因縁つけられて買う事になりました

 ゆっくりと立ち上がったバビンスキーが、腰をくねくねしながら近づいてきた。

 ゴンベエとキュンメルは、固唾をのんでバビンスキーの次の言葉を待っている。


 バビンスキーが足を止めると、くるりとその場で一回転してから、右手を差し出してきた。


「さあ、ゴンベエ君。君が私から奪ったものを返してもらおうか」


 ……ああ、やはり魔道具を拾ったことがバレたのだ。


 ゴンベエの手を握るキュンメルの手がわずかに震えている。

 キュンメルの不安な気持ちが、繋いだ手を通して伝わってきたので、キュンメルの手を少し強く握り返した。


「いいから返したまえ!」


 ゴンベエから返事が無い事に苛立ったのか、先ほどより怒気を含んだ声を上げると、バビンスキーが今度は華麗に二回転して、右手を差し出した。


 なるほど、バビンスキーは怒れば怒るほど回転数が増える仕組みらしい。

 もう少し怒らせてみると、一体何回転まで増えるのだろうか……


 余計なことを考えたおかげで、ゴンベエの気持ちに少し余裕が生まれてきた。

 緊張が解けると共に、働き始めたゴンベエの頭が、バビンスキーの言葉に違和感を感じ取った。


 バビンスキーたちの魔道具を拾ってきたのは、キュンメルだ。それなのになぜ、バビンスキーは俺が奪ったと言っているのだろうか?

 さっきの嫌みの腹いせに、俺がキュンメルに拾ってくるように指示したと思っているという事だろうか。

 もしそうであれば、自分が罪を被って、キュンメルが可哀想なことにならないようにすればいい。


 よしっと覚悟を決めて、ゴンベエは口を開いた。


「……今回の件は、俺が無理やりキュンメルにお願いしたのだ」

「え?ゴンベエ様?」


 何か言いたげなキュンメルの手を、ゴンベエは強く握った。

 彼の意図を悟ったのだろう、キュンメルはそれ以上なにも言ってこない。


「やはりそうか!可哀想に……、さあ、さっさと私に返したまえ!」


 どうやら俺の意図はうまくいったようだ。これでキュンメルが罪に問われる事は無いだろう。 しかし魔道具を返せと言われても、今あの魔道具を持っているのはランツさんだ。


 そういえば、ランツさんは今、魔道具で俺達の会話を聞いているはず。

 淡い期待を抱いてカウンターを見ると、ランツは何食わぬ顔でグラスを洗っている。

 まるでこちらの会話が聞こえていないかのような振舞いだ。


 ガン無視ですか、ランツさぁぁぁん!


 ゴンベエの心の叫びに反応したのは、バビンスキーの方だ。


「ギルドマスターに助けを求めても無駄だ!さっさと返してもらおうか!『瞬歩しゅんP』」


 突如目の前のバビンスキーの姿が消える。

 次の瞬間ゴンベエの後ろから、バビンスキーの気配が襲ってきた。


「なんだ!?」


 反射的に振り返るよりも速く、バビンスキーがゴンベエとキュンメルの手を強引に引き離した。


「痛い!」


 バビンスキーに腕を掴まれ、強引に引っ張られたキュンメルが悲鳴を上げる。


瞬歩しゅんP


 次の瞬間、ゴンベエの背後に居た二人の姿が消えた。

 ゴンベエが慌てて周囲を確認すると、次の瞬間―――


「ここだよゴンベエくぅん」

「なに?」


 声が聞こえた方向に急いで顔を向けると、座っているワルテンブルグの後ろに、得意気なバビンスキーが立っているのが見えた。

 その横にはバビンスキーに腕を掴まれたままのキュンメルが不安そうな表情で立っている。


 今度はキュンメルを人質にして、俺から魔道具を引き出そうということか……。


 心の中で舌打ちをして、次の手をどうするか考え始めたゴンベエの耳に、バビンスキーの言葉が飛び込んできた。


「ゴンベエ君多少強引ではあったが、確かに返してもらったよ」

「……は?」


 自分でも驚くほど拍子抜けした声が出た。


 返して欲しかったのは、魔道具じゃなくてキュンメル!?え?どういう事?


 視界の端のランツがクスリと笑ったのが見えた。


 ランツさんは最初から分かっていたようだ。だから無関心を決め込んでたのか……。

 ゴンベエの胸に、もやっとするものが広がっていく。


「そういう事なのであれば、俺は別にキュンメルを無理やり連れ出したわけではないぞ」


 困り顔のバビンスキーが、腰をくねくねしながら、人差し指をビシッとゴンベエに向けた。


「今更言葉を偽る気かい?さっき『俺が無理やりに』と言ったのはゴンベエ君、君だよ?」

「いや、それは確かにそうなのだが……」

「言い訳無用だ!」


 ……どうやら俺の余計なひと言が、事態をややこしくしてしまったらしい。


 バビンスキーはゴンベエを指さしたポーズのまま、首だけキュンメルに向けると、にっこりとほほ笑んだ。

 両目を細くして笑顔を作っている為、よく見えていないのか、キュンメルが吐きそうな顔をしているのには、全く気付いていない様子だ。


「キュンメルちゃんて言うんだね。ふっ、可愛い名前だ。名は体を表すとは正に君の事だ」


 バビンスキーが両目で同時にウインクしてみせた。

 吐き気が限界に達したのだろう、キュンメルが顔を隠すように俯いてしまった。


「すっかり照れてしまったでやんすね。さあ、我々の御酌をするでやんす」


 椅子に座ったままのワルテンブルグが、汚い顔で笑っている。


 何をどう見たらそう感じるのだろうか?

 この男、顔も汚いが、どうやら感性もゴミの様だ。


「バビンスキー様ごめんなさい!」

「ふぁい?」


 顔を上げたキュンメルが、思いっきりバビンスキーの腕を払って、ゴンベエの側へ走ってくると、彼の背中側へと身を隠した。

 驚愕した表情のワルテンブルグが、ガタリと椅子を倒しながら立ち上がる。

 素っ頓狂な声を出したままフリーズしていたバビンスキーが、信じられないといった表情でゆっくりとこちらを向いた。


「キュンメルちゃん?これは一体どういう……」

「バビンスキー様ごめんなさい!私はゴンベエ様に生まれて初めて、愛の告白をされたっす」


 ……え?キュンメル、お前は一体何を言っているのだ?


「ゴンベエ様が私に遠慮して無理やりと仰いましたが、これは私の意思っす。私はゴンベエ様とこれからデートに向かうっす。バビンスキー様折角のお誘いではありますが、申し訳ありません」


 キュンメルがメイド服を左右に広げながら、バビンスキーに軽く会釈をした後、再びゴンベエの後ろに隠れた。

 バビンスキーが、唖然とした顔から怒りの表情へとみるみる変貌していく。


「ゴンベエェェ、てめえガキのくせにやる事やってんじゃねえよ!私から女を奪う事は許さん!決闘だ!!」


 強烈な殺気に晒されて、ゴンベエは反射的にダガーナイフに手をまわした。

 『瞬歩しゅんP』でいつ切りかかられても良いように、踵を浮かせて瞬間的に移動する準備も怠らない。


「やめて!ゴンベエ様、バビンスキー様!私を取り合わないでー!!」


 キュンメルが自分の顔を両手で覆ってその場に座り込んだ。

 一体何事かとギョッとしたが、ぼそりと『私を取り合うシチュエーション、激萌えっす』 と言う声が聞こえた。


 ……こいつ、今の状況を少し楽しんでないか?はあ、一瞬でも心配して損した。


 一端キュンメルの事は無視して気を取り直すと、目の前のバビンスキーに全神経を集中させることにした。


 すうっと目を細めたバビンスキーがゆっくりと腰の剣に手をかけた。

 周りの群集もいつの間にか静かになり、二人の動向を静かに見守っている。


 …………パリンッ


 どこかでグラスが割れる音が鳴った。

 その音を合図に、バビンスキーの動きが加速した―――。

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