アダマンタイトを切れるかな?

「そ…、それは」


 コインを見たバビンスキーの喉が、ゴクリと鳴ったのをゴンベエは見逃さなかった。自らの横にそびえ立つ大賢者ジェラールの黄金像をペタペタと叩いたランツが、


「この大賢者ジェラール=フェアテックス像と同じ激レア素材のアダマンタイト性の記念メダルで御座います」


とコインの素材を明かした。


それを聞いたギルド中の冒険者が『おおー!』 と、どよめきを見せた。


「アダマンタイト製のメダルなんて、普通ポケットの中から、パッと出てくるものでは無いでやんす」


 人々の目線が小さなメダルに釘付けになっている。

 このメダルはそれ程価値が高いという事だ。それならば……、


「そのメダルは、オリハルコンのメダルと比べてどれくらい価値があるのだ」


 周りのざわつきが一瞬にして静寂に包まれ、次の瞬間、周りの観衆からどっと笑いが巻き起こった。


「な……、なんだ!?」


 どうやら俺は、またなにかおかしなことを言ってしまったようだ……。


「レイトブルーマーは、ステータスが低いだけじゃなく、知能も低いでやんすね」

「なに?どういうことだ?」


 カッとなったゴンベエの質問を無視して、ワルテンブルグはくっくっくっと醜く笑っている。


 この顔で笑われると余計に腹が立つ。 

 沸々と怒りが湧いてきている時に、誰かがゴンベエの肩をポンポンとしつこく叩いている。

 「なんだ!」とゴンベエが眉間にしわ寄せて振り返ると、そこには心配そうな顔で見つめるキュンメルの顔があった。


「ごめん」


 思わずゴンベエの口から、謝罪の言葉がこぼれ出た。一瞬でも無関係なキュンメルに八つ当たりしそうになった自分が、恥ずかしくなったからだ。


「別に大丈夫っすよ。私の故郷に、知るは一時の恥、知らぬは一生の恥って言葉があるっす。知ろうとするその姿勢は立派っすよ」


 キュンメルが再び、ぽんとゴンベエの肩に手を置いた。彼の心の中に、何か温かな感情が広がっていく。


「ゴンベエ様、アダマンタイトはレアといえど、この大陸の各街に黄金像がある事を考えれば、まだ手に入り易い素材でございます」

「だけど、オリハルコンは既に絶滅した超激レアモンスター、オリハルコンスライムからしか採取できないっすから、いま出回ってる素材しかこの世に存在しないっす」


 ランツとキュンメルが丁寧に説明してくれたお蔭で、先ほど周りにバカにされた意味が分かってきた。


 っていうかオリちゃん、既に死亡した事になっておるぞ……。


 人間共は、オリハルコンスライムが魔王と一緒に、ローエングリフ島に封印されている事を知らないらしい。


「しかも、オリハルコンは世界で一番硬い素材っす。オリハルコンをこんな小さいコインに加工できる鍛冶職人はこの世に存在しないっす」

「なるほど、つまりオリハルコンのコインはこの世に存在しないという事だな」


 つまり、ありもしない物と比べようとしたから、この人間共は俺の無知をバカにして笑ったというだ。


「いやいや、もしかしたら居るのかもしれないよ。ゴンベエ君の住んでたど田舎の方にはね」


 バビンスキーの発言に対して、周りからどっと笑いが起きる。


 ええ、実際居るんですけどね。オリハルコンでコインよりもっと小さな釣り針なんて作っちゃうクレイジーなモンスターが。


 ゴンベエは、喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。

 言ったところで、信じてもらえるとは到底思えないし、こいつらに言うつもりもない。


パンッパンッパンッ!


 乾いた強めの音が広がった。少し怒った表情のランツが、強めに柏手を打ったのだ。周りの嘲笑がすーっと引いていく。


「そこまでです。無知を笑うあなた方の方が、実は本当は無知なのかもしれませんよ。一流の冒険者になりたい者は、そのくだらない先入観を早く捨てた方がいい」

「……ギルドマスターかっこいいっす!」


 今声を発したキュンメル以外は、誰も言葉を返す事が出来ない。

 押し黙った観衆を、ランツは満足そうにゆっくりと見回すと、再びアダマンタイト製のコインを上に掲げた。


「それでは改めて、お題を発表させて頂きます。お二人にアダマンタイト鉱石に一度ずつ切りかかって頂き、少しでも傷をつけた方が勝ちとします」


 ランツの提案にまず反応したのは、バビンスキーだ。スッと手を上げて観衆の視線を集めた。


「それでは、私から切り込ませて頂こう。だがもしどちらも傷をつけられなかった場合は引き分けにするつもりか?」


 バビンスキーが、スラッと抜いた剣に舌なめずりした。


 確かに、その場合はどうなるのだろうか?キュンメルの事を考えれば引き分けが一番丸く収まるような気がするのだが。


「その場合は引き分けっすよね!ねっ、ギルドマスター!!」


 さっきまで暗い表情をしていたキュンメルが、神々しい物をみるような目でランツを拝んでいる。

 にっこりとほほ笑んだランツが、首を二回横に振った。


「いえいえ、きっちり勝負がつくまで繰り返してやってもらいますよ」

「一瞬でも期待した私がバカだったっす!!」


 キュンメルが再び涙目でがっくりとこうべを垂れた。ゴンベエが、項を垂れているキュンメルの頭を優しく撫でた。


「こうなったら、完全決着まで覚悟を決めてやるしかないのだろう」

「少しは自信あるっすか?」


 すがるような表情で顔を上げたキュンメルに、ゴンベエは力強く横に首を振った。


「全くない!」

「ちょっとー!!」


 身体を捻って悶絶するキュンメルを無視して、真顔のランツが手を高々と掲げた。


「お二人とも準備はよろしいですね?」


 ゴンベエとバビンスキーが共に頷くのを確認して、ランツがコインをキュンメルに投げ渡した。


「さあ、やりましょう!」

 

 コインを受け取ったキュンメルが、はぁーっと長い溜息をついた後、「結局やるしかないっすね」と覚悟を決めた表情で顔を上げた。


「それでは私が今から、魔法の力でこのコインを宙に浮かせるて固定するっす。全力で一回ずつ切り込んで欲しいっす」


 そう言うと、キュンメルがメイド服の中から木の枝のようなものを取り出し身構えた。


「いくっすよー!」


 キュンメルの持つ木の枝の先から青い光が発生し、コインを包み込んだ。

 木の枝から伸びる光に持ち上げられるように、コインがふわふわと宙に浮きあがり始める。

 周りの観衆から『おお!』と、歓声が上がった。


「こんな魔法見た事ないでやんす……」


 ワルテンブルグがつぶらな瞳を大きく見開いている。

 魔導師の彼が知らない魔法という事は、この魔法はとても珍しい魔法という事だ。

 

 ゴンベエの考えを察したランツが、頷きながら口を開いた。


「彼女の出身はこのユグラシア大陸とは違う大陸の出身でございます。ですので、彼女の使う魔法は、我々にとって未知なる魔法です」


 未知なる魔法を前にして魔導師の血が騒いだのか、ワルテンブルグが目を輝かせて、バビンスキーの袖を引っ張った。

 

「バビンスキー様、絶対勝つでやんす。他の大陸の女を私の魔術でいっぱい可愛がってやりたいでやんす」

「ワルテンブルグよ、レディーを前に、はしたない事を言うんじゃない」


 ワルテンブルグをたしなめたバビンスキーだが、下卑た光が瞳の奥から見え隠れするのは、気のせいではないだろう。


「それでは最終確認を致します。バビンスキー様が勝てばキュンメルを、ゴンベエ様が勝てば、その白い球をゲットするという事でよろしいですね?」

「構わない」

「結構だ」

 

 互いに視線を交じ合わせてから、ゴンベエとバビンスキーは、それぞれに頷いた。


「ギルドマスター違うっす。ゴンベエ様が勝てば私と白い球をゲットっす」


 口を尖らせたキュンメルに、ランツがこくんと頷いた。


「それでは、アダマンタイト鉱石に大きく傷をつけた方を勝ちとします」

「私の発言ガン無視っすか!普段は地獄耳のくせに、こんな時に限って耳が遠いとかズルいっす!」


 猛抗議するキュンメルを、ランツは涼しい顔で無視している。


「ギルドマスターのあーほ」

「キュンメル、減給」

「ほらぁ!やっぱり聞こえてるじゃないっすか!」


 抗議しながらも、キュンメルはしっかりとコインを空中に固定させている。

 なんだかんだと言いながら、仕事はきっちりやるタイプらしい。


「……もう始めさせてもらえるかな」


 バビンスキーが、再び自らの剣を舌なめずりすると、剣を一旦鞘に戻して重心を深く下げた。


「それではバビンスキー様の一本目、お願い致します!」


 ランツの号令と共に、バビンスキーが重心を更に深く下げて構えに入った。


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