第2話 一夜明けて劇的変化
愛奈に絶縁宣言を叩きつけた才賀は、自分の部屋に戻ってきた。
このまましばらくは解放感を味わっていたかったのだが、それを邪魔するものがあった。
才賀のスマホである。
ズボンのポケットから取り出す。
愛奈の家を出たあたりから、何度も何度も繰り返し、振動し続けてきた。
歩いて数分のところにある才賀の家に帰ってきて、そして自分の部屋に入っても継続中。
ディスプレイを見れば、
「やっぱりな」
才賀の想像していたとおり、愛奈からのメッセージが。
何件、いや、何十件もあった。
『おい才賀! いい加減、電話に出なさいよね!?』
『マジであたしを怒らせるとか、才賀のくせに生意気なんですけど!』
『こんなことして、才賀、ただで済むと思ってるワケ!?』
他にもあったが、おおよそすべてが才賀に対する文句であり、
『いい!? あたしってばめちゃくちゃ寛大だから、今ならまだ特別に許してあげないこともないわ! だから才賀、秒で謝りに来なさい!』
寛大ならば、なぜ言い切らないのか。
盛大に舌打ちしながらスマホを操作している愛奈の姿を簡単に想像することができた。
というか、今さら『才賀』と名前をわざとらしく呼ばれても、今までずっと『あんた』呼ばわりだった事実が消えるわけがなく、絶縁宣言して冷え切っていた才賀の気持ちがさらに冷たさを増すばかりである。
当然、メッセージをむやみやたらと送り続けてくる愛奈がそんなことわかるわけもなく、メッセージを無視し続けていたら、とんでもないことを告げてきた。
『はは~ん、なるほどね。才賀の魂胆がわかったわ! こうやってあたしのことを揺さぶって、あたしの気を惹こうとしてるんでしょ!?』
「……こいつは何を言い出した?」
『あたしが他のイラストレーターを引き合いに出したものだから。嫉妬しちゃったんだぁ~。あたしのこと独り占めしたいとか、ぷぷっ、才賀ってばかわいいんだぁ♪』
才賀の額に青筋が浮かぶ。
『じゃあ、才賀だけ特別に、あたしの言うこと、何でも聞かせてあげるっ』
言うことを聞かせてあげるって何だ。そこは言うことを聞いてあげるじゃないのか。
さすがは愛奈だ。どこまでも上から目線で、実にナチュラルに自分中心である。
実はこんな態度をとるのは才賀に対してだけで、他の人には普通に接していた。
たとえば愛奈はクラスメイトには、
『有田くん、おはよう! 今日も一日、がんばろうね!』
みたいな感じなのだ。
今は理不尽な要求をしてきても、いつか自分にもそんなふうに普通に接してくれるのではないかと思っていた。
親同士が仲良くて、物心付く前から一緒に過ごしてきた幼馴染みだからこそ、信じていたのである。
だが、絶縁を告げてさえも、愛奈の態度は変わらなかった。
「まあ、わかってたけどな」
関係を断った愛奈にこれ以上煩わされたくない。
才賀はスマホを操作して、愛奈の電話番号やメールアドレス、ID、その他SNS関係もすべてブロック。
こちらから連絡することもあり得ないので、当然、アドレスをはじめとする愛奈の情報をすべて削除した。
スマホの振動が止まって、才賀の部屋にようやく静けさが訪れた。
「これで……自由だ!」
愛奈の急な呼び出しに応じることもないし、自分の時間をめいっぱい使うことができる。
では何をしようと思った時、欠伸が漏れた。
窓の外を見ればすっかり暗く、月が輝いている。
そういえば、愛奈に呼び出されるまで、徹夜で新作ラノベを宣伝するためのイラストを仕上げようとしていたことを思い出した。
「けど、もうそんなことする必要はないわけで」
才賀は制服やら鞄やらイラストの資料やらを載せているせいで物置になってしまっているベッドに倒れ込んだ。
適当に荷物を床に落として、寝るためのスペースを確保する。
「……そういや、こうやってベッドで寝るのってどれくらいぶりだったっけ?」
そんなことを呟きながら、いつの間にか眠ってしまった。
夢も見なかった。
翌朝の目覚めは、いつになく爽快だった。
「こんなに気持ちのいい朝はいつ以来だ?」
これまではイラストを描きながらいつの間にか寝落ちしてしまい、机に突っ伏した状態で目覚めることが多かった。
疲れも取れないし、体のあちこちも痛くて仕方なかった。
しかも大抵が、学校にギリギリ遅刻しないで済む時間だったりしたので、身だしなみを整える余裕はなく、朝食を抜くことも多かった。
だが、今朝は違う。
身だしなみを整えることもできたし、朝食をとることもできた。
ただ、一緒に食事をした妹――須囲
「お母さん、食卓で知らない人が朝ご飯を食べています……!?」
「知らない人じゃねえ! 俺だよ俺、才賀だよ!」
「はっ! 冗談はやめてください! うちのお兄ちゃんは冴えないモブです!」
「ひどい言われようだ!?」
「……でもその声、お兄ちゃんの声のような気がします?」
「俺は本当にお前の兄貴だからな」
「……まさか本当にお兄ちゃん? え、ちょっと待ってください。私のお兄ちゃん、寝癖がなくて、目の下の隈がなくなると、こんなにイケメンになるんですか!?」
「いや、イケメンってことはないだろ」
「まさか自覚がない、だと!?」
澄江が驚愕した。
朝食を食べ終えたので、ちょっと早いと思ったが学校に行くことにした。
家を出ていく時、澄江に気になることを言われた。
「お兄ちゃん、今日は学校で騒がれまくりますよ。間違いありません」
そんなわけあるか。
一人で歩く通学路の景色は、何だか新鮮だった。
いつもなら愛奈を迎えに行って、
『ちょっとー! もっと早く迎えに来なさいよね!? ほんとにあんたってば使えないんだからッ』
などと文句を言われながら一緒に登校するのだが、今日からはそんなことはしない。
それがとても心地よいのだが、一方、妙にジロジロみられているような気がして落ち着かなかった。
特に女子の視線が多いのはどういうことか。
最初は自分がこの時間に登校するのを珍しがられているのではないかと考えた。
あるいは、愛奈と一緒じゃないことが原因かもしれないとも。
それくらい、これまでの才賀は愛奈と一緒にいたのだ。
だが、風に乗って聞こえてくる声に、才賀はそうではないことを知った。
「あのイケメン誰!?」
「うちの学校の制服だよね、あれ!?」
「あんなにカッコイイんだもん! つき合ってる人、絶対いるよね……!」
などなど。
澄江の発言は冗談だと思ったが……まさか本当に?
その思いは学校に着き、教室に入ってクラスメイトに挨拶したところで、確信に変わった。
「須囲くん、そんなにかっこよかったの!?」
クラスの女子たちに、面と向かってそんなことを言われたのだ。
「そ、そんなに……?」
「そんなに……!!」
どうやら本当のことらしい。
うれしくないと言ったら嘘になる。
だが、戸惑いの方が大きかった。今までそんなふうに思ったことがなかったから。
あと、こうも思った。
こんなに劇的に印象が変わるなんて。以前の自分はどれだけひどい顔をしていたんだ、と。
四六時中愛奈に振り回され、幼馴染みではなくまるで下僕のような扱いを受けていれば当然か。
今さらながら、愛奈のろくでなしぶりに腹が立つ。
しかし、そんな気持ちは忘れることにした。
これ以上、一秒でも、愛奈に自分の日常を浸食されたくないと思ったのだ。
「今日から、俺は俺の人生を生きるんだ」
そう呟く才賀の表情は晴れ晴れとしていて。
そんな才賀を見たクラスの女子たちは、黄色い声をあげるのだった。
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