恋する乙女の今、過去、未来 ②
ランツさんに勧められるがままに、冒険者ギルドに子供メイドとして手伝いをしていた私を見て、こいつは呪われている人間だとギルド内で騒ぐ者が現れたのだ。
私を忌み子と口汚く罵る冒険者の顔には見覚えがあった。
以前私とカルダッシュ夫妻を暴行した村人の1人だ。
彼は自分の身に降りかかった不幸の全てを、私のせいだと主張した。私がいかに異質で、異端で、おぞましい存在であるかを、雄弁に語り私を手放すようにランツさんに進言した。
そうでなければ、この村を襲うという脅し付きで。
私のせいでこの幸せが壊れるならば、いっそ居なくなった方がいい。
この村を出て行こうとした私を引き止めてくれたのは、他ならぬランツさんだった。
「私のギルドに居る者は、全て私の家族だ。お前が居なくなる事の方が、私にとって不幸なんだよ。大丈夫、一緒に乗り越えよう」
その言葉通り、ランツさんは私を引き渡す事を拒否し、村人と共に戦う事を選択した。その日の晩に、以前私やカルダッシュ夫妻を襲った暴徒たちが武器を片手にギルドに雪崩れ込んできた。
また、私のせいで大切な人が傷ついてしまう。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
迫りくる暴徒を前に、硬く目をつぶって謝罪した私の肩を、誰がぎゅっと抱きしめた。
目を閉じていても匂いですぐに分かった。私の母役を買ってくれた人が、抱きしめてくれたのだ。
不思議と私の中の不安な気持ちが和らいでいく。
「大丈夫だのう。ちゃんとクエスト出して冒険者雇って準備してきたからのう。それに、ランツも私も元勇者のパーティメンバーだからのう」
すっと私を抱く手が離れた。
思わず目を開いた私の目に飛び込んできたのは、ランツの指示の元、統率の取れた動きで、襲撃者達を次々に叩き伏せていく、ギルドの冒険者達の姿だった。
圧倒的な統率力を前に、烏合の衆となった暴徒達が、いとも簡単に制圧されて打ち伏せられていく。
しばらくすると、今回の件の首謀者である、最初に騒ぎを起こした男が私の前に引きずり出された。
這いつくばったまま、私を見上げて目を剥いて怒りの感情をぶつけてくる。
、傍らに立っていたランツさんが私の手を強く握りしめ、泣きそうになった私を「大丈夫だから」と優しく諭してくれた。
「これも全てお前のせいだ。お前のせいで無駄な血が流れる。お前のような奴はどこまで行っても忌み子なん―――」
つかつかと男に歩み寄ったランツさんが、男の顔面を踏み潰した。
鼻をつぶされた男が、鼻血を飛ばしながら声にならない声を挙げてのたうち回っている。
無表情のままランツさんが、徐ろに男の髪を引っ張り無理やり顔を上げさせた。
「貴方には彼女の味わってきた苦しみのほんの一部を分け与えてあげましょう」
ランツさんは、鉄槌の雨を降らせて男を血達磨にすると、私の前に這いつくばらせて、私に謝罪するよう要求した。
男がそれを拒むと、一度魔法薬で体力を回復させて、もう一度血達磨にして私に謝罪するように要求する。
最初は頑なに謝罪を拒否していた男も、3度これを繰り返すと、土下座して泣きながら私に謝罪してきた。
「助けてと謝ったキュンメルを、君は助けたのかな?」
ランツさんが男の血が付いた握りこぶしを男の目の前にかざすと、精神の限界を超えてしまったのか、男は白目をむいて意識を失ってしまった。
私の目の前で、泡を吹いて気絶している男を見て、今まで抑え込んでいた負の感情がふつふつと湧きあがってくる。
こんなもので許されるはずがない。
私は心の奥底から湧き上がるどす黒い感情に身を任せて、落ちていた剣を拾い上げ、男の脳天に向けて切っ先を振り下ろした。
しかし私の剣は男に届かなかった。
私の手にあったはずの剣は、いつの間にかランツさんの手に握られていた。
「キュンメル、君が今こいつを殺せば、君もこいつと同じレベルの人間に成り下がってしまう。私は敢えて彼を君と同じような目に合わせた。それを見た君はすっきりとしなかっただろう?私は君に復讐を復讐で返す大人になって欲しくないのだよ」
「それでも―――」
私の口をふさぐ様に、突然ランツさんが私を力強く抱きかかえた。
どんなに身じろぎしようとしても、私の身体はピクリとも動かない。
とても優しい声でランツさんが私の耳元で囁いた。
「愛しているよ」と。
ランツさんの腕の中で私は泣いた。
声が枯れても泣いた。
失われた月日分の涙が、とめどなく溢れて止まらなかった。
その間もずっとランツさんは、私を力強く抱きしめてくれていた。
それから暫くして、ようやく私の涙が落ち着いてきたころ、ランツさんが私にゆっくりと話しかけてきた。
「お前の白い肌も、赤い髪も、青い瞳も、この大陸の誰もが持っていない素晴らしい個性だ。いずれ本当の意味でお前の全てを受け入れてくれる人が現れるから、その日を楽しみにして今を精一杯生きなさい」
「……でも!そんな人居るはずが無いっす」
「今は信じられなくてもいい。今の言葉を心に留めておきなさい」
「……はい」
ランツさんの言葉を噛みしめて、私はゆっくりと瞳を閉じた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「本当にそんな人が現れちゃったっす!」
目つきの悪い年下の少年が、こんな私をいきなりデートに誘ってきた。
その発言が、彼の勘違いから発せられた事にはすぐに気が付いたが、何故だがその目に惹かれてしまった。
それはあの日、私を救い出してくれた勇者様にどこか似ていたからだろうか……。
ギルドマスターがゴンベエ様と一緒に村を回るように言ったのは、私をバビンスキー達から遠ざける為だろう。その意図はすぐに理解したが、私はそのまま敷かれたレールに乗っかる事にした。
だって自分からデートに誘うなんて、とてもじゃないけど出来る訳がなかったから。
『お主の白い肌も、赤い髪も、青い瞳もどれ一つとして俺に無い物で、素晴らしい個性だと思うのだがのう』
彼が私の最も欲しかった言葉を、最も欲しかったタイミングでくれたその時、私の中で何かが爆発してしまった。
あの時のゴンベエ様の言葉をなんども心の中でリフレインさせる。
言葉を噛みしめるたびに、走っていた私の足が段々ゆっくりになってきた。
それに合わせる様に私の中の気持ちも整理されていく。
「どうやら本当に好きになってしまったっす」
私の足はついにピタリと止まった。見上げると空が晴れやかに広がっている。
「気持ちの整理がついたようだねえ」
振り返るとにこやかに笑うアンジェリナ様が立っていた。
独身のランツさんに引き取られた時に、母親代わりをしてくれたのがこの人だ。
「はい!」
私は精一杯の声を吐き出した。
「あんたより4つも年下だし、どうにもこれから茨の道を進みそうな少年だが、本当に良いのかのう」
心底心配するような口調だが、にこやかな笑顔は崩していない。
相手がどうであれ、私が初めて人を好きになった事を心から喜んでくれる。彼女はそういう人だ。
「私は年齢は気にならないっす。ゴンベエ様は色々と非常識っすから、逆に私が居ないとダメじゃないっすか?」
「あんたも言うようになったねえ」
アンジェリナが豪快に笑い始めた。深く刻まれた目じりの皺に光る物が見えた気がしたが、きっと気のせいだろう。
「さて、今ゴンベエさんはシスター月夜見と二人きりじゃが、早く戻らなくていいのかのう?」
「えっ?そうなんっすか!?月夜見様は美人っすからダメっす!すぐに戻るっす!!」
私は元来た道を再び駈け出した。
走った先に居る彼に、私はどんな顔をしたら良いのだろう。
考えただけでも胸の奥がどうにかなってしまいそうだ。
それに、泣き顔は見られていないとは思うけど、突然走り出した事を変に思っているかもしれない。色々な言い訳を考えてみたけれど、何一つとして妙案が浮かばない。
「んー、もう!出たとこ勝負っす!」
吹っ切れた私の足が加速する。
早く彼のもとへと加速する。
こんな私でも人を好きになれた。
おめでとう私!頑張るっす私!
猛烈に走っている最中に、道沿いの民家の窓ガラスの前で脚を止めた。
ガラスに映った自分の顔を再確認してみる。
相変わらず、そばかすが一杯あるし、鼻ぺちゃで一重だし、我ながら田舎臭い顔をしている。肌の色も真っ白で、髪の色は赤くて、目の色は青い。
どう見てもやっぱり美人じゃないけれど、
「今の私、いい顔してるっす!」
ガラスの向こうでは、ほんとの私が笑っていた。
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