第1章 始まりの村サウスサンプトン編

大冒険への第一歩は裸から

 光に吸い込まれる感覚がしてから数秒後、今度は身体が光からはじき出される感覚に襲われた。

 激しい光の中に居たせいで視界が白くぼやけている。だが、足の裏から伝わってくる大地の感触と、先ほどまでとは違う匂いが、どこが違う場所に辿り着いたことを彼に実感させた。


 感傷的な気分と高揚感が入り混じり、身体中が滾ってくる。

 この感情を爆発させるために、ゴンベエは叫ばずに居れなかった。


「よっしゃあ!やるぞおおお!!」


 彼には島の外に出るにあたって立てた目標がある。それは―――

 わくわくする大冒険をする!という事だ。


 俺は大冒険の第一歩を今踏み出したのだ!!


 胸躍らせてわくわくしている内に、徐々に視界が慣れてきた。

 見回してみると、辺りは高い木々に囲まれていて、木洩れ日が辛うじて光を届けてくれてはいるが、薄暗い場所である。


 ドラゴンの翼は前に来た場所に転送する道具だった。ということは、俺はここからローエングリフ島へ送られたということ……なのか?


 改めて辺りを見回してみるが、高くそびえたつ木々以外にこれといったものは何一つとして無い。なにか無いものかとゴンベエが周囲を見回したその時、かすかな音が彼の耳に響いてきた。


 金属と金属がぶつかるような音がしている。

 ゴンベエは、居ても立ってもいられず音のなる方へ駈け出した。


 だんだん音が近くなっていく。

 近くなるにつれて、金属音以外に悲鳴のような声が聞こえてきた。

 期待感に駆られゴンベエの足が自然と加速していく。

 やがて目の前に木々が少し開けた場所が見えてきた。


 あそこの場所だ!


 勢いよく飛び出したゴンベエが目にしたのは、一匹の青い生物を2人の人間らしき生物が剣で切りかかっているところだった。


 突然飛び出したゴンベエに驚いたのか、そこに居る全員が動きを止めて、彼に視線を向けてきている。


「お主ら何をしておるのだ?」

「え?何ってスライム狩りだけど?」


 立派な剣を持った一人が、さも当たり前のように答えてきた。

 同調するように木の棒を持っているあとの一人も「うんうん」と頷いている。


「そんな事を聞いているのではない!」


 ゴンベエは、二人に囲まれて震えている青いスライムを抱え上げた。

 二人とも呆気にとられた表情で彼の行動を黙って見ている。


「二人がかりでいじめたら、こいつが可哀相だろうが!」

『……は?』


 二人の声が綺麗にハモり、互いの目を見合わせた。

 しばしの沈黙の後、今度は二人揃ってゴンベエを指さして笑い始めた。


「お前バカじゃねえの?魔物は経験値得る為に倒すものなの!」

「この辺りに出るスライムは、初心者冒険者のレベル上げる為だけに存在してるのでござる!」

「いくら可愛くても所詮は魔物、仲良くなんてなれないよ。その証拠にお前の腕さっきからそのスライムが攻撃しているだろ?」

「攻撃?はて??」


 言われてスライムに視線を落としてみたが、抱っこしているスライムが、彼の服の上から腕を甘噛みしているだけである。


 これは攻撃と言うより、ただじゃれているだけではないだろうか……。


 平然と腕を甘噛みしているスライムの様子を観察していると、立派な剣を持った方の人間が、困惑した表情で質問をぶつけてきた。


「おぬし、スライムの攻撃効かないでござるか?」

「え?これは攻撃じゃなくて、甘噛みだろ?」


 ゴンベエの答えの意味が分からなかったのだろうか、二人が再度顔を見合わせて目をぱちくりさせている。


 二人の様子察するに、ゴンベエのいう事が信じられないということのようだ。それならば、実際に体感してもらった方が早い。


 ゴンベエは、つかつかと立派な剣を持つ人間の側に近づくと、おもむろに彼の腕を、スライムに甘噛みさせてみた。


「痛いでござるうううううう!!!!」


 途端に立派な剣を放り投げて、スライムに噛まれた腕を抑えて地面をのたうちまわり始めた。はずみで投げ出されたスライムを、平然とゴンベエはキャッチした。


「え?いや、大袈裟でしょ」


 今度は、転げまわる仲間を呆気にとられて見ているもう一人のお尻を、スライムに甘噛みさせてみた。


「いってえええええ!!お母さあああああん」


 お尻のスライムを勢いよくゴンベエに投げつけると、二人は悲鳴を上げながら一目散にその場から走り去った。

 その場に残されたゴンベエは、彼の腕の中で服の上から甘噛みを続けるスライムと走り去る二人の後姿を交互に見比べて首を傾げた。


「うーむ、オリハルコン製の服のおかげで効かないのかな?服以外の所を噛まれたら痛いのかもしれないなあ」


 青いスライムをまじまじとみると、少しオリちゃんに似ている気がする。もしかしたらオリちゃんの親族かなにかかもしれない。


「お前オリハルコンスライムのオリちゃんって知ってるか?」


 ゴンベエは、スライムのおでこをつんつんと突いてみた。


 パァン!


 突然彼の手の中のスライムが爆散した。

 飛び散った青い汁が徐々に光になって消えていく。


「え?これは一体どういう―――」

「悲鳴がしたから来てみたら、スライムを指で突いて倒すなんて、そんな子供初めてみたわ」


 声をした方―――木の上を見上げると、いつからそこに居たのか誰か立っている。


「お前はだれだ?」

「今降りてあげるわ」


 次の瞬間、ゴンベエの目の前に長い髪の人間が立っていた。かなりの高さから飛び降りてきたはずだが、足元の木の葉が全く揺れ動いていない。一糸乱れぬ見事な着地を見せた人間らしき生物に、ゴンベエは強い興味を覚え、早速観察を始めた。


 「ふむふむ……」

 「な、なに?きゅうにジロジロと……」


 ゴンベエの視線に、相手は一瞬たじろいだが、興味が勝ったゴンベエにとってはお構いなしだ。

  

 長髪の自分よりもさらに長い黒髪をしていて、右目が黒く左目が茶色をしている。身長は自分よりも低く、全体的に華奢な感じがする。年は同じくらいだろうか。服装は白いローブのようなものを着ており、胸元の大きな十字架のネックレスが印象的だ。あと、印象的と言えば、胸の部分が明らかに自分より盛り上がっている。


「もの凄い胸の筋肉だな」


 ここまで胸が盛り上がる程相当鍛えこんでいるという事だ。すさまじいトレーニングを積んできたに違いない。ゴンベエは本能の赴くままに、目の前にある胸の部分を突いて揉んでみた。


 つんつん、もみもみ


「ん?筋肉のくせに柔らか―――ごぱっ!」


 次の瞬間、ゴンベエは右頬に平手打ちを喰らい吹っ飛ばされた。

 右頬を襲う鋭い痛みと共に目から火花が飛んでいく。


「いってぇ……、一体なんだ?」

 

 吹っ飛ばされた拍子にぶつけた背中と、それ以上に痛む右頬を擦りながら立ち上がった。ステータスが黄色くなっている。これは、自身に重大なダメージを負った時に出る危険信号だ。


「それはこっちの台詞よ!あんたいきなり何すんのよ!!」


 なぜか目の前の人間が涙目で胸を抑えながら喚いている。

 どうやら怒っているようだ。

 でもなぜ怒っているのだろうか……?

 この生物は好戦的な生き物なのだろうか。

 

 考えを巡らせている内に、一番大事な事を確認しなければならない事にゴンベエは気が付いた。


「お主、人間か?」


 ゴンベエの一言に相手がびくっと反応した。ただ、言葉の返答は無い。じいっとこちらの方を警戒して見ている。


 ずいぶん警戒されているようだな。


 だが彼は、こういう時にどうすれば良いかを既にオリちゃんから教わっていた。


「ちょっと待つのだ。俺が敵ではないという事を今証明する!」


 そういうやいなや、ゴンベエは自らの洋服に手を掛けて服を脱ぎ始めた。


 野生動物は裸でコミュニケーションをとる。人間も然り、こちらが生まれたままの姿になる事は、相手に対してに敵対心が無い事を伝える事が出来る、正に自然の摂理にのっとった最高の手段である。


「え?ちょっと、あんた一体何する気?」


 ゴンベエが一枚、また一枚と服を脱ぐにつれて、目の前の生物が次第におろおろと狼狽えていく。


 どうにもこちらが意図しているリアクションとは違うようだが、ここまで脱いだら最早止める事は出来ない。

 

 ゴンベエが裸に近づくにつれて、おろおろとしていた相手の表情が今度はみるみる強張っていく。

 ついにはパンツ一丁になり、パンツをおろそうと手を掛けたその時―――、


「いやああああ、変態!!!!!!」


 森中に甲高い悲鳴が響き渡り、驚いた野鳥たちが木々から森の外へと飛び立っていった。

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