すった揉んだがありました

 真上の太陽に照らされて、巨大なジェラール=フェアテックスの黄金像が、光を乱反射させている。


 これがこの村本来の姿なのだろう、今はすっかり人気の無くなった広場を、ゴンベエとキュンメルは歩いている。


「いぃぃ…イカサマでやんすぅぅ!その黄金像は偽物でやんす!」

「はははっ、うまいもんだ」


 ほんの10分程前のワルテンブルグを、キュンメルがモノマネしてみせた。

 その道のセンスがあるのだろう、贔屓目を差し引いても激似である。


 ―――ゴンベエが、ランツの機転のお陰でバビンスキーに勝った後、ギルドの中はちょっとした騒動に発展した。


 実はゴンベエが勝つか、バビンスキーが勝つか観衆たちが賭けをしていたらしく、バビンスキーの勝ちに賭けていた大半の冒険者達が、「イカサマだ!」と騒ぎ立てたワルテンブルグの扇動に乗っかったのだ。

 ゴンベエが勝った事がイカサマという事になると、賭けをそのものが無かった事になる。


「疑うのであれば、この黄金像を斬ってみて頂いてもかまいませんよ。皆様のうち誰か一人でもゴンベエ様のように斬る事が出来ましたら、この勝負無かった事といたしましょう」


 このランツの一言で、賭けを無効とすべく冒険者達が我先にと黄金像に殺到した。


「ちょっ、ちょ待てよ!大賢者様の黄金像を切るなんて不敬だぞ!」


 静止するバビンスキーの声は、暴徒と化した冒険者たちの歓声にかき消され、誰の耳にも届かない。

 ギルド内が喧騒に包まれる中、ゴンベエとキュンメルは、その混乱に乗じてギルドを脱出して、今に至っている。


「さっきの騒ぎも、俺達を逃す為に起こしてくれたのだろうな」


 ギルドを脱出した際に、ランツが軽く手を振っていたのが見えた瞬間に、すべてが彼の策略通りに進んだことを悟り、彼の深慮の深さを痛感させられた。

 

 何からなにまで凄い人だ……。あ、そういえば!


 三白眼を見開いたゴンベエは、思わず頭を抱えた。


「しまった!せっかく勝負に勝ったのに、さっきの白い球貰い忘れてたいのだ!」


 悶絶するゴンベエの前に、キュンメルが得意気に白い球を差し出してきた。


「へへーん、さっき床に落ちてたから拾ったっす」

「おおっ!拾ったということは、貰って良いという事だったな!」


 キュンメルから白い球を受け取りルンルン気分のゴンベエは、マジマジと眺めた。

 少し甘い匂いがする。あと、硬さは程よく柔らかい。この柔らかさ、最近触った何かの感触に近いものがある。


 ……うーむ、あっ、サクヤの胸だ!


 再び白い球を揉んでみた。

 うん、間違いない。月夜見サクヤの胸の感触と同じだ。


「ゴンベエ様、なにか手つきがイヤらしいっす」

「イヤラシイ?イヤラシイとはどういう意味だ?俺はだだ、月夜見サクヤの胸と同じ位の硬さだなと思って揉んでいただけだぞ」

「へえそうなんす…………ええ!?」


 少し間をおいて、キュンメルが素っ頓狂な声を上げた。

 かなり驚いているようだが、どうしたのだろうか?


「ゴンベエ様!シスター月夜見様の胸を揉んだっすか!乳繰り合ったっすか!ちょっとどういう事っすか!」

「キュンメル、何を興奮しておるのだ」


 キュンメルがゴンベエの手から白い球をぶんどると、もうこれ以上揉ませまいと、そそくさと懐にしまい込んだ。

 訳が分からずあっけにとられているゴンベエに、額に皺を寄せたキュンメルが顔をずいっと近づけてきた。


「それでゴンベエ様、月夜見様の乳を揉んだとはどういう事っすか?」

「うーん、さっき村の外で初めて会った時に、偶然触ってみただけだ」


 キュンメルのあまりの圧に、ゴンベエは鼻を掻きながら目をそらした。

 よく分からないが、なぜかキュンメルの目を真っ直ぐ見ることが出来ない。


「偶然触るってあるっすか!?まあいいっす。で、シスター月夜見様はどんな反応したっすか?」

「思いっきり殴られて、意識ごと記憶を消失させられた。気づいたらごっそり記憶を失って、アンジェリばあさん家のベットの上だったなあ」


 あの時の衝撃を思い出して、ゴンベエは顎を擦った。気のせいかもしれないが、まだ殴られた場所がジンジンとしている。


「そりゃそうっすね。流石のシスター月夜見様も怒るっす。……想像以上の怒りっぷりにちょっとびっくりっすけど」


 納得した表情でキュンメルが腕組みしてうんうんと頷いている。


 どうやらキュンメルは、なぜサクヤが怒ったかが分かっているようだ。

 これはいい機会だ、何故サクヤが怒ったのか、理由を聞いてみよう。


「キュンメル、何故月夜見サクヤは怒ったのだ?」

「え?分からないっすか?……そういえばさっき、『いやらしい』の意味も分かってなかったすもんねえ……」


 キュンメルは少し空を見上げた後、「よし!」と柏手を打った。


「まだまだお子ちゃまなゴンベエ様に、お姉さんが教えてあげるっす」


 ドンと胸を叩いて、キュンメルが近くのベンチに座るよう促してきた。

 言われるがままにゴンベエはそれに従って、ベンチに腰掛ける。

 後からベンチに腰掛けたキュンメルが、「お姉さんが教えてア・ゲ・ル・パターンも萌えるっす」と呟いたのが聞こえたが、本能的に触れてはいけない気がして聞かなかったことにした。


「ゴンベエ様は女の人ってどのような認識っすか?」

「おちん◯んが無い人」

「まじかー!」


 大げさにキュンメルがぐらりとベンチから後ろに崩れ落ちた。

思わず差し出したゴンベエの手を握ると、


「そっ、想像以上に低レベルっす」 


 のっそりと這い上がるように起き上がってきた。


「なんだ?違ったのか??」


 ゴンベエはかつてオリちゃんから教わった事を思い浮かべた。


 確かオリちゃんが教えてくれたのは、人間には男と女の二種類があり、お◯んちんがある方が男、無い方が女であるという事だけだ。

 今のキュンメルの驚き様から察するに、それだけではないらしい。


 知識欲に駆られたゴンベエは、前のめりになってキュンメルの話に耳を傾けた。


「いいっすか、大人の女性は第二次性徴といって、胸が膨らんだり身体がふっくらする特徴があるっす」

「なるほど。第二次性徴……」


 言われて彼は、キュンメルの身体に視線を落とした。


 ふむ、サクヤに比べてあんまり膨ら―――

 

 突如ゴンベエの視界が暗闇に包まれた。

 次の瞬間、遅れてやってきた痛みに目を押さえて悶絶する。


「うぎゃあ、目が!目がああああ!!」

「膨らみは、人によって個人差があるっす!」


 徐々に回復してきた視界に、頬を膨らませたキュンメルが俺の目を突いた指を拭いているのが映った。キュンメルの胸を見るのはどうやら地雷のようだ。


 うん、もうキュンメルの胸を見るのは止めよう。


「いいっすか、そもそもゴンベエ様が揉んだシスター月夜見様の胸は、ばかでか過ぎるっす!それと比べるのは反則って……」

「誰の胸が、なんですって?」


 きゅっと真一文字に口を結んだキュンメルが、汗をダラダラ流しながらゆっくり後ろを振り返った。

 いつから居たのか、にこやかな月夜見サクヤが、ゆらりと彼らの後ろに立っている。

 

「いひゃーシスター月夜見様!いい天気デスネー。今ちょうどシスター月夜見様のスタイルがとてもよろしいですねってハナシヲシテテデスネ」


 言葉の語尾がどんどん棒読みになっていく。

 しどろもどろのキュンメルの懐から、ぽろりと白い球が零れ落ちた。


 白い球を拾い上げたゴンベエが、サクヤに近づけると、何度か揉んでみせた。

 横目で見ていたキュンメルの顔が、みるみる青ざめていく。


「ゴンベエ様、何してくれてるっすか!」

「この揉み心地が、サクヤの胸と似てるって事を伝えようと、ふぐっ!」


 ゴンベエの口をキュンメルが慌てて塞いだ。


「すいません、こいつアホなんす!全開のアホに免じて許して欲しいっす!」


 必死の形相でキュンメルが、ゴンベエの頭を無理やり地面に抑えつけた。


 この細腕のどこにそんな力があるのか、どうにも頭を上げようにも、ゴンベエの頭はピクリとも動かない。

 

「……こいつはねえ、いきなり現れて私の胸を触った後、パンツ一丁になって、告白してきたのよ」

「えっ!?」


 ふいにゴンベエの頭を抑えていたキュンメルの手の力が抜けた。ここぞとばかりに顔を上げたゴンベエの目に対照的な二人の姿が飛び込んできた。

 青ざめた顔のキュンメルと、真っ赤な顔のサクヤがお互いに顔を見合わせている。


「……ゴンベエ様、今の話は本当っすか?」


 小声だが、はっきりとした口調でキュンメルが尋ねてきた。

 ゴンベエが力強く首を横に振ると、それを見たキュンメルがほっとした顔を見せた。


「俺の知る限りの常識をつぎ込んで、ただ挨拶しただけだよ」

「結果やってんじゃねーか!!無自覚が一番タチ悪いっすよ!!」


 小声で揉めるゴンベエとキュンメルの所に、ゆらりとサクヤが近づいてくる。


「なに二人で、こそこそ話をしているのですか?」


 こういう時の優しい声色程怖いものは無い。

 短い悲鳴を上げたキュンメルが、素早い動きで再びゴンベエの頭を地面に抑えつけた。

 ゴンベエが抗議する間もなく、キュンメルも頭を下げる。


「シスター月夜見様!どうやらゴンベエ様は人としての常識が欠如しているようです。私がしっかりと教育いたしますので、どうぞお許し……」


 どさり


 ゴンベエとキュンメルの間に、突然サクヤが倒れ込んできた。

 思わぬ出来事に驚きながらも、二人でサクヤを抱きとめて、何事かと顔を見合わせる。


 ピクリとも動かないサクヤをゆっくりと仰向けにしてみて驚いた。

 目を閉じたままのサクヤの顔が更に真っ赤になっていたからだ。


「これは……、どうしたというのだ?」


 再び目を合わせた彼らの耳に、サクヤのしゃっくりが飛び込んできた。


「うー、ひっく」


 サクヤのしゃっくりを聞いたキュンメルが、信じられないといった表情でぼそりと呟いた。


「神職のシスターが、べろべろに酔っぱらってるっす」

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