第12話 幼馴染みはその現実を認められない
才賀の幼馴染みである切島愛奈は、自身が置かれている状況にまったく納得していなかった。
自分は正しいことをした。
その思いに揺らぎはない。
むしろこんな状況に追い込んでいる雑賀に対する苛立ちの方が強かった。
両親の引っ越しに伴い、強引に連れていかれた先で始まった新しい生活にはこれっぽっちも馴染めなかった。
元より馴染むつもりなど、さらさらなかったのだが。
当然だ。
自分はここにいるべき人間ではないのだから。
現状に対する強い不満を抱えながら日々を過ごす中で、愛奈はそれを知った。
「なぁっ!?」
才賀がイラストを担当した小説のアニメ化である。
信じられなかった。
あんなに面白くない、ゴミ屑同然の小説がアニメ化!?
あり得ない……!
いったいどんな汚い手を使ったのだろう。
相当あくどいことをしたはずだ。
それ以外、あんな読む価値のない駄作がアニメ化するなど考えられなかった。
何より腹立たしいのは、才賀のイラストが致命的に下手になっていることだった。
萌乃の小説が発売された時、愛奈は才賀のイラストを見て愕然とした。
才賀のイラストが信じられないくらい下手になっていたのだ。
自分の小説のイラストを担当していた時のような輝きが綺麗さっぱり消えてなくなり、才賀のイラストの持つ魅力が完全に色褪せてしまった。
あの頃より、今の才賀はひどい。ひどすぎる。
これがあの才賀のイラストだと思うと反吐が出る。
「……どうやらあたしが手塩にかけて育てた才賀の才能が潰されてしまったみたいね」
ため息しか出てこない。
これ以上、幼馴染みが落ちぶれていく姿を見るのは耐えられない。
才賀は自分といてこそ輝き、才賀は自分の小説のイラストを描くべきなのだ。
これまでがそうだったように、これから先もずっと。いつまでも。
才賀が自分の過ちに気づき、戻ってくるまで待っていようと思っていたが、これ以上は駄目だ。
やるべきことをやらなくては。
それは小説を書くことだった。
両親には活動を自粛するように言われていた。
自粛と言いながらも実際のところは活動禁止だ。
これ以上、迷惑をかけられたくないというのが本音だろう。
だが、そんなことは知らない。
そもそも自分は悪くない。
悪いことを何もしていない自分が活動を自粛する意味などない。
愛奈は再び小説を書き始めた。
自分は累計発行部数1000万部の作家だ。
そんな自分が小説を書けば、書籍化したいという出版社はいくらでもあるだろう。
最初は自分がデビューした出版社に原稿を送るつもりだったが、あそこは自分の言い分をまったく聞かず、それどころか自分の作品をすべて絶版にした。
許せない。
愛奈は書き上げた原稿を別の出版社に送りつけた。
今回は特別にお前のところであたしの原稿を出版させてもいいという旨を書いたメモを添えて。
携帯電話の番号も書いたのですぐに連絡があると思ったが、どれだけ待ってもなかった。
「まったく使えないわね!」
まあいい。出版社は他にもある。
愛奈はその出版社に見切りをつけ、別の出版社に原稿を送った。
だが、そこも連絡はなかった。
その次も、そのまた次も同じだった。
どう考えてもおかしい。
仕方なく愛奈から連絡してみれば、かえってきたのは信じられない答えだった。
あれだけの問題を起こした作家を起用するわけにはいかないというのである。
愛奈がどれだけあれは冤罪で自分は何も悪くないと言葉を重ねても、編集部の態度が変わることはなかった。
愛奈は自分の言うことを聞かない編集部は切ることにした。
「いいわ。このあたしが書いてあげるというありがたい申し出を断ったことを後悔すればいいのよ……!」
自分に小説を書いて欲しいと言ってくる出版社はいくらでもある。
愛奈のその思いが揺らぐことはなく、実際、愛奈が小説を送りまくった出版社のうちの一社から、一度話がしたいというメールが送られてきた。
電話で話をしたところ、信じられないことを言われた。
まず、ペンネームを変えること。
送った原稿が現在のラノベ市場の主流から少しずれているので、現状の原稿をそのまま使うのは難しく、大幅な改稿が必要になること。
それ以外にもあれやこれや、愛奈にとって屈辱的なことを言われ、愛奈は怒鳴り散らした。
「あんた、あたしが誰だかわかってるの!?」
電話の先でため息を吐く編集者。
『……つまり、キリナ先生はこちら側の要求を呑むつもりはないと?』
「当然でしょ! ペンネームを変える? あり得ない! あたしの作品が主流から外れてる? もっとあり得ない! そんなことあるわけがない!」
『……わかりました』
「ふん! ようやくわかったのね! ならまずは謝罪しなさい!」
『いえ、謝罪はしません』
「なっ!?」
『今回はご縁がなかったということで』
「……………………は?」
『キリナ先生に――いえ、切島さんに書いていただかなくても、うちはまったく困りませんので』
「ちょっと待ちなさいよ……!」
愛奈の呼び止める声を無視して、通話は一方的に打ち切られてしまった。
無音になったスマホを愛奈は壁に叩きつけた。
床に転がる画面の割れたスマホを睨みつけながら、愛奈の頭の中には、編集に言われた言葉が永遠と繰り返されていた。
『縁がなかった』
『切島さん』
『書いていただかなくても』
『うちはまったく困りません』
『困りません』
『困り――』
声を振り払うように、頭を振る。
同時に、愛奈の脳裏によぎるものがあった。
それはある考えで、萌乃やその担当編集が結託し、愛奈が出版できなくなるように裏から手を回しているというものだった。
それ以外考えられなかった。
そうでなければ、この自分がこんな扱いを受けるわけがないではないか。
「……いいわ。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるんだから」
愛奈の実力、人気を知らしめ、無視できないようにするのである。
そのための方法はすでに思いついていた。
ネット小説だ。
萌乃が今も投稿を続けている素人が小説を発表するサイトで、プロである自分も作品を発表するのだ。
萌乃程度の実力ですらランキング上位に食い込めるのだから、自分なら投稿してすぐランキング1位になることは間違いないだろう。
そしてランキング1位になれば、出版社から書籍化の打診がくるらしい。
その作品が面白く魅力的であればあるほど、打診は複数の出版社からくるという。
その中には、今回、自分が小説を送った出版社からの打診もあるだろう。
愛奈はその打診を断るつもりだった。
当然だろう。
愛奈がわざわざ原稿を送り、出版してもいいと声をかけたにもかかわらず、それを無視したのだ。
だが、向こうの態度次第では考えなくもなかった。
たとえば、這いつくばって土下座をするとかだ。
無能な編集が土下座する様が早く見たくて、愛奈はさっそくサイトに小説をアップした。
アップした小説は、複数の出版社が無視し、無能な編集が現在の主流から外れていて大幅な改稿が必要だと言ったものだ。
「本当に面白い小説とはどういうものなのか。それを理解できていないというのは本当に哀れよね」
ペンネームは当然『キリナ』である。
そのサイトはお気に入り登録をした時にポイントが入り、さらに面白かった時に評価をすることでポイントが加算される仕組みになっていた。
「さあ、わたしの小説をランキング1位に押し上げなさい!」
高笑いする愛奈は想像する。自分の小説がランキング1位に輝く、その瞬間を。
だが、現実は愛奈の想像したとおりにはならなかった。
ランキング1位になるどころか、入ったポイントは100にも満たなかったのである。
一方、感想欄には読者のコメントが溢れかえっていた。
作品に対する感想はほぼなく、そのほとんどが愛奈自身と愛奈のこれまでの所行に関係するものだった。
『この投稿者、本物の「キリナ」先生なのかな?』
『読んでみたけど文体がまんま。間違いなく本人』
『なら、すげえよ。あれだけの事件を起こしておいて、のうのうとラノベを書いてるとか。一周回って尊敬する』
『いや尊敬しちゃだめでしょ。そこは正気かどうか疑わないと』
『キリナ先生だから。他人に描かせたイラストを「わたしが描きましたっ(キリッ)」とかやっちゃう人なんだから』
『……なあ。俺、恐ろしいことに気づいたんだが。小説も本人が書いているとは限らないのでは?』
『確かに! 今回の小説、ぶっちゃけ面白くなかったし』
『キリナ先生、小説担当にも逃げられちゃったかー』
『待てお前ら。そもそもキリナ先生の小説って面白かったか? ぶっちゃけ、俺はイラスト目当てで買ってたぞ?』
『自分もそうかも』
『アニメ化が楽しみだったのも、あのイラストがどんな感じに動くか気になるからだったし』
『俺はキリナ先生の小説嫌いじゃなかったけど、イラストが群を抜いて魅力的だったというのは否定できない要素だな』
『神イラストだった』
『神イラストといえば藻ノ先生の小説もそうだよな』
そこからは愛奈の話題は一切出なくなった。
愛奈のことなど忘れたかのように、萌乃の小説の話題で盛り上がった。
そのような状況に、当然、愛奈は腹を立てた。
自分の小説の話をしろと。
あんな泥棒猫の話題で盛り上がるなと。
だが、読者は愛奈の思いなど無視して、よりいっそう萌乃の小説の話題で盛り上がっていく。
それなら無視できない、絶対に盛り上がる小説を書けばいい。
愛奈はこれまで以上に本気で小説を書いた。
こんなにも本気になって小説を書いたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれなかった。
傑作だという自信があった。
今度こそ誰もが自分の小説の面白さを絶賛するに違いないとすら思った。
だが、結果は散々だった。
ポイントは前回以上に入らず、感想も「つまらない」「独りよがり」「読者おいてけぼり」「意味がわからない」「典型的作者だけ気持ちいい小説」という否定的なものばかり。
ならばと新作を発表し続けるも、結果はどれも同じだった。
いや、違う。
よりひどいことになっていった。
ポイント12。
感想0。
アクセスがほんの少しあるだけ。
「なんで……どうして誰もあたしの小説を読まないのよ……」
もはや怒りも苛立ちもなく、愛奈は虚ろに呟くことしかできなかった。
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