第5話 まるでデート
「
「あ、ん……まあ、割と?」
「ふふ、須囲くんでも緊張なんてするんだね」
「
「神イラストレーター様ですよ?」
ふふっと楽しげに笑う
今日は休日。
お互い私服姿の才賀と萌乃は電車に乗って、ある場所に向かっていた。
「……こうしてふたりだけでお出掛けしてると、何だかデートしてるみたいだよね」
「語部さん、今、何か言った?」
「う、ううん、何にも!? 何にも言ってないよ!?」
「そっか」
「そうそう!」
真っ赤になって、わちゃわちゃと手を振る萌乃。
才賀の様子に気づいていない。
実は真っ赤になっている。
聞こえなかったふりをしたのは、本当はばっちり聞こえていて、何だか照れくさくなったから。
「今日は何だかすごく暑いね!?」
わちゃわちゃしていた手で、そのままぱたぱた顔を扇ぐ萌乃。
その時、がたんと電車が揺れて、手すりに掴まっていなかった萌乃が倒れそうになる。
慌てて受け止める才賀。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう」
「何かに掴まってないと危ないぞ」
「……そう、だよね」
「語部さん?」
「……あの、須囲くんに、このまま掴まってたら、駄目……かな?」
「……………………べ、別にいいけど」
声がうわずってしまった。萌乃に気づかれてしまったのではないか。内心で慌てる。
萌乃を見れば、才賀のシャツを指先でちょんとつまんでいるだけだった。
「そんなんじゃ危ないだろ。もっとしっかり掴まないと。……ほら、こうやって」
萌乃の手を取り、握りしめる。
「い、いいの……かな?」
「いいに決まってる」
「……あ、ありがと」
「……お、おう」
才賀も萌乃も二人とも真っ赤になって、そっぽを向く。
向いたはずなのに、相手のことが気になって、ちらりと見た視線がぶつかってしまう。
「「あ、えっと」」
期せずして声が重なって、
「ぷっ」
「あははは」
どちらからともなく笑った。
才賀は知らなかった。誰かといることで、こんなにも楽しく思ったり、ドキドキしたりすることがあるなんて。
……あいつと一緒にいて、そんなことを感じたのは皆無だったからな。
車窓の外を流れていく景色を眺めながら、才賀は愛奈と相対した時のことを思い出した――。
※※※※※
昼休みの廊下。
腕を組んで不機嫌さを隠そうともしない幼馴染みの姿を認めて、才賀は思わず名前を呟いてしまってから、しまったと思った。
金輪際、関わるつもりはないと言ったのは自分だ。
それなのに自分から声をかける?
正確に言えば声をかけたわけではないが、それでも愛奈に気をとられたのは紛れもない事実。
はぁ、とため息を吐き出したのは、その存在を頭の中から追い払いたかったから。
それでもまだしぶとく居座ろうとしたので、楽しかったこと、うれしかったことを思い出して、存在そのものを掻き消した。
――のはいいのだが。
なぜか鮮明に萌乃のことが浮かび上がってしまった。
そして気分が高揚する。
不思議な感じだが、悪くはない。
違う。
むしろ、すこぶるいい感じだ。
そのまま歩き出そうとして、できなかった。
それが――愛奈が才賀の腕を掴んだからだ。
「おい」
呼びかけるが、愛奈は無視して、そのまま歩き出した。
ついていく理由が何もないので、振り払う。
すると、愛奈は驚き、信じられないという顔をした。
「信じられない!? 何するのよ!」
言葉にもした。
「何するってのは、こっちの台詞だ。……何だよ」
「はぁ? 何だじゃないわよ! 今朝はどうして迎えに来なかったのよ!? あん――才賀のせいで、遅刻しちゃったでしょ!」
「言っただろ。金輪際、お前と関わるつもりはないって」
忘れたのか? と視線で尋ねれば、愛奈はきょとんとした顔をしてから、あははと笑い出した。
「あれはあたしの気を惹きたくてやったことでしょ? ほんっとにあん――才賀ってばしょうがないんだから。どれだけあたしのこと好きなのよ?」
ニタニタした底意地の悪い笑みを、その端正な顔に貼りつける。
「は? 何言ってるんだ? 好きなわけないだろ。むしろ嫌いも嫌い、大嫌いだよ。顔も見たくないし、存在を認識したくもないレベルでな」
「はぁぁぁぁ!?」
「というか、電話もメールもSNSもブロックしてるんだから気づくだろ」
「そ、それは……! あんたがあたしにかまって欲しくてやってるんだって……!!」
「あり得ないな。そういう妄想はお前の小説の中だけでやってくれ」
愛奈がものすごい形相で睨みつけてくる。
以前の、幼馴染みとしての愛奈を信じていたかった俺なら、そんなことは口が裂けても言わなかっただろう。
だが、今はもう、そんな気持ちは欠片も残っていない。
「もう二度と、俺に関わらないでくれ。話しかけるのはもちろん、可能なら視界にも入らないでくれ。同じ学校に通ってるけど、クラスは違うんだ。問題なくできるはずだ。じゃあな」
「ま、待ちなさいよ! あんた、何様のつもり!? あたしにそんなこと言って許されると思ってるの!?」
才賀は愛奈の声を、その存在を無視した。
「才賀ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! あたしは絶対に認めないからぁぁぁぁぁぁぁ!」
だから愛奈が何か叫んでいても、どうでもよかった。
※※※※※
どうでもいいはずだった愛奈のことを思い出してしまっていた才賀は、萌乃に手を引っ張られて我に返った。
「須囲くん、そろそろ目的の駅に着くよ?」
「お、おう。そうか」
電車から降りる。
人混みに戸惑っていれば、「こっちだよ」と萌乃が手を引っ張ってくれた。
駅を出て、目的地に向かうための道を歩き出しても、電車の中で握ったままの手を、萌乃は離そうとしなかった。
萌乃は忘れているだけだろう。
なら、才賀は?
電車から降りたのだから、もう離すべきだと思っていた。
だが、何だか不思議な力が働いているみたいで、離そうという気が起きない。
なぜだろうか。
才賀が握り合った手を見つめていれば、萌乃がそれに気づいて、
「あっ、い、いつまで繋いでるんだろうね!?」
慌てて離そうとする萌乃だったが、その表情は今にも泣き出してしまうんじゃないかというくらい寂しそうで、
「いや、このままいこう」
気がついた時には、才賀はそんなことを言っていた。
「え、でも――」
手を繋ぐ理由がない――そう言おうとしたのだろう。
理由? 理由か……。
「俺が迷子になったら困るからさ」
「ふぇっ!?」
やはり珍妙というにはかわいらしい声をあげて、萌乃が才賀を見る。
萌乃の最初は驚いていたような顔が、やがて苦笑に代わり、最終的にはうれしそうなはにかみになった。
「やさしいんだ、須囲くん。かっこいいなぁ」
萌乃が小さな声で呟き、
「……うん、それじゃあ須囲くんが迷子にならないように、手、繋いでいる、ね?」
「ありがとう、語部さん」
「……お礼を言うのはわたしの方だよ」
またも小さな声で呟く。
すべて聞こえていたが、才賀は聞こえないふりをした。
何だか胸の奥がくすぐったくて、仕方がなかったから。
そうして手を繋いだまま、今日の目的地にたどり着く。
「ここがそうか……」
才賀の呟きに、萌乃がうなずく。
「うん。そうだよ。ここが
実は萌乃は、ネットで発表していた小説を出版しないかと、ここの編集部に声をかけられていたのだ。
そして今回、書籍化する際のイラストを才賀にお願いしたいと言ってくれたのである。
『お願いします! 須囲くん、わたしの小説のイラストを担当してください……!』
そんなふうに頼まれたのは初めてだったので、才賀はすごくうれしかった。
『俺でよかったら、ぜひ描かせて欲しい』
萌乃が喜びを爆発させたのは、言うまでもないことだった。
だが、話はそこで終わらない。
出版する編集部に話を通す必要があるからだ。
だから今日、才賀と萌乃は、こうして編集部にやってきたのだった。
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