていたはずだ。冷や汗を拭いながら見上げると、イビルホークが相変わらず高い高度で旋回を続けている。一体どうやってここまで攻撃をしてきたのだろうか。


「今の攻撃はなんだ?」

「鋭い爪による直接攻撃と、羽で生み出した風の刃による遠距離攻撃が、イビルホークの攻撃パターンだ。油断せんようにのう」


 成る程、ということは、今の攻撃は遠距離攻撃の方だ。

 

「まずいな」


 イビルホークに注意を払いながら、ダガーナイフを握る手に力を込めた。

 残念なことにゴンベエ自身は、遠距離の敵を倒すような魔法や特殊能力を有していない。攻撃を当てるには、どうにか直接攻撃が当たる近距離まで近づいてもらうしかないのだが、イビルホークは先ほどと同じ高度で旋回を続けている。


 イビルホークはこちらの刃が届かない高さで飛び続ける事で、自身の安全圏を維持しているようだ。

 こうなると頼みの綱はアンジェリナしかない。


「アンジェリばあさん、どうするつもりだ?」

「簡単な事だのう。私のスキルは、遠距離の敵におあつらえ向きなのでのう」


 少し早口で尋ねたゴンベエに対して、アンジェリナはゆっくりとした口調で答えた。

 この状況下でもアンジェリナに余裕がある事が分かり、ゴンベエは内心ほっと胸を撫で下ろした。


「スキル発動に時間がかかるので、しばらく一人で斬撃に耐えて欲しいのう」

「分かった!」


 二つ返事で快諾したゴンベエは、奥歯を噛みしめながら顔の正面にダガーナイフを構え、再び上空のイビルホークの動きに警戒感を高めた。


 ゴンベエが身構えたのを確認すると、アンジェリナがゆらゆらと、身体を揺らし始めた。

 視界の端で見えるアンジェリナは、一見適当に動いているようにも見えるが、その実定の規則性を持って動いているようだ。


「燃えろ!私の中のエナジーよ!!こおぉぉぉぉぉ」


 アンジェリナが息を吸い込み始めると同時に、彼女の身体の周りに白いオーラが纏わり始めた。

 異変を察知したビルホークが、即座にアンジェリナに風の刃を放った。


「させるかよ!」


 ゴンベエは、躊躇うことなくスキルの発動で無防備なアンジェリナの前に身を晒すと、ダガーナイフを振りかざして風の斬撃を切り裂いた。

 ゴンベエのダガーナイフによって切られた斬撃は、彼を中心に放射状に広がって地面に数本の切れ目を生じさせている。 


正直思ったほどの手ごたえは無かったが、ダメージは受けてはいない。どうやら迎撃には成功したようだ。


「ゴンベエさん良くやった!すぐに横にずれるのじゃ!いくぞっ!唸れ私のビィトォォォォ!!!」


 言われるがままにゴンベエが横に移動すると、特殊スキル発動の準備を終えたアンジェリナが剣を身構え絶叫した。


 アンジェリナの全身を覆っていた白いオーラがどんどんサムライソードに集約してく。


光速剣サガローマ!!』


 アンジェリナが上空のイビルホークに向かって剣を振りかぶると、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろした。


 次の瞬間、剣から放たれた光速の斬撃が、遠く上空に居るイビルホークの片翼を両断する。光の刃で片翼を失ったイビルホークの叫びが、広場中に鳴り響く。

 

「すげえな、アンジェリばあさん」


思わず気を緩めたゴンベエを、


「まだっす!イビルホークは片翼でも飛べるっす!気を付けるっす!」


キュンメルが叫び声で嗜めた。慌てて視線を上空に戻すと、多少ふらついてはいるものの、確かにイビルホークの高度は維持されているようだ。


「大丈夫じゃ!もう一撃で全てを終わらせるからのう」


 アンジェリナが中腰で意気揚々と再び剣を大きく振りかぶったところで、「あひょ!?」と奇声を上げてピタリと動きを止めた。


「ん?」

「あひょ?」


 口を真一文字に結んだアンジェリナは、中腰姿勢のまま一向に動く気配が無い。

 

「アンジェリばあさんどうしたのだ?」


 異変を感じ取って駆け寄ったゴンベエの方に、アンジェリナは首だけ回転させて顔を向けた。

 近くで良く見ると物凄い脂汗が吹き出している。これはアンジェリナの身に何か緊急事態が起きたと考えて間違いなさそうだ。


「…………腰抜けた。もう一歩も動けんのう」

「え!?えええええ!!!」


 ゴンベエとキュンメルが、同じタイミングで頭を抱えた。


「いつつつ、ほれ、サムライソードを返すぞ」


 アンジェリナが中腰のまま、ゴンベエにサムライソードを手渡した。

 アンジェリナの手を離れたサムライソードは、纏っていた白いオーラがすっかり消えてしまっている。


「どうするっすか!イビルホークの高度はまだ落ちてないっす!このままだと攻撃する手段がないっす!」

「キュンメル、心配せんでええ。ゴンベエさんがなんとかする。のう?」


 脂汗を垂らしながらアンジェリナが、唖然としているゴンベエの肩に手を置いた。


 「そういうからには、何かあるんだろう?」


 表情に力を込めてゴンベエはアンジェリナに聞き返した。この状況下でアンジェリナが適当な事を言うはずが無いからだ。


 アンジェリナが「ほっほっほ」とにっこりとほほ笑んだ。

 

「勿論じゃ。私が今からレイトブルーマーの真の戦い方を伝授する」

「レイトブルーマーの、真の戦い方だと?」


 思わずゴクリと唾をのみ込んだゴンベエの胸が、次第に熱くなっていくのを感じた。

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