初めての冒険者ギルドでショタに襲われる
冒険者ギルドの中央に、先ほどの広場にあった像を小さくした黄金の像が立っており、像を囲む形で使い込まれたテーブルが何台も並んでいる。
ゴンベエが着いた当初はかなりのテーブルが空いていたが、彼の後から入ってくる人たちが思い思いに空いた席に着き始め、席が埋まり始めた。
「今日はやけに人が多いな」
「なにか大規模なクエストでもあるのか?」
「いつものやつだろう」
食事の済んだ皿が並んでいるテーブルの人たちが、お互いの顔を見合わせて話をしている。彼らの横を通り過ぎて、バビンスキー達はどんどん奥へと進んで行く。
「バビンスキー様、私は席が埋まる前にこの場所を抑えておくでやんす」
ゴンベエとバビンスキーの後ろを歩いていたワルテンブルグが、黄金像の真正面にあるテーブルで足を止め、椅子に腰かけた。
「頼むよ、ワルテンブルグ。私はこの
バビンスキーがゴンベエに目配せして、クネクネしながら、さらに奥へとついて来る様に促してきた。ゴンベエはコクリと頷くと、大人しくバビンスキーの後ろを付いて歩き始めた。
目の前でクネクネするバビンスキーのお尻を見ていると、自分がこれから出会う人間たちが、バビンスキーみたいなクネクネ人間ばっかりだったらどうしようと、一抹の不安を感じ、自然と足取りが重たくなっていく。
このままでは駄目だと、顔を上げたゴンベエは、バビンスキーに話しかける事で、気持ちを切り替える事にした。
「ところでお前は、何故俺が―――」
「冒険者ギルドに来るのが初めてだって気付いたかってことだろ?あとお前じゃなくてバビンスキーさんな」
言葉の途中で、バビンスキーから心を見透かされたように話しかけられ、ゴンベエはギクリとして足を止めた。まさに、それを聞こうと思っていたのだ。、
「なぜそう思うのだ?」
再び歩を進め、なるべく平静を装ってみたが、心持ち声が上ずってしまう。
「くすっ、ゴンベエ君可愛いね。単純に―――」
恍惚な笑みを浮かべたバビンスキーが、ゴンベエの肩を強引に抱いて、耳元にゆっくりと顔を近づけてきた。
「キョロキョロし過ぎなんだよ。このクソ田舎者が」
「なんだと!」
馬鹿にされてカッとなったゴンベエが、瞬間的にサムライソードに手を掛けたが、バビンスキーがソードの柄を抑えているため、ピクリとも剣を抜くことが出来ない。
あり得ない程の力でがっちりと抑え込まれ、全く動けないゴンベエの耳に、バビンスキーの生暖かい息が吹きかけられる。
ゴンベエは、なんとか逃れようと、全身に力を入れるのだが、バビンスキーの力の前に、首を仰け反らせるのが精一杯だ。
ぴちゃぴちゃと舌なめずりする音が、だんだん近づいてくる。
その時―――、
「バビンスキー様、あまり子供を虐めるものではありませんぞ」
少し離れたカウンターの向こう側に立っている初老の人物が、こちらに嗜めるような厳しい声をかけてきた。
「この子があまりに可愛いから、ちょっとイタズラしたくなっただけさ。勘弁してよね」
大して悪びれた様子も無く、バビンスキーが降参とばかりに両手を上げておどけてみせた。開放されて、ようやく自由に動けるようになったゴンベエの全身に、どっと汗が噴き出してきた。
自分の耳に聞こえる程に、心臓の鼓動がばくばくと鳴り響いている。
『あんまり舐めると痛い目みるでやんすよ』
さっきのワルテンブルグの忠告が、彼の脳裏をよぎる。特に舐めてるつもりは無かったが、思っていたよりバビンスキーの事を過小評価していた自分に気づかされ、ゴンベエは心の中で舌打ちをした。
「やれやれ、バビンスキー様のショタぶりには困ったもんですな」
「それは言わない約束でしょ、ギルドマスター」
「ほっほっほ。そうでしたな」
バビンスキーと、彼にギルドマスターと呼ばれた人物は、立ちすくんでいるゴンベエの横で、何事も無かったかのように、にこやかに対話している。
ギルドマスターは、訝しんで見ているゴンベエと目が合うと、白い顎ひげをさすりながらにっこりとほほ笑んだ。裏表を感じさせないその笑顔を見ていると、なぜか自然と心が穏やかになっていく。
不思議な人だな。
吸い込まれるようにじっと見つめているゴンベエに、ギルドマスターはゆっくりと頭を下げた。
「初めまして、ようこそ冒険者ギルド・サウスサンプトン支部へ。私はこのギルドの責任者をしております、ランツと申します。以後よろしくお願い致します」
「はじめましてランツさん。俺の名前は、ナナシ=ゴンベエだ。第一印象から決めてました。友達からよろしくお願いします」
ゴンベエもゆっくりと頭を下げた。この挨拶で間違いないことは、先ほどサクヤで実証済みだ。
顔を上げると渋い表情のバビンスキーと、満面の笑顔のランツが見えた。
「ギルドマスターに友達からよろしくって、失礼にもほどが―――」
「ほっほっほ。良い良い。面白い子じゃ。こちらこそよろしくのう」
サクヤの時とはまた違う反応だが、取りあえず挨拶はうまくいったようだ。
「さあ、どうぞこちらにお腰かけください」
カウンター前の椅子に座るように促されたので、案内されるままにゴンベエは椅子に腰かけた。バビンスキーも、近くにあった椅子を勝手に持って来て、ゴンベエの隣にどかっと腰を下ろした。
「さてゴンベエ様、ここでは、冒険書への登録や、情報収集、クエストの発注、クエストの受諾、クエストの報酬など、冒険に関する基本的な事が出来ます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「……えっと」
戸惑うゴンベエに、見かねたバビンスキーが助け船を出してきた。
「ゴンベエ君、なんにしても全ては冒険書に登録してからだ。ギルドが初めてという事は、君はまだ冒険書に登録してはいないのだろう?」
なるほど、冒険者としてここを利用する為には、冒険書へ登録しなけらばならないという事か。バビンスキー、初めていい事言ったな。
ゴンベエは、初めてバビンスキーの存在意義を感じつつ、
「冒険書への登録をお願いしたいのだ」
と、ランツに頭を下げた。
「畏まりました。それではこちらの登録用紙に、必要事項をご記入ください」
ゴンベエは、ランツが差し出した用紙を受け取った。
用紙の中身を見てみると、名前などのゴンベエの個人情報を記入する欄が、いくつかある。
名前は仮の名前だが大丈夫なのだろうか?
ゴンベエは、ランツに質問しようとしたが、横にバビンスキーが居る事を思い出し、口を噤んだ。彼の中の本能が、バビンスキーにあまり手の内を知られるべきではない、と言っていたからだ。
取り敢えず名前の欄は、仮の名前であるナナシ=ゴンベエと記入した。
これで何か不備があった場合には、その時で対応すればいいことだ。
さて、次の欄だが―――
「おや、職業?」
「ゴンベエ様如何なさいましたか?」
「この職業ってところにはなにを書けばよいのだ?」
「自分のステータス見てみれば、職業があるだろう?それを書けばいいのだよ。因みに聞きたいだろうから教えてあげよう!私の職業は、上級剣士だ」
よほど自慢の職業なのだろう、得意げなバビンスキーが、サムズアップポーズでウインクしてきた。
うん、今のは今後俺が生きていく上で、全く必要ない情報だ。
横で興奮しているバビンスキーをガン無視して、自分のステータスに書かれている職業『レイトブルーマー』を記入しようとしたその時、
「ゴンベエ様お待ちください」
とランツに止められた。手を止めて顔だけランツに向けると、
「ゴンベエ様、我々は他人のステータスを見る事が出来ません。その為職業を偽る方がいらっしゃいますので、こちらでアイテムを使って職業判別させて頂きます」
と言いながら、カウンターの下から、古びた灰色のとんがり帽子を取り出してきた。
「なるほど。確かにそれはそうだな」
そんなアイテムがあるのかと感心しながら、ゴンベエはランツから帽子を受け取り、まじまじと眺めてみた。
よく見ると目を閉じて眠っているような模様がある。
「この帽子は大変由緒ある帽子で、アンジェリナの孤児院にいた少年に勇者の称号がある事を見抜いた帽子です。この帽子が勇者と叫んだあの日の事は、今でも忘れる事が出来ません」
話の内容とは裏腹に、ランツが少し寂しい表情をしたのが印象的だった。
「勇者が使った帽子……か」
時を経て、親父の使ったとんがり帽子で、親父と同じように称号を確認しようとしている。確かな自分のルーツに触れた気がして、ゴンベエは身震いした。
「どれ、私がまずは見本をみせてあげよう」
頼んでもいないのにバビンスキーが、ゴンベエの手から帽子を奪い取ると、素早く今被っている帽子と入れ替えて頭に被った。
次の瞬間、帽子の模様が目を開いて「上級剣士!!上級剣士!!」と叫び始めた。
あまりの声量に、他の冒険者たちも会話を止めてこちらを見ている。
「とまあ、こんな感じさ。参ったなあ。今ので私が上級剣士であることが皆に知れ渡ってしまったようだ」
満足げなバビンスキーが腰を大げさにクネらせながら、唖然としているゴンベエに、とんがり帽子を返却した。
こいつ、今の絶対わざとだな。
周囲の冒険者に投げキッスを繰返すバビンスキーに冷ややかな視線を向けた。
手の中のとんがり帽子は、すっかり大人しくなっている。
ステータスを見て自分の称号は分かってはいるつもりが、こうして改めて発表されるとなると、なぜだが期待と不安とが入り混じり、帽子を握る手にじっとりと汗がにじみ始める。
「さあ、どうぞ。ゴンベエ様も」
「……わかった」
ランツに促されて、いよいよ腹をくくったゴンベエは、勢いよく帽子を被った。
一瞬の沈黙の後―――
「レイトブルーマー!!レイトブルーマー!!」
とんがり帽子の声がギルド中に響き渡った。
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