とうきびラプソディ ②
レイトブルーマーという職業の能力について説明を聞いたポップは、「信じられない」を連呼しながらも、目の前で起きた現実を受け入れるにつれて、落ち着きを取り戻していった。
「まだまだ作りたいのだが、もう原料は無いのか?」
「ゴンベエ君ごめんね。私一人で全てやってるから、まだ在庫のとうきびの皮が剥けていないのよ」
ため息をついたポップの後ろをよく見ると、皮がついたままのとうきびが山のように置かれている。
「その後ろのとうきびは、全部剥いてしまっても良いのか?」
「ええ、出来れば助かるけど……」
「そうか」と短く呟いたゴンベエが、つかつかと、とうきびの山に近づいた。
ゴンベエの意図に気が付いたサクヤが、「あ、ゴンベエダメだって!」と慌てて止めに入ろうとしたが、術の発動に入った彼を止める事は出来ない。
ゴンベエが上半身を反らして、胸いっぱいに空気を吸い込むと、ピタリと動きを止めて、
『
雄叫びを上げた!雄叫びに合わせて、ゴンベエの身体が急速にパンプアップし始めた。だぶだぶだった旅人の服がどんどんタイトになっていく。
「うおおおおおおお!!!はああああああああ!!!!!」
掛け声と共に、高速で次々にとうきびの皮が剥かれ、次々と中の黄色い粒が露わになっていく。山になっていた皮つきとうきびが、どんどん裸になって並べられていく。
「これは、あの人と同じ技!?」
目の色を変えるポップの横で、「あちゃー」とサクヤが頭を抱えた。
上半身がムキムキになったゴンベエの手によって、山ほどあった皮つきとうきびは、あっという間に皮を剥かれ、数分後には黄金の山へと変貌を遂げていた。
「はあ、はあ……、あとは乾燥だな」
「ゴンベエ君、その技を使えるって事は、コーン家に行ったってことよね?」
血相を変えたポップが、ゴンベエの肩を激しく揺らす。
言っていいものかと、ちらりとサクヤを確認すると、彼に向かって口パクで「頑張れ!」と応援している。
「サクヤに言うなと注意されておるから、言えないのだ」
「あ、こら!ゴンベエ!!」
「シスター!!」
鬼気迫る表情のポップが、ゴンベエを突き放して、今度はサクヤの両肩をがっしりと掴んで詰め寄った。
「シスター!」
「はい!行きました!ごめんなさい!!」
食い気味に謝罪したな……。
安全な立場となったゴンベエが、事の成り行きをにやにやしながら見守っている。
「シスター!そうではなくってですね!」
「はい!」
「コーンさんから何か相談されませんでしたか?その……、私の事とか」
「…………はい?」
ごにょごにょ話しながら、みるみるポップの顔が赤くなっていく。
一瞬目が点になっていたサクヤが、すぐに何かを察したらしく、落ち着いた表情でにっこりとほほ笑んだ。
「とうきびの新しい販売方法が無いか相談されたわ。余りに回りくどくて今気づいたのだけど、ポップさんの事だったのね」
「どういうことだ?」
「ポップさんと一緒になって、茹どうきびだけじゃなくて、ポップとうきびも売りたいって事よ」
ポップの顔が一気に真っ赤になった。額からは湯気が上がっている。
この反応を見れば、サクヤの言っている事で間違いはなさそうだ。
「彼は私が一人になったってから、
一度堰を切ると、ポップの思いが言葉になって溢れ出てきた。うんうんと、頷きながらサクヤがポップの話に耳を傾ける。ゴンベエは、興味なさげにポップとうきびをつまみ食いしている。
「でもあの人、先祖の関係があるから分からないけど、自分の気持ちをはっきりと言わないの。だから私も彼の気持ちを計りかねていて……。誰かいい人が見つかったら、このもやもやから離れられるかと思って……」
「だからいい人が居ないかって言っていたのね」
広い肩を小さく丸めてうつむいたポップを、「大丈夫よ」とサクヤがとがっちり掴んだ。
「コーンさんは絶対ポップさんの事が大好きよ」
「でも、あの人優しいから、ご両親に反対されたら身を引いてしまうと思うの」
目に涙を浮かべたポップを、サクヤがそっと抱き寄せた。その間ゴンベエはひたすらポップとうきびを食べている。
「今は独り身のポップさんを反対する人は居ないし、コーンさんのご両親も孫が見た過ぎて飢え死にしそうだったわ。いくら因縁があるとはいえ、息子の幸せを望まない親なんて居ないと思います」
「シスター月夜見様……」
そっと抱き合う二人の様子を見ながら、ポップとうきびを呑み込んだゴンベエは、指をぺろりと舐めて、頭を掻いた。
人間とは不便なものだ。欲しければ奪い取れば良いだけなのに……。
「人間の好きは良く分からんが、好きな食べ物で考えると、俺なら遠慮はせん。周りに何を言われようが、食べたいものは食べるべきだ」
「……あんたは本能に生き過ぎよ。少しは遠慮しなさい」
ハグを解いたサクヤが、「売り物なんだから勝手に食べちゃダメ」と、ゴンベエからポップとうきびを取り上げた。
「ゴンベエ君有難う。私、彼の気持ちをはっきりと確認する事にします」
すっきりとした表情で、ポップが天井を見上げた。
「もし言葉を濁されたら、私から気持ちを先に聞いたって言ってね!」
サクヤも、ポップと同じ角度で天井を見上げる。
その隙にゴンベエが、こっそりとポップとうきびを数回口に運んだ後、二人を真似して天井を見上げた。
なんで二人とも天井を眺めておるのだ?
特に天井に何かあるわけではなさそうだ。そこに見えるのは、いたって平凡な天井である。
取り敢えず今のスキにもう一回と、ポップとうきびの袋に差し出した右手の甲を、サクヤが思いっきりつねってきた。
「痛っ!」
「人が感傷に浸っている時に、何してくれてるのよ」
「何って、ポップとうきび食べただけだ」
「売り物だからダメって言ったよね?」
お互いに言い争っている様子を、ポップが嬉しそうに見守っている。
「シスターが、感情的になって話すところ初めて見ました」
「……え?そう…かしら」
「これがこいつの本性だ。なんせ猫かぶりだ――ごぶぅ!」
余計なことを言いそうなゴンベエの口に、サクヤが咄嗟に掴んだポップとうきびを、無理やり押し込んで黙らせた。
「あ、ポップさんすみません!大事な商品を!」
我に返ったサクヤが、自分のした事に気が付いて、ポップに慌てて頭を下げた。ポップは、「気にしないで」と笑いながら手を横に振った。
「私の背中を押してくれた感謝も込めて、好きなだけポップとうきびは差し上げますよ」
「ダメ!それじゃあ貴方の貴重な売り上げが無くなってしまうわ。今回の大規模な黒猫狩りで収入を上げるチャンスなのだから」
頑なに態度を崩さないサクヤの肩を、ゴンベエが
「え?……なに?」
突然の事に戸惑うサクヤに、口の内容物を飲み込んだゴンベエが、にっかりと笑い掛けた。
「そういう事なら、任せておくのだ」
ぺろりと唇を舐めながら、意気揚々とゴンベエが剥きたてのとうきびの前に移動した。サクヤとポップは何事かと彼の様子を見守っている。
「ゴンベエ、あなた何をする気なの。嫌な予感しかしないのだけど」
戦々恐々とするサクヤの問いに、一旦振り返ったゴンベエは「大量にポップとうきび作るだけだ」とだけ告げて、とうきびの山に対面した。
よっしゃ!いっちょ頑張るのだあああ!!
『覇王の風!!!!』
ゴンベエを中心に発生した突風がとうきびを包み込んでいく。ついでに部屋中の物も巻き込まれて吹き飛ばされていく。
「え?ええええええええええ!!!!!!!」
驚愕したサクヤの叫び声も呑み込まれていく。ポップは驚いて口をパクパクさせながらも、大切な商品であるポップとうきびに、大きな袋を被せて飛ばないように抑えている。
「いぃよっしゃあああああ!!」
叫びながらゴンベエが掌を前に突き出すと、部屋中の突風が一部に収束し、とうきびを中心とした風の渦が完成した。
ゴンベエは、満面の笑みでしばし風の渦を眺めた。サクヤもポップも事の成り行きを身をかがめながら見つめている。
「さあて、仕上げじゃああ!!!」
と、ゴンベエが力強く右手を突き上げた。
ゴンベエの動きに合わせて、風の渦が上昇して屋根を突き破って消えて行った。
足元に残ったの、カラカラに乾燥したとうきびの山だ。
「ま、ざっとこんなもんだな」
すっきりとした表情で、ゴンベエが上を見上げた。
開けた視界の前に、今の彼の心を象徴するかのような青空が広がっている。
「ゴンベエぇぇ!!!」
雄叫びと共に、サクヤがゴンベエの頭に踵を落とした。
後頭部からまともに喰らったゴンベエの首が、一気に体にめり込んだ。
「天井吹っ飛ばしてどうすんのよぉぉ!」
怒髪天サクヤの怒声が、青空天井から外へと抜けて広がっていった。
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