別にパンツが見たかった訳では無いんです

 赤ら顔のサクヤを介抱しながら、キュンメルが「信じられないっす」を連呼している。

 当のサクヤはぐったりとして動かない。

 一瞬死んでいるのかと思ったが、胸は規則的に上下しており、呼吸は浅いが安定しているようだ。

 キュンメル曰く、この状態をお酒に酔いつぶれている状態というらしい。


「これは、そんなに珍しいことなのか?」

「珍しいなんてもんじゃないっす!神職は祭事以外にお酒をたしなまないっす。それが、祭事も無い日に、ましては未成年なのに酔いつぶれるまで飲むなんて前代未聞っす!」


 そいういえば、ローエングリフ島では、じいじがよく自家製のワインを飲んでいた。少し舐めてみたが、あまり美味しくなかったのを覚えている。


 こんなになるまで、あんなまずいものを良くのんだものだ。


 ゴンベエは、死んだように眠っているサクヤの頬を指でツンツンしてみた。

 少し嫌そうに指を払う仕草をするが、目を開ける様子は無い。


「でも、どうしてこんなになるまでお酒を呑んだっすかねえ」

「それは―――」

「ゴンベエさんが思いっきりいじめたからだねえ」


 弾けるように顔を上げる二人の前に、困った顔をしたアンジェリばあさんが立っていた。


「おか……っ、アンジェリナ様!こんにちはっす」


 慌ててキュンメルが立ち上がろうとするところを、アンジェリナが手で制した。

 ゆっくりと近づいてきて、キュンメルの頭にぽんと手を置いた。


「キュンメル元気そうだね、ゴンベエさんと一緒になにやってるのかね?」

「デートっす!」


 間髪入れずにキュンメルが返事をした。

 アンジェリナは目を丸くしてゴンベエとキュンメルを何度が交互に見ると、「ふふふっ、ランツの計らいだね」と笑って目を閉じた。


「この状況を見ただけで分かるのか!?」


 ゴンベエは心底驚いた。

 この状況を一目見ただけで、キュンメルを危険から回避するために、ランツの手引きによって、ゴンベエと一緒に冒険者ギルドから逃がしたことを見抜いたからだ。


「ああ、分かるとも。ランツはキュンメルの親みたいなもんだからねえ」

「そうか、だから心配してたのだな」


 にっこりと笑ってから、アンジェリナが大きく頷いた。


「キュンメルもお年頃だからねえ、そろそろ色恋沙汰の一つや二つ早く経験させてやりたかったんだのう」

「……ん?」


 あれ?何か今なんか事実と違う事を言ったような……?


 目が点になっているゴンベエの横で、目を輝かせたキュンメルの鼻息が荒くなってきた。


「そうなんす!ギルドマスターが、仕事を先に上がってデートに行っていいよって言ってくれたっす」

「おお!やはりそうか!しかしゴンベエさんも手が早いのう。早いのは手だけにしておくのだよ。私の孤児院のベットは一人用だからねえ。うひひひひひ」

「やだぁ、アンジェリナ様!気が早いっすぅ」


 全然見抜いて無かったぁぁぁ!

 ってか、ベット一人用って何!?気が早いってなんだぁああ!!


 意味不明な事を言いながら、じゃれ合うババアとメイドに軽い殺意を覚えたが、横たわるサクヤを支えている為、身動きを取ることが出来ない。


 笑いながらアンジェリナはサクヤの寝顔を覗き込んだ。


「それにしてもこれはだいぶ酔っぱらっておるのう。―――ん?」


 神妙な顔でアンジェリナが足元に転がっていた白い球を拾い上げた。


「……これは!?」

「黒猫狩りをしようとしてる冒険者が落としたので、拾ってきたのだ。アンジェリばあさん、何か知っておるのか?」


 ゴンベエの質問を無視して、アンジェリナは、険しい顔で白い球を見つめた。

 何度か揉んで、匂いを嗅いだあと、ゴンベエに手渡してきた。


「それは恐らくマニャタビだねえ。かなりのレアアイテムだから大事にしまっておきなさい」

「マニャタビ?これが黒猫狩りにどう関係するのだ?」


 貴重なものだと聞いて、ゴンベエは内ポケットに丁寧にしまい込む。

 ゴンベエがマニャタビを懐に仕舞い込んだのを確認すると、アンジェリナがサクヤを指さした。


「簡単に言うと黒猫をこんな風にしちゃう道具だねえ」


 ゴンベエとキュンメルが、一斉に視線をサクヤに向けた。相変わらずサクヤは赤ら顔で意識を失っている。黒猫がこんな風になってしまったら、あっという間に狩り取られてしまうだろう。

 

「こんな便利なアイテムがあるなら、なぜ15年も黒猫は捕まらなかったのだ?」

「だから言ったじゃろうレアアイテムだって。私がそのアイテムを見たのは15年前の1回きりだのう。このアイテムが世に出たのは恐らく15年ぶりだろうねえ」


 一瞬アンジェリナが嫌なものを見たかのような表情を見せた。

 15年前に何があったのか気になったが、今はとても聞けるような雰囲気では無い。


 と、思っていたらキュンメルがあっさりと核心に突っ込んだ。


「15年前なにがあったっすか?」


 ナイスだ、キュンメル!!

 でも、空気読んで遠慮した俺の気持ち返して!


 心の中の叫びとは裏腹に、ゴンベエは表情を変えずにアンジェリナの言葉を待った。


「15年前、魔王討伐の時に大賢者ジェラール=フェアテックスがマニャタビを使って黒猫をおとしめて、魔王をめたのさ。その結果魔王は討伐されたけど、やり方が卑劣だって当時勇者はだいぶ怒っておったのう」


 ああ、だからじいじもオリちゃんも、大賢者ジェラール=フェアテックスはクソだと言っていた訳か……。


じいじやオリちゃんから、黒猫に元気でやっていると伝えてほしいと言われた意味が今にしてようやく分かった。それと同時に黒猫の事を思うと胸が痛くなった。


 嵌められたとはいえ、自分がきっかけで主人を失ったのである。筆舌に耐えがたいつらさを味わったはずだ。いや、もしかしたら今もそのつらさの中で生きているのかもしれない。早く黒猫を見つけて、じいじとオリちゃんの言葉を伝えてあげたい。そうすればきっと黒猫の心は救われるはずだ。


 一人考え込むゴンベエの様子をじいっと見ていたアンジェリナが、不思議そうに尋ねてきた。


「やはりゴンベエさんは変わっておるのう」

「なにがだ?」


 首を傾げたゴンベエの質問に答える代わりに、アンジェリナはキュンメルに質問した。


「キュンメル、今の話を聞いてお前はどう思ったかのう」


 質問されたキュンメルはさも当たり前のように、

 

「やり方はどうであれ、それで魔王が討伐されたのであれば、結果的に良かったのではないかと思うっす」


 と言ってのけた。発言を聞いたゴンベエの肩眉がピクリと持ち上がった。

 一連の反応を見ていたアンジェリナが、うんうんと頷いた。


「これが普通のといったら語弊があるかもしれんが、一般的な人間の意見じゃのう。ところがゴンベエさんは―――」


 意地悪い表情でアンジェリナがゴンベエの鼻先を指さした。


「救われた人間の事よりも、利用された黒猫の事を心配しておっただろう?」

「……そのとおりだ」


 ずばり言い当てられ驚いた。

 ランツさんといい、アンジェリばあさんといい、人としての格が違う気がする。

 いや、もしかしたら島で育てられた自分は、他の人より人としてのレベルが低いのかもしれない。


「えー、ゴンベエ様そんなこと思ってたっすか?意外っす」


 前言撤回。どうやら自分と同レベルの人間もいるようだ。ということは、やはりランツさんとアンジェリばあさんが、特別に凄い人間だという事だ。


「だからっすかねえ?」

「なにがだ?」

「ゴンベエ様、ギルドマスターに黒猫と友達になりたいって変なクエスト発注してたっすよね?」


 眼を閉じて二人のやりとりを黙って聞いていたアンジェリナが、「なに!?」と、思い切り目を見開いた。


「そんなクエストを発注したのかい?で、ランツはどんな反応したのかのう?」

「えらく気に入って、一個人としてクエストを受理してたっす」

「なんと!受理したのかい!……なるほど、なるほど。これは面白いねえ」


 そう言うと、アンジェリナが大声で笑い始めた。閑散とした広場中にアンジェリナの笑い声が反響する。

 広場の人々の視線が一端こちらに向いてきたが、笑い声の主がアンジェリナだと気づくと、興味を失ったように視線を戻していった。


「あいつ言ってなかったかい?黒猫はもう救われても良い頃だって」

「確かに言っておったな。アンジェリばあさんもそう思うのか?」


 アンジェリナは黙ったまま、ゴンベエたちが支えている酔い潰れたサクヤをひょいと肩に担ぎあげた。


「相変わらず力持ちっすねえ」


 キュンメルが感心して手を叩いた。力の抜けた人間をいとも簡単に担ぐという芸当は、相当な力持ちでなければ行う事が出来ない所作だ。


 サクヤを支える必要が無くなり、その場に立ち上がったゴンベエは、アンジェリナが自分に満面の笑みを向けている事に気が付いた。

 それがゴンベエの質問に対する答えだと、彼女の表情が雄弁に物語っている。


「この村の住人はのう、みんな黒猫に感謝しておる。だからこそ、ゴンベエさんのような人が現れた事を嬉しく思うのう」


 黒猫を狩ろうとする冒険者が居ると思えば、この村の住人は黒猫に感謝しているという。これは一体どういう事なのだろうか……。


 更に黒猫の事を質問しようとしたゴンベエを、アンジェリナが手で制した。


 「質問は後じゃ。今は一刻も早く、孤児院でシスター月夜見を介抱しなければのう」


 肩に担がれたにも関わらず、ピクリとも動かないのは、危険な状態なのかもしれない。そそくさと立ち去ろうとしたアンジェリナを、ゴンベエが引き留めた。


「まだ何かのう?話は後でするから、今はまずシスターの治療が先だのう」


若干のいら立ちを含んだアンジェリナにひるまずに、ゴンベエは言葉を続ける。


「それは分かっている。もしかしたら、なんとかなるかもしれない」


 ゴンベエは、自分のせいでこういう風にしてしまった罪滅ぼしも兼ねて、酔っぱらっているサクヤに試したいことがあった。


「手短に頼むのう」

「ありがとう」


 足を止めてくれたアンジェリナに感謝を告げると、ゴンベエは自らが使える特殊能力を発動させた。


『覇王の風』


 ゴンベエを中心に現れた突風が、アンジェリナとキュンメルを包み込む。

 スカートが捲れ上がりそうになったキュンメルが、慌ててスカート部分を抑えて座り込んだ。

 アンジェリナはズボンの為影響は無かったが、肩に抱えられているサクヤのスカートは見事に捲れ上がり、無防備に純白のパンツを晒している。


「ゴンベエ様、パンチラの為に引き止めたっすか!?痴漢っす!変態っす!」


 少し風が収まったのを見計らって、キュンメルが猛烈に抗議してきた。

 ゴンベエの視線を片手で遮ると、そそくさとアンジェリナに抱えられているサクヤのスカートを元に戻した。


「パンツが見えたらまずいのか?」

「まずいに決まってるっす!バレたら命を狩り取られるっすよ!」

「控えめに言って、死ぬのう」

「控えめに言って死ぬの!?」


 凄惨な未来を想像して身震いをしたゴンベエは、なんとか誤解を解くべく、事情を説明し始めた。

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