第0章 ローエングリフ島子育て奮闘編

魔王子育て奮闘記① 授乳編

「ようやく寝たか……」


 ディアヴァルホロ1世は、ややこけた表情でゆっくりと玉座に腰かけた。

 赤子にナナシ=ゴンベエと名付けてから約1時間、ずっと大声で泣き続け、ようやく泣き疲れて眠りについたところであった。

 横に目をやると、ゴンベエが玉座の横にある急ごしらえのゆりかごの中で、すやすやと穏やかな寝息を立てている。


「魔王様が人間の赤子を全力であやす姿、かつての仲間が見たら発狂ものっすね」


 にやにやと笑うオリハルコンスライムに、ディアヴァルホロ1世はふんと鼻をならして腕を組んだ。


 儂もまさかこんなことになろうとは思ってもみなかったのじゃ。昔の儂であれば、間違いなくゴンベエは、もうこの世には居ない。それもこれも―――


「儂らは勇者に大きな貸しがある。これはその借りを返す良いチャンスじゃからのう。仕方なくやっておるまでじゃ」

「さっき勇者まじで怖いからって言ってたっす――あいたっ!」


 ディアヴァルホロ1世が玉座から立ち上がり、おもむろにオリちゃんの顔面を踏みつけた。


「こいつの代わりに、お前を永久に眠らせてやるか?おっ?」


 出来る限りにこやかな声色を出してやったが、鷲の眉間に青筋が浮かび上がっているのが見えたのだろう、これはやりすぎたとばかりに、オリちゃんが慌てて謝罪してきた。


「ずびばぜん、じょうだんでず……」


 オリちゃんの謝罪の言葉を聞き、ディアヴァルホロ1世はゆっくりと踏みつけていた足を上げると、オリちゃんに優しく問い掛けた。


「もう一度言うぞ?」


 オリちゃんが黙って頭を何度か縦に振ったのを見て、ディアヴァルホロ1世は言葉を続ける。


「儂がゴンベエの面倒を見るのは、あくまで、勇者に借りを返すためじゃな?」

「はい。今の衝撃で記憶が書き換わったっす。勇者に借りを返す為っす」

「ならばよい」


 満足いく答えを聞いて、ディアヴァルホロ1世は玉座に優雅に腰かけた。

 一息ついて横を見ると、布にくるまれた赤子が、今の騒動の中でもすやすやと寝息を立てている。


「あんまり偉そうにしてると、ゴンベエちゃんに嫌われるっすよ」

「正直人間の赤子に嫌われることなどどうでもよい。ようはちゃんと育てば問題ないのじゃ」


 とは言ったもののディアヴァルホロ1世には、1つ気がかりな事があった。

 

「ところでオリちゃんは、人間の赤子をどのようにして育てるか知っておるか?」

「え?知らないんすか?」


 オリちゃんは液体の身体をフルに有効活用して、大げさに驚いた表情を作った後、「魔王様のくせにー」とディアヴァルホロ1世をニヤニヤと見上げてきた。


「ほう。それでは、貴様に問う。どのように子育てするのじゃ?」


 ディアヴァルホロ1世は、努めてにこやかな表情を作りながら、ゆっくりと玉座から立ち上がった。


「ほっときゃ勝手に分裂して増殖す―――あいた!」


 再びオリちゃんの顔の真ん中に、ディアヴァルホロ1世の足がめり込んだ。


「今のは冗談じゃな?」

「ずびばぜん、じょうだんでず……」


 ディアヴァルホロ1世は、オリちゃんの謝罪の言葉を聞くと、「予想通りすぎて片腹痛いわ」とゆっくりと踏みつけていた足を上げ、再び玉座に腰かけた。


 オリちゃんは「今度はちゃんと説明するっす」と、踏まれて凹んだ顔をぽんっと膨らませて、元に戻った。


「ゴンベエちゃんは生後数週と見られますので、これから約3ヵ月は母乳のみで育つっす。そして3ヵ月過ぎたところから離乳食に入るっす」

「ほう。それで、そのボニュウとやらはなんじゃ」

「人間の女性の胸から出る白い液体っす!」


 オリちゃんは自分の胸のところに二つの大きな山を作ってみせた。人間の女性が居ない以上、母乳がこの島では手に入らないものだと気付き、ディアヴァルホロ1世の心に暗雲としたものが立ち込める。


「それで、母乳が無かったら赤ちゃんはどうなるのじゃ?」

「飢えて体力が0になって死ぬっす」


 ディアヴァルホロ1世は思わず頭を抱えた。


 まずい!非常にまずい!このままでは、怒り狂った勇者に、儂のケツの『自主規制ピー』に勇者の怒れる『自主規制ピー』を思いっきりぶち込まれ、凌辱されてしまう!


 湧きあがる恐怖心をなんとか抑えながら、外面では平常心を装いオリちゃんにゆっくりと問いかける。


「ダメもとで聞くが、おぬしは母乳を出す事はできんのか?」

「え?私っすか?んー、なんか母性に目覚めそうなんで、母乳でるかもっす!」


 オリちゃんは頬を赤らめながら、自らが作った大きな胸をたゆんたゆんと揺らし始めた。


 でかしたぁぁぁ!!


 声にこそ出さなかったが、ディアヴァルホロ1世は心の中で大きくガッツポーズを見せた。


「では、儂にその母乳とやらをみせてみよ」


 はやる気持ちを抑えながら、オリちゃんの胸をじっと見つめる。


「そんなに見られちゃ、あたい恥ずかしいっす。でも頑張るっす」


 銀色のオリハルコンスライムが頬を赤らめ、もじもじし始めた。いつもなら殺意を覚える光景だが、今はそんな姿も愛おしく思える。


「じゃあいくっすよ!はあっ!」


 掛け声とともにオリハルコンスライムの胸が更に大きく膨らみ、先端からびゅっとの液体が飛び出した。


「やった!出たっす!」


 オリちゃんがディアヴァルホロ1世の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。

 彼は無言でオリちゃんから発射された物体を手にすくい、まじまじと見つめた。


「……おい、お前」

「なんだいあんた……ってええ!?」


 ディアヴァルホロ1世はオリちゃんを胸の山の部分を掴み、顔の高さまで持ちあげると、赤い瞳をぎらつかせた。


「今のはオリハルコンの液体じゃぼけぇぇ!こんなん飲ましたら、金属中毒になって余計に早く死ぬわ!さすがの儂でも分かるぞ!」


 淡い期待を抱かされた分、反動で怒りがこみ上げてきて、大声でオリちゃんをどやしつけた。そのままの勢いで、オリちゃんの胸を全力で捩る。


「あいたたたたた。あたいの母性が千切れるっす!!やめるっすぅ!!!!」

 おぎゃあ!おぎゃあ!


 オリちゃんの悲鳴で目を覚ましたゴンベエが、大きな声で鳴き始めた。

 ディアヴァルホロ1世は、しまったとばかりに、掴んでいたオリちゃんを放り投げると、慌ててゴンベエを抱きかかえ、全力であやし始めた。


「ええい!泣き止むのじゃ!お主それでも勇者の子か!泣き止むのじゃあああ!!」


 ディアヴァルホロ1世は、恥も外聞もすてて「べろべろバー」をしてみたが、それでも一向にゴンベエが泣き止む気配は無い。


「変わるっす」 


 オリちゃんが、オロオロするディアヴァルホロ1世から、ゴンベエを奪い取ると、ゆらゆらと自分の上で揺らし始めた。


「ゴンベエちゃん、今日から私が新しいママっす。ママの腕の中で再びお眠りなさいっす」


 しかしそれでも一向にゴンベエが泣き止む気配は無い。焦り始めたオリちゃんの目が白黒している。


 「……これは一体どういうことじゃ?」

 「もしかしたら、母乳が欲しいのかもしれないっす」

 「そんな物はないのじゃぞ」

 

 二人ともおろおろとするだけで、何も打つ手が無いままでいると、徐々にゴンベエの泣き声が弱く小さくなり始めた。


「恐らくレベル1の赤ちゃんだから、まだ体力が少ないっす。早く母乳あげて体力回復させないと、後少しで死んじゃうっすよ!」

「なぬー!どうしたらよいのじゃ!」


 こうしている間にも、みるみる赤子の泣き声は小さくなっていく。最早一刻の猶予も無いようだ。


「魔王様なんとかならないっすか!?」


 オリちゃんの悲壮感漂う声がこだます。


「静かにせよ!今考えておるのじゃ!」


 ディアヴァルホロ1世は、両目を閉じると眉間に人差し指を当てた。100年以上生きてきた中で、人間に関して知り得た情報で有効なものは無いかと思考を巡らせる。


 なにか、母乳以外で人間のHPを全回復させる方法は無いのか……。人間はどういう時に全回復する?


 記憶の端で、自分と戦った後の勇者が、経験値を得てレベルアップした時の事を思い出し、ディアヴァルホロ1世は両目を見開いた。


「オリちゃんよ、人間はレベルアップすると体力が全回復するのじゃったな?」

「そうっす!……あ!魔王様まさか!?」


 恐らくもう余り時間が無い。出来る出来ないも含めて、実際にやって試してみるしかない。ディアヴァルホロ1世がオリちゃんに指示を出す。


「オリちゃん、少し分裂しろ!」

「了解っす!ほいっと!」


 ディアヴァルホロ1世の意図を察したのか、掛け声と共にオリちゃんの身体の端っこから、小さなオリハルコンスライムを分裂させた。


 ディアヴァルホロ1世がそれを一方の手で捕まえると、反対の手でゴンベエの手に魔力を込めたナイフを握らせ、そのまま小さなオリハルコンスライムに、ナイフを突き立てた。


 次の瞬間―――


 パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪パンパカパーン♪


 突如、人間がレベルアップする時に流れる音楽が10回程響き渡った。


「今のでレベルが10ほど上がったっすね。ゴンベエちゃんの様子はどうっすか?」


 二人は恐る恐るゴンベエの顔を覗き込んだ。先程とは打って変わり、今は血色の好い表情で落ち着いて眠っている。


 ディアヴァルホロ1世とオリちゃんは、『うまくいった』と声を合わせ胸を撫で下ろした。

 

 「やはり人間は、レベルアップによって体力が全回復するようじゃな」

 「あとは適当に栄養価のある水を与えておけば、空腹も解消されてなんとかなるっすね」


 母乳と言う最大の懸念事項が解消され、ディアヴァルホロ1世とオリちゃんが、がっちりと握手を交わした。


「この方法でいくと、ゴンベエちゃんのレベルえげつない事になりそうっすね」

「母乳が必要な三か月までじゃ!ここで死なせてしまって、勇者キレたらまじで怖ええもん」

「未来の勇者を魔王がレベルアップさせるって、すごい時代になったっすねえ」


 オリちゃんに何と言われようが、ディアヴァルホロ1世にとっては、勇者の拷問を受けない事の方が大切である。


 ―――こうして母乳の代わりにレベルアップさせる作戦で3ヵ月育てた結果、ゴンベエのレベルは生後3か月にして50となり、魔王ディアヴァルホロ1世を討伐した当時の勇者と同等のレベルに並ぶことになるのであった。。

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