ランツが言いたいことあるってよ

 バビンスキーが抜剣しかけたその刹那、ゴンベエとバビンスキーの間に黒い影が割込んで、バビンスキーの剣の柄を上から抑えつけた。


「ランツさん!?」

「何の真似だギルドマスタァ」


 突如現れたランツに柄を抑えられたバビンスキーは、抜剣の姿勢のまま至近距離でランツに凄みを利かせた。しかしランツは涼やかな表情でそれを受け流している。


「バビンスキー様、ゴンベエ様、ギルド内での切り合いはご法度です。お止め下さい」


 ゆっくりだが、はっきりとした口調でそう告げた後、ランツはゴンベエとバビンスキーの顔を交互に見やった。

 表情は柔和であるが、目の奥は笑っていない。


「手を離せギルドマスタァ!」


 歯ぎしりして感情を露わにしたバビンスキーを、意外な人物がたしなめた。

 傍らに立っていたワルテンブルグである。


「バビンスキー、冷静になるでやんす。これ以上やると報告するでやんす」


 誰の眼にもはっきりと分かるほど、ビクッとバビンスキーの肩が跳ね上がった。

 ワルテンブルグの声は決して大きいものではなかったが、バビンスキーを抑制するには十二分の効果があったようだ。


 ゴンベエに向かっていたバビンスキーの闘気がみるみる小さくなり、険しかった表情を崩して降参とばかりに両手を上げた。


「女性が絡むと熱くなってしまうのは、私の悪い癖だ。ギルドマスター申し訳なかったね」


 バビンスキーは謝罪と共に帽子を一旦脱ぐと、ランツへ軽く頭を下げた。


「分かっていただければ結構です。バビンスキー様、矛を収めて頂き、有難うございます」


 ランツがバビンスキーの剣の柄から手をそっと放したのを確認して、ゴンベエはふーっと大きく息を吹いて、全身の力を抜いた。


「ランツさん、あんた一体何者なんだ……」

「私はただのギルドマスターですよ、ゴンベエ様」


 ただの隠居ジジイです的なノリをしてきたが、絶対ウソだ。


 バビンスキーの動きを抑え込むなど、並大抵の技量ではない。何気ないランツの立ち姿が、心なしかさっきより大きく見える。

 モヤモヤしているゴンベエに、キュンメルがそっと耳打ちをしてきた。


「ギルドマスターは、勇者の元パーティーメンバーっす」


 その一言で、ゴンベエの疑問はスッキリと晴れ渡った。

 なるほど、道理で凄いわけである。

 

「ランツさん、勇者のパーティーだったんだな」

「いやいや、勇者がまだ駆け出しの頃のパーティーメンバーですから、私なんぞ大したことはありませんよ」


 と、ほほ笑みながら顎髭を擦るランツの胸が少し反っている。


 ……謙遜しとる割に、まんざらでもなさそうだ。


 ふと、ランツが顎髭を擦る手がピタリと止まった。


「ところでバビンスキー様とゴンベエ様は、キュンメルを取り合って争ったとお見受けしましたが、間違いありませんか?」


 こちらの会話を魔道具で聞いて、全て知っていると思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「そうだ」

「そうっす!」

「いや、違う」


 バビンスキーとキュンメルは賛同したが、ゴンベエは即座に否定した。

 元々はキュンメルが魔道具を拾った事がバレたのかと思い、ただ単純に守ってやろうとしただけで、別にキュンメル自身を取り合ったつもりは毛頭無い。

 

「ちょっとー、どういうことっすか!」


 ゴンベエの反応を聞いたキュンメルが、彼の背中を小突いて抗議している。

 いちいち対応するのがめんどくさいので無視していると、ランツが「あ、そうだ」とばかりに一度柏手を打った。


「それでは二人に決闘以外の方法で勝負して頂いて、勝った方が、キュンメルを今日一日好きに連れまわせる事にしましょ―――」

「のった!」


 若干食い気味にバビンスキーが返事をした。もうすでに勝った気なのだろう、横に立っているワルテンブルグが醜悪に笑っている。


「ちょっとギルドマスターそれは無いっす!」

「『私を取り合うシチュエーション、激萌えっす』……ってさっき言いましたよね?」

「げ!聞こえてたっすか?ギルドマスター、地獄耳っす。もう良い年なんだから、いい加減耳遠くなって欲しいっす」


 ランツの耳に装着されている魔道具は、ゴンベエに聞こえるか聞こえないか程度のキュンメルの呟きをしっかりと拾っていたらしい。


 魔道具が凄いのか、それを聞き逃さなかったランツさんが凄いのか……

 

 しかしこれではっきりした事がある。

 やはりランツさんは、俺達の会話を全部聞いていたという事だ。


 ……ということは、今の一連の会話の流れは、ランツさんに何か意図するものがあるということか?

 

 半信半疑ではあるが、ゴンベエはこのままランツの進める流れに身を委ねる事にした。


「確かに俺も聞いた。『激萌えっすー!』って言っていたよな」

「ちょっとゴンベエ様!?」


 味方だと思っていたゴンベエにまで裏切られ、キュンメルが口をパクパクさせている。

 ゴンベエとバビンスキーが戦った場合、バビンスキーが勝つ公算が圧倒的に高い。いよいよ身の危険を感じたキュンメルが、そわそわし始めた。


「あ、そうだ!ゴンベエ様は私の事を別に取り合ってないってさっき言ったっす!ということは、ゴンベエ様にとって私は必要ないって事で、賭け不成立っす!」

「……キュンメル、貴方自分で言ってて悲しくないですか?」


 ランツがため息交じりに尋ねると、キュンメルが「悲しいっすー」とうなだれてしまった。


 ランツはすっかりしょげてしまったキュンメルを見つめながら、腕組みをして少し考え込んだ。


 ちょっと可哀想だから、流石に許してやろうかと考えているのだろうか?


 固唾を飲んでゴンベエは、ランツの次の言動を待った。

 バビンスキーも同じ考えなのか、軽く腰をクネクネしながら、じっとランツの様子を見ている。


 ランツが再び髭を擦りながらゆっくりと口を開いた。


「ふむ……、それではバビンスキー様。賭けを成立させるために、バビンスキー様が万が一負けた時に、ゴンベエ様にキュンメルの代わりになる物を賭けてみては如何でしょうか」


 キュンメルを許す気無かったー!


「ギルドマスタあぁぁぁ!」


 喉ち○こ丸出しで、口を開いて抗議をするキュンメルを無視して、ランツはにこやかに会話を進めていく。


「例えば……、バビンスキー様が握っている、今回の黒猫狩りに関する有益な情報を賭けるのはいかがでしょう―――」

「のったあ!!」

「ゴンベエさまあぁぁぁ!」


 食い気味に返事をしたゴンベエの背中を、キュンメルが涙目で何度も殴りかかってきた。何回に一回かは、蹴りまで混ざっている。

 しかし残念なことに、オリハルコンの線維で出来たゴンベエの服の高い防御力の為、殴られている衝撃は全く伝わってこない。


「この条件で賭けが成立しそうですが、バビンスキー様如何でしょうか」

「いいだろう。今回の黒猫狩りで最も重要なアイテムをゴンベエ君が勝てば分けて差し上げようではないか」


 そういうと、バビンスキーは懐から一つの白い球を取り出した。

 ぎょっとしてワルテンブルグが立ち上がる。


「バビンスキー様、そのアイテムは流石に……」


 ワルテンブルグが白い球を見て絶句している。

 その様子を見たゴンベエは、ぐっと拳を握りしめた。


 ランツさんが作ってくれたこのチャンス、これは絶対手に入れなければならない。


「大丈夫だ、私は万に一つも敗れはしない。お前は今宵キュンメルをどうするか想像しながら、安心してこの勝負を見ているが良い」


 キュンメルをすでに手に入れた気分なのだろう。本人を前にしてぞっとする事を平気で言っている。

 心なしかキュンメルの表情から血の気が引いている。


「それでは、お二人が勝負するお題を発表させて頂きます」


 そう言うと、おもむろにランツがポケットから金色のコインを取り出した。

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