剣戟一閃
「私の『
すうーっと、深く息を吸ったあと、バビンスキーが一気に息を吐きだした。
『
そこに居る全員がバビンスキーの姿を見失った次の瞬間――、
ガキィィィン!!!
激しい火花と金属音がギルド内にこだまし、あまりの音に思わず耳をふさいだゴンベエの目の前に、突如抜刀したバビンスキーが現れた。
切られる!
一瞬身構えたところで、バビンスキーの剣がゴンベエに当たる手前で、空を切った。バビンスキーの剣先をよく見ると、バビンスキーの剣が途中から折れている。
もし、剣が折れていなければ、剣先が確実に俺の胴を薙ぎ払られておった……
思わず腹をさすりながら、ゴンベエの背筋がブルリと震えた。
流石は上級剣士だ。この男、やはりただの変態では無い。
「ちっ折れちまった。だから嫌だったんだ」
バビンスキーは悪態をつくと、折れた剣をそのまま鞘に納め、目の前で動けずにいるゴンベエを無視して、踵を返した。
二・三歩進んだところで一端足を止めると、「あれ?そこに居たの?」とわざとらしく顔だけゴンベエに向けて、笑いかけてきた。
「剣が折れてなければ、勝負の前に死んでたかもね」
冗談ともつかない表情でゴンベエに笑いかけると、ワルテンブルグの座っているところまで腰をくねらせながら戻って行った。
「キュンメルちゃん、私の斬撃に耐えてコインを固定させるなんて、なかなか大したもんだ」
バビンスキーが席に戻る途中ですれ違ったキュンメルの頭をポンポンと叩く。
こちらからはキュンメルの表情が良く見えないが、バビンスキーの斬撃を受けてもピクリとも動かなかったコインが、空中でブルブルと震え始めた。
「マジキモいっす」
ぼそりと言ったキュンメルの言葉を、ゴンベエは聞き逃さなかった。
あまり好きではない人物の頭ポンポンは、むしろ嫌悪感を生むらしい。
俺も気をつけねば……。
「バビンスキー様、この女、まじ気持ちいいっすって喜んでるでやんす」
この男、顔も感性もゴミのように汚いと思っていたが、どうやら耳もゴミのようだ。今のところ彼にいいところは何一つとして無い。
ワルテンブルグの横にどかっと腰掛けたバビンスキーが「だろ?」とキュンメルに両目でウインクしてみせた。
ある意味、良いコンビだな。
ゴンベエが遠い目で二人を眺めていると、視界の端で宙に浮いたコインが有り得ないほど揺れ動いているのが見えた。
もしかしたらキュンメルの魔法は、キュンメルの精神状態がもろに反映されるのかもしれない。
「ギルドマスター、どれくらい傷が入ってるか、確認してもらえるかな?」
「畏まりました」
ランツがつかつかと、コインのところまで進むと、空中のコインを一旦摘まみ、裏表を確認し始めた。
「ふむ、流石は剣豪バビンスキー様、コインにうっすらと横一文字の傷が入っております」
ランツがコインの傷を周りの群衆に見せると、『おお!』と歓声が巻き起こった。
「アダマンタイトに、あれ程の傷を入れるとは!」
「バビンスキー様、かっこいい……」
「これでバビンスキー様の勝ちは決まりだな!」
周りの歓声はどんどん広がっていく。もう勝負は決したかのような雰囲気だ。それもそのはず、ゴンベエはゴミ職業のレイトブルーマーだ。上級剣士のバビンスキーに万に一つも勝てる見込みがあるはずがない。
そんな周囲の喧騒から取り残された形のゴンベエは、ポリポリと首筋を掻いて辺りを見回した。もはや誰もが彼の方を向いてすらいない。
バビンスキーが手を挙げて歓声に応えると、周囲の群衆はより一層盛り上がりをみせた。周囲の喧騒の中、キュンメルが若干青ざめた表情で立っている。
「ゴンベエ様、大丈夫……っすよね?」
「いやあ、言ってなかったけど、俺、ぶっちゃけ剣術が苦手」
「てへっ」と笑ったゴンベエを見て、キュンメルがフリーズした。
「てへっじゃないっす!精一杯頑張るっす!私の貞操がかかってるっすよ!」
涙目のキュンメが、ゴンベエの胸倉を掴むと、力任せに揺さぶり始める。
されるがままに揺れる視界の中で、さっきバビンスキーが特殊スキルを発動させた時の様子を思い出していた。
剣術が苦手な以上、見よう見まねでも真似をしてやってみるしか方法が無いように思える。あとは、手持ちの武器、オリハルコンの切れ味に賭けるしかない。
「さて、キュンメル、このメダルをさっきと同じように空中に固定しなさい」
ランツがコインをキュンメルに投げて渡した。慌ててキュンメルがゴンベエの胸倉から手を放してコインを受け取る。
「……分かったっす」
渋々キュンメルが木の枝を取り出すと、コインを浮かせようとした。その時、バビンスキーが「待ちたまえ」と声をかけた。
全員の視線がバビンスキーに集まる。
「まさかとは思うが、そのコイン、別の物とすり替えていないだろうな?」
バビンスキーがテーブルの上にどかりと足を乗せた。横柄な態度にキュンメルが思わず顔をしかめた。
バビンスキーは意にも介さず、キュンメルにコインを見せるよう手招きした。
眉をひそめたキュンメルが、ちらりとランツを見ると、「構いませんよ」とバビンスキーにコインを渡すよう促した。
「畏まりましたっす」
じりじりとバビンスキーに駆け寄ったキュンメルは、投げる様にコインを手渡すと、そそくさと走って元の場所へ戻っていった。
キュンメルがとった不遜な態度を意にも介さないバビンスキーは、受け取ったコインをまじまじと眺めると、歯でガキリと噛み締めた。
「ふむ、確かに本物だね。ギルドマスター疑ってすまなかったね」
「構いません、冒険者たるものそれ位慎重でなくては生きていけませんので」
にこやかに微笑んだランツは、軽く会釈してからキュンメルへ視線を送った。
ランツと目が合ったキュンメルは、手にした木の枝の先から、青い光をバビンスキーが持つコインめがけて照射した。
青い光に包まれたコインが、宙にふわふわと浮き上がっていく。
バビンスキーが感嘆の声を上げた。
「遠距離からでも出来るのか!素晴らしい魔法だ。なあ、ワルテンブルグ」
「はい、是非とも手取り足取り腰取りこの魔法についてレクチャーを受けたいでやんす」
勝利を確信して止まない二人は、互いのグラスをぶつけて乾杯すると、そのままぐいっと飲み干した。
「さあ、ゴンベエ君の番だ。精一杯頑張りたまえ」
「……言われるまでもない」
ゴンベエは、握り込んでいた拳を開くと、ふぅっと深く息を吐いた。
とそこで、ランツがすっと手を挙げた。
「バビンスキー様、一つだけゴンベエ様に助言してもよろしいでしょうか?」
「それ位は構わないよ。私と張り合うには、多少ハンデが無いと可哀想だからね。存分にアドバイスしたまえ」
「有難うございます」
ランツが深々とバビンスキーにお辞儀をすると、指を一本立てた。
「私から一点だけ助言させて頂きます。ゴンベエ様、ぜひ今回は、脇に差している侍ソードの方をお使いください」
「それはなぜだ?」
「ゴンベエ様の腕だと、ダガーナイフではコインに当たりすらしない可能性がございます。獲物が大きい方が、まだ当たると思いますので……」
そう言うと、ランツはにっこりとほほ笑んだ。
話を聞いていたワルテンブルグが吹き出した。
「ゴンベエちゃん、いいアドバイスもらって良かったでやんすね。侍ソードでも空振りしたら、恥ずかしいから気を付けるでやんす」
どっと周りから笑いが起き、口々に
「これで外したらみっともないぞ少年」
「間違って自分の指切るんじゃないぞー」
「頑張るんでちゅよー」
周りの人たちは、ゴンベエの腕を見かねたランツが、せめて勝負になるように侍ソードを使うようにアドバイスしたと思っているようだ。
―――だが俺は違う。
ここまではランツさんの提案した通りにシナリオが進んでいる。そのランツさんが侍ソードを使えと言っている。これはなにか裏があるに違いない。
あとは自分を信じて、一生懸命やるだけだ!
ゴンベエは宙に浮いたコインの前まで進むと、脇の侍ソードに手を掛けた。
「おいおいそこで大丈夫かい?コインと後ろのフェアテックス様の像が重なって、コインを見失うんじゃないか?」
グラスを片手に椅子にふんぞり返っているバビンスキーが、さらに動揺を誘うような野次を飛ばしてきたが、剣戟に向けて集中力を高めていたゴンベエの耳には、雑音にすらならなかった。
何度目かの深呼吸と共に、じりじりと、左足を後ろに下げ、両膝をゆっくりと曲げていく。
「いくぞっ!!」
ぐっと息を止めて一気に息を吐きだすと同時に、左足に乗せていた重心を右足に移動させる。と同時に体幹を回転させて加速度的にコインめがけて鞘から剣を抜刀した。
『
叫んだ次の瞬間、ふうぅっと息を吹いたゴンベエが侍ソードを鞘に納めて、正面に一礼した。
「切ったフリをして、ただ剣を鞘に収めただけ。苦し紛れの俺の真似か。く、くっくっく残念だったな」
バビンスキーの目には、今の一連の動きは、一旦抜いた剣をただ鞘に戻しただけのように見えたらしい。
ランツは、やっちまったとばかりに、片手で顔面を抑えて遠くを向いている。
「ゴンベエ様、どうなったっすか!?」
ゴンベエの斬撃が見えなかったのだろう、キュンメルが心配そうに確かめてきた。
コインは先ほどと同じ場所に微動だにせず固定されている。
ゴンベエは、首をポリポリ掻いた後、キュンメルに手を合わせた。
「……ごめん。空振りした」
「……は?」
チャリーン
突如魔力を失ったコインが地面に落ちて転がっていった。
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