JKラノベ作家の幼馴染がイラスト担当の俺を虐げるので、新人ラノベ作家(美少女)と組んで天辺を目指すことにした。
日富美信吾
第1章 悪意の萌芽
第1話 ラノベ作家幼馴染みとの決別
「遅い、遅い、遅すぎるわ! このあたしが呼んでるのよ! 呼ばれたらすぐ来なさいよね!? まったく、あんたってば昔から何をやらせても駄目なんだから……!」
ピンク色で統一されたこの部屋の主の声だ。
才賀の幼なじみ、
ベッドに腰掛け、足を組んでいる。
同じ高校に通い、クラスは違うが同じ一年。
明るい茶髪をツインテールにして、つんと澄ました顔はモデル並に整っている。
いや、モデル並に整っているのはその美貌だけじゃなく、スタイルもだ。出るところは出ていて、引っ込むべきところは引っ込んでいる。いわゆる、ボンッ、キュッ、ボンッ、というやつだ。
類い希なるそれらに密かに思いを募らせ、秘密のファンクラブが生徒たちの間で結成されていることを才賀は知っていた。
クラスメイトにも愛奈の信奉者がいて、才賀が愛奈の幼なじみであることを知り、嫉妬されたからだ。
だが、才賀はそいつらの気持ちがまったく理解できなかった。
才賀は言う。
「遅いって……こっちはいろいろあってクタクタで、それでも急いで来たんだぞ」
「言い訳とか死ぬほどウザいんですけどー」
才賀の髪はボサボサで、目の下には濃い隈があって、全身にこれでもかと疲れを滲ませているのに、愛奈はそんなこと知ったことじゃないと、微塵も配慮しようとしない。
圧倒的な唯我独尊。
自分を中心に世界が回っていると、愛奈は本気で思っているのだろう。
何を言っても、どう言っても、愛奈は自分の意見を曲げることはない。
自分は常に正しく、間違っているのはいつだって才賀の方。
カラスだって愛奈が虹色だといえば、虹色になってしまうのだ。
ただでさえここ最近の激務で、才賀は疲れ果てていた。
ここで口論して、無駄に体力を消耗するような真似をしたくない。さっさと話を聞いてしまおう。そうすれば愛奈は満足するのだから。
「で、呼び出した理由は?」
「これよ」
愛奈が何かを投げつけてきた。
さっきから何かを持っているなとは思っていたが。
それは受け取り損ねた才賀の胸に当たって、カーペットの上に落ちた。
拾い上げれば、表紙によくよく見覚えのある美少女が描かれた小説――いわゆるラノベだった。
「これがどうしたんだよ」
「は? どうしたじゃないわよ! めちゃくちゃ売れ行きが悪かったの! いい!? このあたしの小説が、重版するまで一週間もかかったのよ!? どう考えても最悪じゃない……!」
愛奈はモデル並みのルックスとスタイルを持つ現役女子高生でありながら、現役ラノベ作家としても活躍しているのだ。
気まぐれで書いたという『幼なじみ』を題材にしたラブコメが、ある有名新人賞で大賞を受賞。
その受賞作が異例の大ヒット。
現在、シリーズ化して、累計発行部数400万部を突破した。
今回、愛奈が売上が悪かったと言ったのは、新しく立ち上げたシリーズの第1巻だった。
「売上が悪かった原因はわかってるの。イラストよ、イ・ラ・ス・ト!」
愛奈の言葉に、ラノベを握る才賀の手に力がこもる。
「もうとにかくイラストが最悪ね。まずヒロインのかわいさを全然表現できてないでしょ。それに作品の世界観も表現し切れてないし。あとはそうそう、主人公もぼんやりした感じで、読者がカッコイイと思う要素が皆無と言ってもいいわ。マジでなんなのこれ。あたしの作品の足を思いっきり引っ張って。これなら、イラストなしの方がいいわ」
才賀はうつむき、手の中のラノベを見下ろす。
表紙のヒロインが、とびきりの笑顔を浮かべて、才賀を見つめてくる。
「こんなことになるなら、他のイラストレーターを指名すればよかったわ。あんたなんかじゃなくて。はぁ~、もう本当に最あ――」
最悪、と言おうとしたのだろう。
だが、愛奈は最後まで言うことができなかった。
なぜなら才賀が遮るように、こう言ったからだ。
「なら、これからはそうすればいい。俺はもう二度と、愛奈の小説のイラストを描かないから」
と。
愛奈が書いたラノベのイラストを担当しているのは才賀だった。
今回の作品だけじゃない。
デビュー作からずっとそうだ。
元々イラストを描いていたわけじゃなく、美術の成績だって特別よかったこともなく、愛奈がラノベ新人賞を受賞したと自慢してくるまで、ラノベの存在も知らなかった。
なら、どうしてイラストを描くようになったのかと言えば、愛奈が命じたのだ。
自分がデビューするラノベのイラストを描くようにと。
『ちなみにあんたの名前は出さないから』
『え?』
見本と言って見せてもらったラノベには、イラストレーターの名前が書かれていたのだが。
『イラストもあたしが描いたことにするのよ! 文章だけじゃなくてイラストも描ける現役JKラノベ作家って方が何かいいじゃない! いいわね!?』
いいも悪いもない。そもそも自分みたいな素人のイラストが認められるわけがないと思っていた。
それでも愛奈に言われるまま、与えられたタブレット端末でイラストを描いて、描いて、描きまくった。
だが、イラストを見せる度に愛奈が鬼のように駄目出しをする。
『ヒロインが駄目!』
『主人公が駄目!』
『駄目!』
『全然駄目!』
『とにかく駄目!』
だからやり直し、と続く。
駄目だけでは困る。どこがどう駄目なのか具体的に教えて欲しいと告げれば、
『これじゃないの!』
『なんか違うの!』
『何でわからないのよ!』
わかるわけがない。才賀はずぶの素人なのだ。
それでも何とか形にしようと、愛奈の書いた小説を読み込んで試行錯誤を繰り返した。
『あたしとしては全っ然満足のいく出来じゃないけど、〆切だったから編集に見せたわけ。そうしたらこれでいいって』
と愛奈に言われて、最初は信じられなかった。
自分の描いたイラストが小説の表紙を飾るなんて。
夢ではないだろうかと思った。
見本誌というものを渡された時、才賀はそれが夢じゃないことを知った。
だが、それは同時に、地獄のような日々の始まりでもあった。
愛奈のデビュー作は驚くほど売れ、すぐに第2巻が発売されることになった。
当然のように愛奈は才賀にイラストを描くように命令し、何ら具体性のない駄目出しが才賀を悩ませ続けた。
時には〆切に間に合わず、徹夜することもあった。
しかも定期試験と日程が重なったりして、成績が下がったりもした。
『あんたの成績とかどうでもいいわ! そんなことよりあたしのラノベよ! あたしのラノベはね、待っている読者がいっぱいいるの! なら、どっちを優先すべきか、最初から決まってるでしょ!?』
そうして今回、新シリーズを立ち上げ、出版。
才賀が疲れまくっているのは、新シリーズを宣伝するためのイラストを何枚も何枚も描き続けていたからだ。
発売日から今日まで。ずっと。
実際、愛奈に呼び出されるまで、才賀は新しいイラストを描いていた。
愛奈は幼なじみで、今までずっと一緒に過ごしてきた。昔、一緒の布団で寝たことだってある。才賀と一緒じゃなきゃヤダと、愛奈が激しく泣いたから。
いつだって、どこにいくのだって、才賀が一緒じゃなくちゃ嫌だと、才賀の服の裾を掴んで泣いていた幼い頃の愛奈。
いつからだろう。そんな愛奈がこんなふうになってしまったのは。
これから先、才賀がどれだけがんばったとしても、愛奈が才賀の努力を認めることはないだろう。
これまでどおり、才賀のことを否定し続けるに違いない。
愛奈は幼なじみだから――そう思って振り絞ってきた気力が、完全に消え失せた。
もう無理だ。これ以上がんばれない。
愛奈は才賀が自分に意見するなんて思ってもいなかったのだろう。呆気にとられたような、間の抜けた表情を晒し続けていたが、にわかにハッとして、
「は、はぁ!? ちょ、ちょっとあんた、何言ってるわけ!? あたしの小説のイラストを担当できる栄誉を何だと思ってるの!?」
「地獄だと思ってるよ」
「地ご――!?」
愛奈の額に怒りのあまり、青筋が浮かぶ。
そのまま怒りを爆発させるかと思いきや、ふぅー、と深く息を吐き出して、女王様然とした余裕を取り戻した。
才賀を見下ろす。
「土下座して。生意気なことを言ってすみませんでしたって、発言を撤回しなさい。今なら特別に許してあげるから」
ほら早く――と床を指さした。
才賀はそんな愛奈を冷めた眼差しで見る。
「土下座はしないし、発言の撤回もしない。俺はもう二度と、愛奈の小説のイラストを描かない」
「才賀、あんた……!」
「驚いた。愛奈、俺の名前、ちゃんと覚えてたんだな」
「は、何を言って――」
「だって俺のこと、ここ何年も『あんた』としか呼んでなかったじゃねえか」
愛奈も気づいたのだろう。愕然とした表情をするが、もはや才賀にはどうでもいいことだった。
そのまま立ち去るつもりだったが、伝え忘れていることがあったことを思い出す。
「愛奈」
「な、何……? やっぱりイラスト――」
「俺、金輪際、お前と関わらないから」
「あん――才賀、何を言ってるの!?」
あんたと言いかけ、名前で言い直すが、本当にどうでもいい。
「当然だろ? 俺、自分で言うのも何だけど、けっこうがんばったと思うんだよ」
慣れないイラストを一生懸命描き続けて。
「けど、お前は一度だって俺を労わなかったし……『ありがとう』の一言すらないんだからな。そんな奴とつき合うなんて、普通に考えて無理だ」
じゃあな、と告げて。
今度こそ本当に、才賀は愛奈の部屋を後にした。
才賀がドアを閉じた瞬間、愛奈が怒りを爆発させたのだろう。
ドアに何かを叩きつけるものすごい音がしたが、才賀は気にしなかった。
宣言どおり、金輪際、愛奈と関わるつもりがなかったから。
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