魔王子育て奮闘記④-1 初めての魚釣り
結界で封印されているとはいえ、外から潮のにおいが島の中へ流れ込んでくる。今、ゴンベエとディアヴァルホロ1世とオリちゃんは、島の南端海岸部に来ていた。
「やったー!うみだ!」
娯楽の少ないこの島において、沿岸部はゴンベエにとって数少ない絶好の遊び場である。
しかしながら、ゴンベエががこの島に来て8年、未だに彼は一度も海に入った事がない。何故ならば、この島は勇者の作った結界で覆われており、誰もこの島から一歩も出ることが出来ないからだ。
ローエングリフ島は、孤島である。島のどの沿岸部からも、見渡す限り他の島はおろか、運航する船も見当たらない。そんな島において、彼らの貴重なタンパク源は、島で自生している豆類と、高波によってたまに浜に打ちあがる魚たちである。
ゴンベエの身体が成長するにつれて、彼の身体の成長に必要な食事の量は増えている。
その為、ディアヴァルホロ1世とオリちゃんは、魚釣りによって食糧自給率を上げようと目論だのだ。
三人の釣竿は、島に自生しているしなりのある植物を利用し、釣り糸はオリちゃんの身体からできる限り細く引き伸ばしたオリハルコンを取り出し、釣り針はオリちゃんの身体から針の形をしたオリハルコンを取り出して作られている。
エサは先日浜に打ちあがっていた魚の内蔵を使うことにしている。
オリちゃんが常々自慢しているのだが、オリハルコンという素材は、人間社会において幻の金属と呼ばれるほど希少性が高いそうだ。
また、高い剛性の割に非常に軽く、オリハルコンで作られた武器は、伝説の武器に匹敵するらしい。
「お主から作ったこの糸は、本当に切れないのかのう?儂は不安じゃ」
「魔王様失礼っす。オリハルコンはめっちゃ丈夫っす!めちゃくちゃでかい魚が食いついても絶対に切れることは無いっす。……多分」
「オリちゃんの身体から作った物だ。すぐに切れそうだな」
「あ、ゴンベエちゃんまでひどいっす」
ゴンベエとディアヴァルホロ1世はオリハルコンの希少性を疑っているため、この釣り具が本当に人間社会において伝説級の釣り具であることには気付いていない。
「じいじ、早く釣るのだ」
ディアヴァルホロ1世の傍で、早く釣りたくて仕方が無いのだろう、ゴンベエが竿を雑にぶんぶん振り回してアピールしている。
ディアヴァルホロ1世も、自分用の竿を持ち上げると、ゴンベエと一緒にぶんぶん振り回し始めた。
「ゴンベエよ、早速やってみるのじゃ」
「やったあ!」
とは言ってみたものの、ディアヴァルホロ1世自身、釣りは初めてなので、どうしたらよいか良く分かっていない。
取り敢えず、今回の釣りの発案者であるオリちゃんに、どうするべきか指示を仰ぐ。
「で、オリちゃん、釣りってどうやるのじゃ?」
「魔王様釣りしたことないっすか?」
オリちゃんが、少し驚いたようにディアヴァルホロ1世を見上げてきた。
毎度の如く、今回もマウントを取ろうとしてきた事に、ムッと来たが、ここで怒ってしまっては、肝心の釣りのやり方を教えてもらう事が出来ない。
「当り前じゃ。儂は魔王様ぞ。釣りなんぞ人間の趣向などやるはずがない」
「そうでした。いつもやってる事って、ただ玉座にふんぞり返ってるだけだったすもんね」
ディアヴァルホロ1世は、無表情のままオリちゃんを抱き上げると、一気に海に向かって投げ捨てた。
「どっせぇぇぇぇぇい!」
「なぁにするっすかぁぁぁぁ!!!!うぶぇう!」
オリちゃんが見えない壁にぶつかり跳ね返ってきた。壁に衝突した際にダメージを受けたらしく、若干小さくしぼんでいる。
「な、儂らこの島から出れないじゃろ?」
成り行きをあっけにとられて見ているゴンベエに、ディアヴァルホロ1世は得意げにサムズアップしてみせた。
「今更ながらに分かりきった事試さないで欲しいっす!ああ…、魔王様消えちゃうっす。早く回復して欲しいっす」
「ああ、悪い悪い」
すっかり反省しているようなので、ディアヴァルホロ1世は、オリちゃんに魔力を与え回復させる事にした。ディアヴァルホロ1世の掌から発する光が、オリちゃんを包み込むと、オリちゃんの身体は、みるみる元のサイズに戻り始めた。
「で、釣りってどうやるのじゃ?」
「はい、直ぐに教えるっす」
今の
「やり方と言っても、ただ単純に、釣り針に餌をつけて海に垂らすだけっすよ」
「……それだけ?」
「それだけっす」
ディアヴァルホロ1世は、至ってシンプルな方法で魚が釣れると知り、肩をすくめて驚いた表情を見せた。
「これならば、儂やゴンベエにも出来そうじゃな」
「それじゃあ、実際に魚を釣る準備をするっす」
お互いに大きく頷いたディアヴァルホロ1世とゴンベエは、オリちゃんの指示に従って、釣り針に餌をつけて釣りの準備を始めた。
その最中、ディアヴァルホロ1世の中で疑問が湧いてきた。
勇者の封印によってディアヴァルホロ1世とオリちゃんは一歩もこの島から出ることが出来ない。そんな二人が、果たして釣りなんて出来るのかということである。
「オリちゃんよ、儂らは本当に釣りが出来るのか?」
「問題ないっすよ。我々は島の外に出れないっすけど、釣り道具は海に投げ入れる事が可能っす。論より証拠、早速釣り針を海に投げて見せるっす」
いち早くエサを付けたオリちゃんが、釣り針を海に向かって投げ込むと、あっさり島の境界線を越えて海の中に消えていった。
「おお!」
釣り針が島の外に出たという事実に、ディアヴァルホロ1世は軽い感動を覚えた。
早速ディアヴァルホロ1世とゴンベエも、オリちゃんに続けとばかりに釣り針を海に投げ込んだ。二人の釣り針も、なんなく島の外へ飛んでいき、海中へと消えていく。
「本当じゃ!ゴンベエちゃん凄いね!」
「すごい、すごい!さすがオリちゃんだ」
興奮して、ディアヴァルホロ1世が竿を握る手に力が入った。「すごい」の連呼が止まらないゴンベエも、島の外に釣り針が出せたという事に、ディアヴァルホロ1世同様、相当興奮しているようだ。
たとえ今日釣れなくても、ゴンベエがこんなに喜んでくれるのであれば、また絶対釣りをするのじゃ。うん、っていうか明日も釣るのじゃ!
ディアヴァルホロ1世が、ゴンベエの様子に赤い瞳を細めていると、
「お!早速釣れたっす」
オリちゃんが全長20cm程の魚を釣り上げた。釣り上げられた魚は、陸に上げられ、ぴちぴちと地面を跳ねている。
「うまく釣れて良かったっす!やり方は知ってはいたものの、やったのは初めてだったっす!釣りって最高っすね!二人とも早く釣るっす!」
初めて魚を釣ったオリちゃんは、感動して身体をぷるぷるさせて喜んでいる。
先を越される形となったディアヴァルホロ1世も負けていられないとばかりに、竿を揺らし始めた。
「やるではないか!じゃが、今に見ておれ!儂の方がでかい魚を釣ってやる!世界を支配した魔王の実力見せてやる!!」
「あ、釣れた!」
拳を握るディアヴァルホロ1世の横で、ゴンベエも全長20cm程の魚を釣り上げた。先程オリちゃんが釣り上げた魚と同じ種類の魚である。
「じいじ!釣りめちゃくちゃ面白い!特に魚が引いたときが面白いよ!」
ゴンベエも興奮が冷めやらないといった感じで、釣った魚を手にはしゃいでいる。
「なぬぅ。ゴンベエまでも」
羨ましいという言葉が喉から出かけたが、ぐっと呑み込んだ。
頑張って自分の釣竿に集中しようと思うが、オリちゃんとゴンベエが釣り上げた魚が気になってチラチラ見てしまう。
「あ、ひいてるっすよ」
オリちゃん声にディアヴァルホロ1世は慌てて自らの釣竿に目をやったが、竿はピクリとも動いていない。
「あ、ひいてるのは私の竿っす」
貴様今のわざとじゃろぉぉぉ。
絶対さっき結界に投げつけたの根に持った発言だよねぇぇ。
イライラするディアヴァルホロ1世をしり目に、オリちゃんが再び全長20cm程の魚を釣り上げた。
ニヤニヤしながら、オリちゃんは釣った魚を二匹とも見せつけてきた。
「魔王様静かにするっす。大声出したら魚が逃げるっすよ」
「うるさい!たまたま釣れただけじゃろう!……いや、待てよ。釣竿じゃ!この釣竿が悪い。オリちゃん儂の釣竿と交換じゃ!」
「あ、酷い!」というオリちゃんの抗議を無視して、自分とオリちゃんの釣竿を取り換えると、意気揚々と海に釣り針を投げ込んだ。
「全部同じ道具を作ったっす。釣れない事を道具のせいにしないで欲しいっす」
「じいじ、オリちゃんが可哀相だよ」
「ゴンベエ何を言うか。釣れて無い儂が一番可哀相じゃ!だって儂魔王じゃぞ。魔王様なんじゃぞぉぉぉぉ!」
涙目になっているディアヴァルホロ1世の横で、再びオリちゃんが魚を釣り上げた。
しかも今度は30cm程の魚で、本日釣った中で一番大きな獲物である。
先程まで自分が使っていた釣竿に、あっさりと本日一番の獲物がかかり、ディアヴァルホロ1世は、驚きのあまり顎が外れる程、口を開いてしまっている。
「なぜじゃぁぁぁ!なぜ儂だけ釣れんのじゃ!」
「だから、うるさいからっす」
「黙れ!儂はこのスタイルで釣ってみせるのじゃ!」
ディアヴァルホロ1世の言葉に合わせるかのように、ついに彼の釣竿がぴくぴくと反応を見せた。
「ほらあぁ!釣り糸が引いている!これは来たぞ来たぞ!ビックヒットじゃ!爆釣じゃあ!!」
ディアヴァルホロ1世が勢いよく釣り糸を引き上げると、海面近くで3cmほどの小魚が申し訳なさ程度に針に引っかかっているのが見えた。
余りの魚の小ささに、魚を引き上げるディアヴァルホロ1世の手が一旦止まる。
「うっわ。ちっさー。魔王様のあそこより小さいっす」
オリちゃんがぴょんぴょんとディアヴァルホロ1世の周りを飛び跳ね始めた。
「殺す」
ガチャリと釣竿を地面に落とすと、右手に魔力を込め始めた。それをみて、オリちゃんの顔がさぁっと青ざめた。
「魔王様冗談っす!その技はまずいっす!勇者パーティーを追い込んだやつっすよね!?」
「うるさい。肉片となって、大人しく撒き餌となるのじゃ!」
「釣り方とか知らないくせに、撒き餌って言葉なんで知ってるっすか!」
技の発動に向けてディアヴァルホロ1世の右手に、どんどん魔力が集まっていく。
「あ、じいじひいてるよ」
「うるさい!その手にはもう乗らん!」
「ほんとだってば!」
ゴンベエが儂の足元まで駆け寄ると、魚に引っ張られ海に落ちそうになっている竿を間一髪で拾い上げた。
「うわ!すごいひきっす」
オリちゃんが思わず驚きの声を上げた。
ゴンベエが慌てて拾い上げた竿が、物凄い角度でしなっていたからだ。
反応的に本日一番の大物がかかっているとみていいだろう。 先程の小魚が生餌となって大物が釣れたのだ。
ぐんぐんと海底に向かって釣竿を引っ張り、じりじりとゴンベエの身体を海に引きづり込もうとしている。
「くっっ、やばい、引きが強すぎる。じいじ助け…、っああ!」
ディアヴァルホロ1世が、はっとして慌てて手を伸ばそうとしたが間に合わず、悲鳴と共にゴンベエの身体は、結界を通り抜けて海に投げ出されてしまった。
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