バビンスキーとワルテンブルグ
「どうしてあのガキを冷たくあしらったでやんすか?ショタのバビンスキー様らしくないでやんす」
ゴンベエをランツのところに残して、一人で席に戻ってきたバビンスキーをワルテンブルグが不満そうにみつめている。
「冷たくって……、ああ、そうか、お前はその魔法具で私の声を聞いていたのだったな」
バビンスキーが、ワルテンブルグの左耳についている黒い物体を指さした。
ワルテンブルグの耳についている魔法具は、バビンスキーの帽子とリンクしており、バビンスキーの帽子を通じて、離れたところでも会話を聞くことが出来る。
「てっきり今回の計画でも、あのガキを利用するつもりなのかと思ってたでやんす」
「はじめはそのつもりだったさ。でも、レイトブルーマーって聞いてやめることにしたよ」
バビンスキーは席に着くと、机の上に置いてある飲み物に手を伸ばした。
先に席についていたワルテンブルグが、予め注文していた酒である。
「うわ、まずっ。所詮貧乏田舎町の酒だなこれは」
酒を一口飲んだバビンスキーが、わざとらしく舌をだした。
「バビンスキー様あと数日の我慢でやんす。ところで、ポンコツ称号のレイトブルーマーを、なぜそんなに恐れているでやんすか?」
空になったコップを机の上に置いて、バビンスキーはやれやれと肩をすくめた。
「レイトブルマーって、並の冒険者よりも成長が遅いはずなんだよな?」
「そうでやんす」
「あのガキ今日冒険者登録することを考えたら14歳位だよな?」
「そうでやんす。でもそれがなにか?」
「14歳くらいの冒険者志望で平均的なレベルって1~3だよな」
「だから、なにが言いたいでやんすか?」
バビンスキーは、ワルテンブルグに顔を近づけ、小声で話し始めた。
バビンスキーの様子にただならぬものを感じ、ワルテンブルグも魔法具を耳から外して聞き耳を立てる。
「たかがレベル1~3のレイトブルーマーが、今の時点で俺より足が速いんだぞ」
「子供相手に本気で競争してたでやんすか?ワザと負けて、相手に華を持たせてやったのかと思ってたやんす」
「あっいや、それは、その、とっ当然華を持たせてやって、ワザと負けてやったに決まっている。だが―――」
「だが?」
「さっきワザと嫌がるように肩を組んで全力の抵抗を促してみたのだが、私の体感で言うと、現時点でレベル7位の冒険者並の力を既に有している」
「……は!?」
ワルテンブルグが思わず大声を出して立ち上がったあと、周りの視線を感じ、ふと我に返ると再び席についた。
バビンスキーは先ほどと同じ姿勢で微動だにせず座っている。
「レベル1~3でそのステータスは、素材として完全に化け物でやんす。レイトブルーマーでなければ、英雄になれる素材でやんす」
「もちろん上級剣士である私には、まだ遠く及ばないステータスではあるが、あのガキはどこか不気味だ。だから今回の計画に利用しづらいと判断して、突き放してきたのだよ」
ひそひそと話している二人の傍に、バビンスキーのコップが空になっている事に気づいたメイド姿の店員が、酒のおかわりを継ぎにやってきた。
バビンスキーが爽やかな笑顔に早変わりして応対する。
「有難う。いやぁ、こんなに美味い酒は久しぶりだよ。可愛い君がついでくれるから、この酒はもっと美味しく感じそうだ」
バビンスキーの微笑まれて、緊張したのだろう、顔を赤くした店員の女の子が思わずお酒をこぼしてしまった。
「もっ、申し訳ございませんっす!」
さらに顔を真っ赤にしてこぼれたお酒を拭きながら平謝りする店員の頭を、バビンスキーがポンポンと叩いた。
「特に私にもかかっていないし、君が気にすることは無いよ。それよりも君にお酒がかからなくて良かった。もし罪滅ぼしをお願い出来るのなら、次も私のところに君のお酒をつぎにきてくれないか。」
「はっ、はい!ありがとうございますっす!バビンスキー様!!」
感動した表情の店員が何度も頭を下げながら、席を離れて仕事へ戻っていった。
一部始終を見ていたワルテンブルグが渋い表情をしている。
「バビンスキー様って息を吐くように嘘をつくでやんすね」
「まあね。これで今晩の相手はあの子で決まりだね」
バビンスキーが軽く舌なめずりをして、注がれた酒を口にした。
「田舎ギルドらしい芋くさい子だったが、この酒よりは多少美味いと思いたいものだねぇ」
「使い終わったら、いつものように私にも回してくださいね」
返事の代わりにバビンスキーがワルテンブルグのコップに自らのコップをカチンとぶつけた。
ワルテンブルグの顔が醜悪に歪む。
「バビンスキー様、ありがとうございます」
「さて、もう少ししたら、後から来たやつらにも酒がいきわたるだろう。頃合いを見計らって、彼らにも黒猫捕獲計画の概要を伝えるとしよう」
バビンスキーが、ちらりとゴンベエの方に視線を向けた。
冒険書への登録がうまくいったのだろう、ギルドマスターのランツと乾杯している様子が目に入った。
「本来であれば、目つきの悪いガキを服従させて、屈服させて蹂躙するのが私の最も好きなプレーなのだが、なにかあのガキにも利用価値が無いものかねえ」
酒を飲みながら、ちらちらとゴンベエに視線を送るバビンスキーに、ワルテンブルグが「そういえば」と耳打ちした。
「さっきこの村の冒険者から聞いた情報でやんすが、あのゴンベエってガキ、森でシスター月夜見に拾われて、アンジェリナの孤児院で泊っているらしいでやんす」
ワルテンブルグの言葉を静かに聞いていたバビンスキーの目が、ゆっくりと大きく見開いた。
顔だけゴンベエに向けたまま、瞳だけがゆっくりとワルテンブルグへ移動させ、再び瞳をゆっくりとゴンベエに戻すと、「……そうか」と短く呟き、クククッと唸るようにかみ殺して笑い始めた。
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