魔王子育て奮闘記⑤-1 島の外への憧憬
髪から水をしたたらせながら、10歳になったゴンベエが島の南端の崖の上で海を見つめている。海面は穏やかかに揺らめき、太陽の強い光が乱反射している。眩しそうに眼を細める彼の足元には沢山の魚が転がっており、その全てが今日の彼の戦利品だ。
「ふえー、ゴンベエちゃん、今日も随分沢山獲ったっすね」
「オリちゃんが作ってくれた、この
ゴンベエは左手に持ったオリハルコン製の
オリハルコンで作られこの銛は、とても軽く、丈夫であり、高いレベルの切れ味を有している。かれこれ使い始めて2年は経つが、未だその切れ味は全く落ちていない。
「オリハルコンで作った銛を、ただの魚突きに使ってるって他の冒険者が知ったら、ぶち殺されるレベルっすよ」
「オリちゃん自己評価高過ぎじゃない?こんなの、オリちゃんから一杯作れるでしょ」
「オリハルコンの価値は、人間社会に戻ったら、ゴンベエちゃんも嫌と言うほど思い知るっすよ!」
ムッとして言ったあと、オリちゃんがしまったという表情を見せた。
どうやらオリちゃんは、ゴンベエが島の外の世界に強い興味を持っている事に気が付いているようだ。
正直勇者である父に会うとかはどうでも良かった。ただ、二年前の海に投げ出されたあの日、島の外に出る事が出来ると知ってしまったあの日から、島の外の世界が気になって仕方が無かった。
特に10年前に
しかし、ゴンベエの両親が迎えに来るまでこの島で過ごすことが、
島の外に出てみたい気持ちと、じいじを裏切れないという気持ちの板挟みが、最近もっぱらのゴンベエの悩みだ。
ゴンベエからは一言もその事をオリちゃんに相談した事はないのだが、日頃からよく面倒を見てくれるオリちゃんは、言わずもがなで彼の気持ちをよく察してくれる。
その上で気づかないフリをしているという事は、オリちゃんも今はこの島から出て行く事を良く思っていないという事だ。
気まずい思いをごまかすためだろうか、オリちゃんはいそいそと地面に転がっている魚たちを袋に詰め込み始め、話題を逸らしてきた。
「もうすぐ昼っす。このまま日に照らしてたら折角の魚が痛んでしまうっすから、早く袋にしまうっす」
「……オリちゃん、ありがとう」
今はそれ以上は何も言うまいと、ぐっと口を
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その様子を屋敷の中の水晶で視ている人物がいた―――ディアヴァルホロ1世だ。
「……ゴンベエよ。やはり外の世界に興味があるのか」
ディアヴァルホロ1世もまた、ゴンベエの気持ちに気づいていた。もっとも彼の場合は、ゴンベエの「俺、外の世界行きてー」というはっきりとした寝言を最近直接聞いたからだ。
「ゴンベエがこの島に来て早10年か……。そろそろ今後どうするかを話し合っておく時かのう」
ディアヴァルホロ1世は、ふぅっとため息をつくと瞳を閉じて玉座に深くもたれかかった。
手前味噌ではあるが、ここまでの教育は今の所上手くいっている。レイトブルーマーという職業のせいで一向にステータスは上がらないが、魔王の特殊スキルと、魔王として君臨してきた中で身に付いた知識は順調にゴンベエに引き継がれている。
昨日は、人間社会に出た時に、「支配される側」ではなく、どのようにして人間共を「支配する側」に回るのか。という事を教えたばかりだ。これは、実際に人間を支配させるという意図は無く、人に使われる側ではなく、使う側に回らなければ人生は豊かにならないというメッセージを込めたものである。
「万が一勇者の子供が人間共を支配するなんて事になったら、儂のケツの穴どころかこの島ごと怒り狂った勇者に消滅させられてしまうわい」
想像しただけでディアヴァルホロ1世の全身に鳥肌がたち、思わず全身に力が入った。
「まあ、万が一にもそうならないように細心の注意を払って教育しているがな」
ディアヴァルホロ1世は、気を取り直して手元にワイングラスを引き寄せた。赤い液体がグラスの中で揺れている。
「もし、このまま勇者が迎えに来なければ、ずっとゴンベエと一緒にこの島で暮らしたいのう。それじゃだめか?」
揺れる赤ワインに向かって独白したが、そこに映る自分の姿は何も答えてはくれない。ディアヴァルホロ1世は、今の自分の発言を呑み込むかのように、ぐいっとワインを飲み干した。
「あいつの人生にとって一番の選択をしてやらなければな……」
決意を決めたディアヴァルホロ1世に急激に睡魔が襲ってきた。実は最近この事ばかり考えてよく眠れていなかったのだ。
「よし……、寝て待とう」
ディアヴァルホロ1世は、迫りくる睡魔に身を委ねながら、ゴンベエ達が屋敷に戻ってくるのを待つことにしたのであった。
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