魔王子育て奮闘記⑥ 旅立ちの日 ゴンベエside
「いよいよこの日がやってきた!」
ナナシ=ゴンベエは今、高鳴る胸の鼓動を感じながら、旅支度を進めている。
今はちょうどオリちゃんが渡してくれた新しい服に袖を通したところだ。
白い厚手の生地だと思い着てみて驚いたのだが、温かみがありとても軽い。
俺にはこの服の線維に心当たりがあった。
「これはたぶんオリハルコンの糸で作られた服だな」
釣りの時に使っているオリハルコンの釣り糸と材質がそっくりだ。
オリハルコンの糸の頑丈さは、以前に海に引きづり込まれた時に織り込み済みだ。
この装備は、心配性のオリちゃんが、いつまでたっても防御力の低いゴンベエの為に編んでくれたものだ。
「ありがとう、オリちゃん」
オリちゃんの優しさに触れ、胸にグッとくるものがある。着ている服が温かいのは、オリちゃんの気持ちも織り込まれているからだろう。
ゴンベエは、なんだかむず痒くなって鼻を掻いた。
いつまでも感傷に浸っているわけにもいかない、ゴンベエが着替え終わるのを二人して玉座の間で待っているのだ。
気を取り直してしっかりと帯紐を締めて、壁に立てかけてある白いサムライソードを左わきに刺し込んだ。
次に腰に机の上に置いてあった白いダガーナイフを装着した。これで着替えは完了である。
彼は姿鏡の前で構えると、一気にサムライソードを抜刀した。
抜刀した瞬間に、目の前の姿鏡に綺麗な横線が入り、姿鏡の下半分がゴトリと音を立てて、ゆっくりと倒れた。
「やべっ!やっちまった!」
実はあまり刀は得意ではない。素振りのつもりがうっかり姿鏡を切ってしまったのだ。
切っ先が少し触れた程度でこの切れ味だ。この刀は攻撃力の低いゴンベエにとって大事な武器になるだろう。
……それにしても、これはやばい。
この姿鏡、実はオリちゃんの宝物だったりする。毎朝この姿鏡の前で30分ほどポーズをとるのがオリちゃんの日課なのだ。
「これは明日の朝、オリちゃんブチ切れるやつだ。後で謝ろうっと」
ゴンベエは、オリハルコン特有の白い刃先をしたサムライソードを、そっと鞘に納め、腰のダガーナイフに手を掛けた。
「次こそ格好よく決めてやる」
独り言をつぶやいてから、ゴンベエは体勢を低く身構えると、ダガーナイフをホルダーから勢いよく引き出した。
次の瞬間目の前に置いてあった水晶に、手からすっぽ抜けたダガーナイフが吸いこまれるように刺さりこんだ。
実はダガーナイフも得意ではない。格好をつけてナイフを引っ張った結果、手が滑ってじいじの大切な水晶めがけて飛んで行ってしまったのだ。
「おお、すげえ、割れずに刺さってる」
ゴンベエは水晶からダガーナイフを抜きとり、傷口を眺めた。水晶にはダガーが刺さったところだけ綺麗に穴が開いているが、あとは他にヒビ1つ入っていない。
流石オリハルコン、恐ろしい切れ味だ。
これも気を付けて使おうと心に決めて、ゴンベエはダガーナイフを慎重に腰のホルダーに収納した。
さて、どうしようか‥‥‥…
ゴンベエは何気に水晶をぐるりと回転させて、穴の開いたところを下にして置きなおしてみた。パッと見バレなさそうである。
「うーむ、こうしたらバレなさそうだけど、一応謝っておくかなぁ」
出発前に怒られるの嫌だなあ。などと考えながら、ゴンベエは部屋を後にして玉座の間に重い脚を向けた。
玉座の前に辿り着いたゴンベエは、「よし」と短く気合を入れてから、重い扉に手を掛けてゆっくりと扉を開け、
「じいじ、オリちゃんお待たせ」
と、飛び切りの笑顔をみせた。
部屋に入ってまず驚いたのは、オリちゃんの足元がびちゃびちゃに濡れていた事だ。
なんとか取り繕って誤魔化してはいるが、さっきまで号泣していたのだろうという事が一目でわかった。
さっさと鏡と水晶を壊した件を謝ってしまおうと思っていたが、今の雰囲気ではとても宝物を壊してごめんとは言い辛い。
さあどうしようかと、考えを巡らせてその場に佇んでいると、ふとこちらを見ているじいじと目が合った。
じいじの赤い瞳がなぜだか憂いを帯びている気がする。
「こうして改めて面構えを見ると、お前の父親にそっくりじゃな。似なくても良い三白眼が、残念なくらい似ておる」
「そうか?俺の目つきが悪いのは、育ての親が魔王だからだろ?俺の目つきはじいじ似だ」
自覚が無いのかもしれないが、じいじの目つきは、はっきり言って良いとは言えない。俺の目つきが悪いというのであれば、それは間違いなくじいじに似たのだと思う。 今更何を言ってるんだと思うと、妙に笑えてきて自然と笑みがこぼれてきた。
先ほどから眉間に皺をよせて険しい顔をしているじいじに、オリちゃんが何かを耳打ちした。
じいじが1つ咳払いをして、俺の装備をまじまじと見つめた。
「それでこれが最高の装備なのか?その、随分……普通に見えるが?」
どうやらじいじはこの装備を見るのは初めてらしい。
そんな事を言わずに黙ってたら、じいじとオリちゃん二人からこの装備をプレゼントした事にも出来ただろうに……。
だが、逆にその正直さがじいじらしい。
「魔王様、心配なのは分かるっすけど、ごっつい装備してたら、目立って逆にあぶないっす。これぐらいが目立たなくてちょうどいいっすよ」
ゴンベエとディアヴァルホロ1世は、成る程と頷いた。
この服にはそういう意図もあったのか。なにからなにまで流石はオリちゃんだ。
「その服の線維一本一本がオリハルコンの糸で出来てるっす。ゴンベエちゃんの防御力が低くても、その服を着ている限り普通の攻撃は効かないはずっす」
「なるほど。それは素晴らしいな」
じいじがいきなり炎の魔法攻撃をゴンベエに向けて放ってきた。
『
普段であれば躱すところだが、この服の防御効果を試してみたいという好奇心が勝り、ゴンベエはそのままその魔法を被弾した。
ゴンベエの身体が炎に包まれる―――だが、カラダの周りは燃えているのだが、熱いとすら感じない。
「……オリちゃんこの服凄いよ!全然ダメージ受けてない!」
これならば防御力の低い俺でもなんとかやっていけるかもしれない。
最高の武器に、最高の防具、もう感謝しかない。
ふと、全身を覆う炎が消え、突然彼の視界が晴れた。
オリちゃんの物凄いドヤ顔が飛び込んでくる。
「どうっすか?すごいでしょ?」
「万が一ダメージを受けたら、出発日を遅らせる事が出来るという儂の目論見を簡単に打ち砕いてくれたな。残念なくらい見事じゃ」
「魔王様、心の声がダダ漏れっすよ」
いやいや、じいじが手加減して『
そう伝えてやろうと息を吸った時、再びじいじの赤い瞳と目が合った。
「あとの装備はどんな感じになっておるのじゃ?」
「ゴンベエちゃんの左腰に差してあるのが、オリハルコン製のサムライソードで、背中腰につけているのがオリハルコン製のダガーナイフっす」
ゴンベエはオリちゃんの言葉に合わせて腰のサムライソードを抜いて見せた。さっきの事があるので、かなり慎重に刀を抜いたつもりだ。
「準備は万全という事じゃな」
「そいうことっすね」
これで旅の準備はほぼ完了だ。あとは当面の食糧を準備すれば完璧だろう。
「ならばゴンベエよ、お主にこれを授けよう」
おもむろにじいじが懐に手を突っ込んで大きな羽を一枚取り出した。
なんとなく、じいじが胸毛をむしって取り出したように見える。
正直その胸毛もどきは、あまり欲しいとは思えない。
「そのでかい羽根は、じいじの胸毛か?」
「アホか!こんな羽した胸毛だったら、胸毛で空が飛べるわい。……まったく、これはドラゴンの翼という激レアアイテムじゃ」
じいじからドラゴンの翼と呼ばれるアイテムを受け取ったオリちゃんが、ゴンベエのところにドラゴンの翼を手渡しにきた。
どこにこんなもの隠し持っていたのだろう。
不思議に思いながら、受け取ったドラゴンの翼をまじまじと眺めてみた。
ドラゴンの翼というよりは、鳥の羽のように見える。
「それは一度でも行った事がある場所に瞬時に移動できるアイテムじゃ」
じいじの言葉を聴いた瞬間、ゴンベエは、はっとして顔を上げた。
じいじの赤い瞳が楽しそうに揺らめいている。
「そうじゃ。このアイテムを使うと、お主がこの島に来る前に居たところに移動することができる」
「そこにいきなり
これから壮大な冒険が待っているはずが、始まってすぐに終わってしまうのは残念でしかない。
出来ればそうならない事を心から願う。
彼の心の声が聞こえたのだろうか、じいじとオリちゃんが話しかけてきた。
「クックック、安心せい。そんなに世の中甘くないわい」
「ゴンベエちゃん大丈夫っす。人生そんなに甘くないっすから」
二人から同じ事をたしなめられて、ゴンベエは奥歯に力を込めた。
もう14歳である。これから旅立つ人間を子ども扱いして欲しくないものだ。
「分かってるよ!」
ゴンベエは怒りを紛らわせる為に、ドラゴンの翼をぶんぶん振りまわした。
すると、じいじとオリちゃんの顔がみるみる青くなっていくのを感じた。
「それ振ったら、術が発動するのじゃ!」
「じいじ!それ早く言ってよ!」
ドラゴンの翼が光りはじめた。
直感でわかった。もうこうなったらこの術は止める事は出来ないだろう。
これは完全にやらかしたパターンだ。
オリちゃんがじいじの周りをバタバタと飛び回りはじめた。
「もっとちゃんとサヨナラしたかったっす!」
「そんなことを言ってももう仕方ない!良いか!街に出たらまずは黒猫を探せ!絶対にお前を助けてくれる!」
ドラゴンの翼の光が、どんどんゴンベエを包んでいく。
「じいじ分かったよ!黒猫だな!」
「あと、賢者は言う事は絶対信じたらダメっす!」
「オリちゃん!大丈夫!俺も話を聞いて賢者の事大っ嫌いだから!」
ゴンベエの身体がどんどん光に包まれていく。
恐らく次の会話が最後の会話だろう。
「ゴンベエよ。
「黒猫に私たちは元気にやってるって伝えて欲しいっす」
「分かったよ!それじゃあ、じいじ、オリちゃん、ちょっと人間共の所に行ってきます!」
急激に光の中に吸い込まれていく感覚が襲ってくる。
「またね!」
なんとか言葉を絞り出した次の瞬間、光に乗って移動する不思議な感覚に包まれた。
こうしてゴンベエは、14年間過ごしたローエングリフ島を出発して、自分の親と名前を探す旅に出たのであった。
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