とうきびラプソディ  ①

「シスター、今日も素晴らしいお説法、ありがとうございます!」

「ゴンベエ君、気が変わったらいつでも待ってるからね!」


 コーンとジジコーンとババコーンが満面の笑みで深々と頭を下げて、ゴンベエ達を見送っている。


 あの後、ジジコーンとババコーンに『高速皮剥き拳トドンファ』を習得したゴンベエに身寄りがない事が知れると、養子に来ないかと必死に懇願された。


 聞けばコーンがドクシンキゾクとやらを貫いている為、後継ぎが居ないそうだ。


 ゴンベエの冒険は今日始まったばかりであり、まだ何一つとして達成していない。たとえどんな条件を積まれようが、現段階でこの冒険を終わらせる気は毛頭ない。


 ゴンベエが「申し訳ない」と頭を下げたところ、老夫婦はさぞかし残念がったが、コーンがほっとした顔をしていたのが印象的だった。きっとコーンはコーンで色々考える事があるのだろう。


 その後は、サクヤがコーンの両親の身の上話(主に孫が欲しいという話)を聞き、コーンからはとうきびの新しい販売方法について相談された。


 話の最後に、聖母教の教えの一節をで、コーン宅でのサクヤのお説法は終わった。


「それでは次がありますので」


 そう言って足早に立ち去ろうとするサクヤに、コーンが何かが入った袋を手渡してきた。

 初めは遠慮していたサクヤだが、熱心に進めるコーンに負けてしぶしぶ袋を受け取っていた。


 通りの角を曲がってコーン達から見えなくなった辺りで、ゴンベエはサクヤの受け取った袋を指さした。


「それはなんだ?」

「これはお布施替わりにくれた、とうきびよ。みんな生活が苦しいから、本当は受け取りたくないのだけど……」


 サクヤが袋から取り出したのは、先ほどゴンベエが剥いたとうきびを茹でたものだった。茹でたてらしく、とうきびから白い湯気が立ち昇っている。


「私達シスターは、それぞれの管轄下の村の人たちに説法を聞かせて回る対価として、お布施などを頂いて、それで生活しているのよ」

「そのオフセというのはなんだ?」

「簡単に言うとお金ね。みんな絶対私がお金を受け取らない事を知ってるから、こうやって自分たちが作った食べ物や飲み物をお布施替わりにくれたりするの。……食べる?」


 とうきびから視線が外せずにいるゴンベエに、仕方ないとばかりにとうきびを一本差し出してきた。


 「食べる!」


 二つ返事で、ゴンベエは遠慮なく『とうきび』を受け取とると、早速かじりついた。実はさっきコーンさんの家に居た時から、どんな味か食べてみたかったのだ。


「なんだこの美味さは!これはお金より値打ちがあるな!」


 ゴンベエの口の中に芳醇な甘さが広がる。ほんの少しの塩っけがその甘さをひきたてている。こんな甘くて美味い野菜は、ローエングリフ島では、食べた事が無い。


「当たり前でしょ。このとうきびには、コーンさんの愛情がつまっているもの」


 あっという間に黄色い粒を食べつくし、あとは芯だけになったとうきびを、ゴンベエは腰袋の中にしまい込んだ。

 サクヤが呆れたように彼の一連の行動を見ている。


「あんた、とうきびの芯持って帰る気なの?」

「ダメなのか?コーンさんが一生懸命作った野菜だろ?芯まで無駄なく使ってやらないとな」

「……あんたもたまにはいい事言うのね」

「たまには余計だよ」


 ゴンベエとサクヤは、一度眼を合わせた後、お互いに笑いあった。

 なんだか、サクヤとは初めて打ち解けた気がする。


「さあて、次はポップさんの所ね」

「ポップさんだな。わかった」

「先に言っておくけど、コーンさんのところとポップさんのところ商売敵だから、うっかりコーンさんの名前は出さないようにね」


 それだけ忠告するとサクヤはスタスタと歩き始めた。


 ショウバイガタキ……、一体どういう意味だろうか。名前を出さないでと言ってる以上、間違いなく物騒な意味に違いない。


 「わかったのだ」


 覚悟を決めたゴンベエの返事を聞いて、満足そうに頷いて進みかけたサクヤが、一端足を止め振り返った。


「あ、そうそう。折角ついて来るからには、今日一日私の説法をしっかり聞いてもらうからね。そうすれば貴方の嫌いな聖母教が、いかに素晴らしいか気づくはずよ」

「えー」

「ほら、とうきびもう一本」

「はい、しっかり聞かせて頂きます」


 今回の同行の目的は、『サクヤがなぜ皆から敬愛されているのか』であり、その中には聖母教の事を詳しく知るという事が含まれている。

 なので、今のサクヤの提案はまさに渡りに舟だ。


 決してとうきびの魅力に負けた訳では無い。もう一度言う。決してとうきびの魅力に負けた訳では無い。


「うんまあぁい!」


 二本目のとうきびにがっつくゴンベエを見て、いたずらっぽく笑ったサクヤが、


「ちょろい奴だな」


 と呟いて再びスタスタと歩き始めた。


「今何か言ったか?」

「いーや、何にも言ってないよ」


 サクヤから楽しそうな声で返事が返ってきた。

 確かにサクヤが何かを言ったような気がするが、とうきびに気を取られて聞き逃してしまった自分が悪い。


 ゴンベエは芯だけになった二本目のとうきびを、腰袋にしまい込むと先を行くサクヤの後を追って歩き始めた。


 ※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「さあ、着いたわよ。ごめんくださーい!」


 ロザリオを翳しながら、サクヤが一軒の家の前で扉をノックした。こちらの家も先ほどのコーンの家同様、壁のいたるところにヒビが入っている。


「シスター月夜見様!ようこそお越しくださいました!」


 元気な声と共に激しい勢いで扉が開いた。その衝撃で、外壁が少し崩れる。

 家の中から香ばしい香りと共に、勢いよく現れたのは体格の良い女性だ。年のころはコーンよりも少し若いくらいだろうか。短い髪が活発なイメージをさらに引き立てている。


「こんにちは、ポップさん。相変わらずお元気そうで」

「シスターもお元気そうね。あら、こちらさんは?」


 興味深げにゴンベエを見るポップの目がギラついている。


「初めまして、ポップさん、ナナシ=ゴンベエと申します」

「ゴンベエ君ね、因みに年齢はいくつかな?」

「14歳位です」


 ゴンベエが年を告げた途端、ポップの目からギラつきが消失した。


「さ、どうぞお二人とも中へお入りください」


 先にすごすごと家の中へ入っていったポップの後を追って、ゴンベエとサクヤは扉へ向かった。


 ポップの態度の変化に戸惑っているゴンベエに、サクヤがそっと耳打ちした。


「ポップの一番の悩みは、一緒に家業を継いでくれる相手が居ない事なの」


 ゴンベエを見て新しい出逢いに期待したが、年齢が思ったより低くて、がっかりしたということらしい。

 あれ……?最近似たような話を聞いた気が……。


 それがどこだったか思い出せないまま、家の中に入ると、強烈な香ばしい匂いが、ゴンベエの思考を完全に吹き飛ばしてしまった。


「めっちゃいい匂いだな!」


 家の中でキョロキョロし始めたゴンベエを、「こら、キョロキョロしないの!」とサクヤが嗜めた。


「大丈夫ですよ、シスター月夜見様。ゴンベエ君、匂いの正体はこれよ」


 ポップが手にしている、熱を帯びたフライパンの中から出てきたのは、フワフワの白い塊達だ。

 手にしてみると、アツアツで、見た目以上に軽いが、ある程度しっかりとした硬さを保っている。


 引き付けられる様にゴンベエは、鼻を近づけて匂いを嗅いでみた。

 確かに、この物体から香ばしい匂いが立ち込めている。


「これは何だ?」

「我がポップ家の先祖が開発した『ポップとうきび』よ」

「とうきび?これがとうきびなのか?」


 先程頂いた『茹でとうきび』とこの『ポップとうきび』は、似ても似つかない。同じとうきびで出来ているとは考えもつかない。


「百聞は一見にしかず。まずはどうぞ食べてみて」


 勧められるがままに、ゴンベエは手にしていたポップとうきびを、いっぺんに口の中に放り込んだ。

 軽い食感と共に、香ばしさが口いっぱいに広がって消えていく。


 先程食べた『茹でとうきび』も美味しかったが、この『ポップとうきび』もめちゃくちゃ美味い。それぞれに甲乙がつけ難い美味しさだ。


「味も『茹でとうきび』と全然違うのだ。一体どうやって作っておるのだ」

「簡単に言うと、ポップ家一子相伝の特殊能力で作っているのよ」


 ポップは、別のフライパンを差し出してきた。フライパンの中には、バラされてカチカチに乾燥した、とうきびの粒達が敷き詰められている。


「とうきびの皮を剥いて、実をほぐしてから乾燥させた物よ。今は私一人で全部やってるから、ここまで準備するのが一番大変なの」

「一人?」

「ポップさんは、早くにご両親を亡くされて、以来お一人で先祖代々伝わるポップとうきびを守ってらっしゃるのよ」

「私の代で終わっちゃうかもしれませんけどね」


 寂しげにポップが笑った。だからこそ、家業を継いでくれる人を探していたのだ。今の話を聞いていて、咄嗟にゴンベエの中である人物の事が思い出された。


「彼」ならばこの人と上手くやれるのではないだろうか。


「この硬い粒を、一体どうしたら、フワフワにする事が出来るのか分かる?」

「……え?ああ、分からない。どうやるのだ?」


思考を遮られ現実に引き戻されたが、ポップとうきびの作り方も気になる。今はそちらに気持ちを集中させる事にして、身を乗り出してフライパンを覗き込んだ。


「ここからが私の特殊能力の見せ所なの。良く見ててね」


 にっこり笑ったポップが人差し指だけ立てると、鍋式の上に置かれたフライパンの真上から、とうきびの粒を指さした。


『私の指が真っ赤に燃える!とうきび燃やせと轟き叫ぶ!!』


 呪文の言葉が進むにつれて、ポップの指先に光がどんどん集まっていく。


急速加熱拳ドモホルン!!』


 最後の声と同時に、人差し指からフライパンに向けて光線が照射された。

 光がフライパンを包み込む。


「眩しいっ!」


 圧倒的な光量に負けて、フライパンを直視することを諦めて目を閉じた。

 耳には、ボボボボボンと何かが弾けたような音が聞こえてくる。

 少し遅れて香ばしい香りが鼻をついた。


 芳醇な香りに誘われて、ゆっくりと瞼を開いたゴンベエの前に、完全に出来上がった『ポップとうきび』がフライパンの上で、白い山になっていた。


「『急速加熱拳ドモホルン!!』すげえ!俺もやってみたい!!」


 はしゃぐゴンベエに、「一子相伝の秘儀なので、真似できませんよ」と、ポップが諭すように笑い掛けてきた。


 ―――数分後、、


 人差し指から光を放ったゴンベエの目の前に、大量のポップとうきびが出来上がっている。


「うそぉぉん……。一子相伝なのにぃ?」


 両膝をついて呆然としているポップの呟きは、次々弾け飛ぶコーンの音にかき消されてしまうのだった。

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