変態が汗まみれになりました

 刀から手を離したゴンベエの頭の中に、オリちゃんから教わった人間の格言が浮か上がった。


『虎穴に入らずんば虎子を得ず』


 たしか、虎のモンスターのお尻の穴に入らなければ、収穫は得ることが出来ないという意味だったはずた。ならば、今がまさに虎のお尻の穴に入る時だ。


「是非ともになりたい。よろしく頼む」

「フッ、わたしとと、子供といえ私の虜になってしまうよ。あと、よろしくお願いだからね」


 ゴンベエとバビンスキーは、表面上はにこやかに握手を交わした。

 二人の握手を見届けたワルテンブルグが、パンパンと、強めの柏手を打った。


「そしたら、みんなで冒険者ギルドに行くでやんす。そこで黒猫狩りの概要を話すでやんす!」


 ワルテンブルグの言葉を皮切りに、周囲の人たちがゾロゾロと歩き始めた。

 ゴンベエにとって冒険者ギルドの意味が何なのかは分からなかったが、取り敢えずこの人達の流れについていけば大丈夫だろうと歩き始めた。と、その横をバビンスキーが走り抜けた。


「ゴンベエ君!私とワルテンブルグは走って行く!君は僕について来れるかな?」

「え?まじでやんすか?私、走るの苦手でやんす!」


 「お先に」とウインクしてから、バビンスキーが颯爽と走り始めた。その後ろを、ワルテンブルグが慌てて追いかけて行く。


 ステータスが低い自分が、名の知れた大人相手に絶対に勝てるはずがないと思ったが、このまま置いて行かれるのもしゃくに感じて、出来る限り全力で追いかける事にした。


「いっくぞぉぉぉぉ!!!!」


 ゴンベエは叫びと共に空にした肺に、目一杯空気を吸い込むと、


『覇王の風!!!!』


大声でスキルを発動し、背中に強い追い風を受けて猛ダッシュした。歩く冒険者たちの間を縫い、加速しながら進んで行くと、ゴンベエが追いつける様にスピードを落としてくれているのだろう、小さかったバビンスキーとワルテンブルグの後姿がみるみる大きくなっていく。

 そこから更に10秒ほど走ったところで、前を走るバビンスキーとワルテンブルグに追いついた。


「げっ!……ほう、やるではないか!少年ボーイ!」

「……はひぃ、でやんす」


 先程15m程の間合いを一瞬で詰めたスピードを考えれば、まだまだバビンスキーは本気ではないはずだ。

 本気で走っていない人に、足の速さを褒められても、ちっとも嬉しくはない。


「お前のさっきのスピードからしたら、大したことないだろう」

「さっきの?ああ、『瞬歩しゅんP』のことか。あれは私のスキルだよ。あと、お前じゃなくバビンスキーさんな」


 バビンスキーが息を弾ませて走りながら、前髪をかきあげた。

 額から大粒の汗が舞い散っていく。

 一方のゴンベエは、オリハルコン製の服は通気性が良く、さらに『覇王の風』の推進力で走っている為、まだ大して疲れておらず、汗も殆どかいていない。


「スキル?」

「はぁ、はぁ、一瞬で間合いを詰める私の、特殊、スキル、だよ」


 なるほど、じいじの使っていた『覇王の風』のような特殊なスキルの事か。どうやら人間も固有スキルがあるらしい。


「ぜぇ、ぜぇ、私の『瞬歩しゅんP』、は、短距離、しか、つかえない…の」

「なるほど、ってあれ?」


 振り返ると、いつの間にかワルテンブルグの姿が無い。ゴンベエ達を置いてどこかへ行ってしまったようだ。


「バビンスキーさん、お連れの人居ないよ?」

「……」


 返事が無い。

 バビンスキーの横顔を覗き込むと、口が半開きになって、涎を垂らしながら走っている。


「バビンスキーさん大丈夫!?」


 返事の代わりに、バビンスキーが、口半開きで涎垂らしながらウインクしてきた。

 

 うわっ、気持ちが悪い。


 見てはいけない物を見た気がして、ゴンベエは背中に受ける『覇王の風』を緩めて少し減速すると、バビンスキーの後ろ側に回り、後ろから伴走する事にした。これで生理的に受け付けない顔を見ないで、一緒に走る事が出来る。

 

 そのまま少し走ったところで、バビンスキーの足がゆっくりと止まった。

 それに合わせてゴンベエも足を止めた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……、さあ、ゴンベエ君着いたよ!冒険者ギルドだ!」


 クネクネしているが、先ほどよりもキレが悪い。顔は土みたいな色をしている。一体どうしたのだろう。大した運動をしたわけでもないし、なにか悪いものでも食べてしまったのだろうか?


 肩で息をするバビンスキーの様子を、ゴンベエがまじまじと見ていると、


天使の伊吹キュアエンジェル


 突如現れた青い光が、バビンスキーを包み込むと、そのまま体に浸み込むように消失した。


「フハハハ!バビンスキー君、この勝負は私の勝ちだ!惜しかったね!」


 胸を張るバビンスキーの腰が、キレっキレにクネクネしている。どうやら今の光がバビンスキーの体調を回復させたらしい。

 一体誰がこの魔法をかけたのだろうと、ゴンベエは冒険者ギルドの前に居る人物に視線を送った。


 驚いた事に、先程まで一緒に走っていたワルテンブルグが先に到着して立っていた。汚い彼に似つかわしくないが、今の魔法は彼の仕業の様だ。


「付き合いきれなくて、転位の魔法で先に来てたでやんす」


 ワルテンブルグは、やれやれといった表情で種明かしをした。

 ハイタッチをするバビンスキーとワルテンブルグの後ろで、ゴンベエは喜びに打ち震えていた。

 

 先程の『瞬歩しゅんP』といい『天使の伊吹キュアエンジェル』といい、人間には、俺の知らない特殊スキルが沢山ありそうだ。可能であれば是非修得したいものだ。


 未知なるものに思いを馳せて、ゴンベエの三白眼の黒目が輝いた。


「さあ、ゴンベエ君、中に入るよ。ついてきたまえ」

「分かった」


 笑顔のバビンスキーに促されるままに、彼に続いてゴンベエが冒険者ギルドの中へ足を踏み入れた。

 その時、ゴンベエの後ろに立っていたワルテンブルグが、ゴンベエにだけ聞こえる声で呟いてきた。


「バビンスキー様のステータスで、圧倒的に体力が一番低いでやんす。あんまり舐めると痛い目みるでやんすよ」

「別に舐めてはいないよ」


 振り返ったゴンベエの眼に、醜悪な表情で笑うワルテンブルグの顔が目に入った。

 ワルテンブルグの瞳をよく見ると、醜悪な笑いを自分の後頭部に向けているバビンスキーの顔が映っていた。


 再び顔を前に戻して見上げると、バビンスキーがにこやかにゴンベエの顔を見つめている。


 さっきの表情がこいつの本当の顔だろうな……。


 緩みかけた気持ちの線を結び直して、ゴンベエは建物の奥へと歩みを進めた。

 一歩ずつ歩みを進めるごとに彼の胸が高鳴っていく。

 

 いざ!虎のお尻の穴へ参らん!

 さあて、クソが出るか、ウ○チが出るか。楽しみだ!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る