第8話 傀儡シナリオライターは必要ない


 才賀は手を伸ばし、隣に座って俯いている萌乃の手を取った。


 アニメの打ち合わせ、その2回目が始まろうとしていた。




 場所は前回と同じ。


 アニメ制作会社の会議室に、これまた前回と同じメンバーが集まっている。


 六手が打ち合わせの始まりを告げれば、秋帆が先陣を切った。


「あら。今回は遅刻しなかったんですね~」


 無邪気な感じを装いながらも、特定の誰かに対するなかなか強烈な一撃だった。


 しかし、相手も然る者だった。


「できないのにいつまでも考え続けるのも無駄かなと思いまして」


 特定の誰かである苛木が、にこやかに微笑みながら言ってのけた。


 なるほど、と呟いた秋帆が朗らかに言う。


「つまり、自分は無能であると認めるということですね、さん」


「……いえ。原作があまりにもあれすぎて大変だと言いたいだけです。……僕の名前は苛木です。茨城ではありません」


「ですが、前回の打ち合わせの席で言ってましたよね。自分は最高に素晴らしい原作を、スカスカのクソアニメに何度もしてきたという実績があると。……うわ、最悪ですね、さん」


「…………聞き間違いが過ぎるんじゃありませんか? 僕はスカスカの原作を最低限見られるアニメに何度もしてたという実績があると言ったんです。…………もう一度言います。僕の名前は苛木です。栃木じゃありません」


「でも、今回もシリーズ構成はできてないんですよね? それなのに実績がある? すみませんが寝言は寝てから言っていただけますか? さん」


「いい加減にしてください! 僕の名前は苛木だ! 何なんだあなたは!? 失礼にも程がある……!」


 苛木が立ち上がって、猛然と抗議する。


 確かに、普通に考えて、あれほど名前を間違えるというのは失礼だろう。


 しかし、秋帆はそんな苛木の抗議を微笑みを浮かべて受け流した。


「作家が命を削って書いた小説を中身がスカスカで何もないとかほざくより、全然まともだと思いますけど?」


 秋帆の言葉に、才賀は大きくうなずいてみせた。


「まあ、もうどうでもいいですけど」


 ごほん、と秋帆が咳払いをする。


「あの、ちょっといいですか? シナリオライターが自分の仕事を放棄しているので、この人を今回のシリーズ構成から――というか、このアニメから外してください」


「「は!?」」


 という声が重なった。


 苛木と、それに六手だった。


 驚く二人に対して、秋帆が言い放つ。


「え、何で驚いてるんですか? 原作を散々貶すようなシナリオライターをこのまま使うつもりだったんですか? むしろ今回もこうして打ち合わせの席にいること自体が驚きで仕方ないんですけど。いやまあ、最初に謝罪があって、心を入れ替えてがんばるというのなら……」


「継続することを考えた?」


 才賀が尋ねれば、


「ないですね。あり得ません」


 秋帆が笑顔で言い切る。


「そういうわけですので、苛木さんは退場してください」


 おかえりはあちらです、と出口を指し示す。


「あ、いや、でも」


 と言葉にならないことを言い募り、苛木は六手を見る。


「僕には実績があって……!」


「だから?」


「え?」


「実績があるからどうだって言うんです? わたしたちのいないところで陰口を叩くのならまだしも、目の前で堂々と原作を貶しておいて、まさか本気でこのアニメに携われると思ってるんですか?  


 秋帆に煽られ、苛木が顔を歪める。


「ぐっ……! で、でも、僕以外にこのアニメのシリーズ構成を、脚本を引き受けてくれるシナリオライターは――」


「いると思いますよ? うちの藻ノ先生の小説を面白いと言ってくれる人、探せばいくらでもいると思います。実際、何人かに声をかけさせてもらいましたし」


 そう言って秋帆があげていく名前に、苛木の顔色が悪くなっていく。怒りの赤から、自信喪失の白へと。


 才賀はそっち方面に疎いため、萌乃に聞けば、ヒット作を何本も担当したことのある、名実ともにすごいシナリオライターらしい。


「そ、そんな……」


 苛木が茫然自失となる中、


「ちょ、ちょっと辺見さん、勝手なことをされては困ります……!」


 六手が慌てた様子で割って入ってきた。


「どうしてですか? 使えないシナリオライターを使い続ける方がよほど困ったことになると思うんですけど。とか。まさかそれを狙ってるわけじゃないですよね?」


「ま、まさか……! そんなことあるわけないじゃないですか……!」


「ですよねー?」


「で、ですが、今、辺見さんがあげられたシナリオライターの方とは仕事をご一緒させていただいた実績がないので、まずは持ち帰って検討させていただくという――」


「あ、大丈夫です」


「もしかしてもうお願いされてしまったんですか!?」


「本人たちからは是が非でも担当したいと言われましたが、断りました」


「「はぁぁぁぁっ!?」」


 再び苛木と六手の声が重なる。


「だってシナリオは藻ノ先生が担当しますから。ね? そうですよね、藻ノ先生?」


 秋帆の言葉によって、みんなの視線が萌乃に集中した。




 あの日、萌乃は激しく落ち込んだ。


 当然だ。


 目の前で自分の書いた小説をあれだけ貶されたのだから。


 だが、次の日には浮上していた。


 学校で、昼休み。


 中庭のふたりきりになれるスポットで、萌乃は才賀の目を真っ直ぐ見て言った。


「みんながみんな、自分の書いたものを面白いと言ってくれるわけじゃないんだよね」


 萌乃は元々、WEBで小説を連載していた。


 いや、今も連載は続けている。


 書籍化された作品はもちろん、それ以外にも新連載も何本も書いている。


 連載されている小説を読み、感想をくれる人のほとんどは好意的で、面白いという感想が多いのだが、中には「つまらない」「こんなのがどうして人気があるのかわからない」「ランキングの不正ではないのか」という、そういう書き込みをしてくる人もいるという。


「わたしの書いた小説が本になって。才賀くんがすっごく素敵なイラストを描いてくれて。そしてそれが本屋さんに並んで。何度も何度も増刷していたから、だからわたし、すっかり有頂天になってたみたい。わたし、新人作家だったのに」


 だからね、と萌乃は続けた。


「わたし、もっとがんばる。もっともっと、も~っとがんばって、それでできるだけ多くの人に、面白いって、読んで楽しかったって、そう言ってもらえるような小説を書く」


 そう言い切った萌乃は、まだ少しつらそうではあったが、それでもその表情には以前とは違う気迫みたいなものが感じられた。


 萌乃が元気になってうれしい。うれしくないわけがない。


 だが、萌乃が一人で立ち直ってしまうと、萌乃のために何かできないかと考えていた才賀は、自分があまりにも無力な存在に思えて、やるせなかった。


 そんな気持ちが萌乃に伝わったのだろう。


「あの、ね? わたし一人でがんばろうって、そう思えるようになったわけじゃないよ? 才賀くんが、いてくれたから」


 俺が……? と戸惑う才賀に、萌乃は恥ずかしそうに顔を赤く染めながら続けた。


「正確にいえば、才賀くんが描いてくれたイラストなんだけど。わたしの小説のために、才賀くんが描き下ろしてくれたイラストを見てたら、ね。こんなことぐらいで挫けてちゃ駄目だって。がんばらなくちゃって。そんなふうに思えるようになったの。だから、ね? わたしががんばろうって思えるようになったのは、才賀くんのおかげ……なんだよ?」


 あとね、と萌乃はさらに顔を赤くして言った。


「……ここでわたしが挫けちゃったら、もう才賀くんにイラストを描いてもらえないかもって、そんなふうにも思っちゃったりして」


 えへへと照れくさそうに笑う萌乃を、才賀は思いきり抱きしめた。


 抱きしめるだけじゃない。


 額と額をくっつけて、すぐそばで萌乃と見つめ合い、そしてキスをした。


 萌乃のことが愛おしくてたまらなかった。


 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るその瞬間まで、才賀と萌乃は思いを確かめ合った。


「……ここが学校じゃなければよかったのに」


 萌乃が切なげに吐息を漏らした。


「それってどういう意味だ?」


「わかってるよね……? もう、才賀くんのいじわる」


「ごめん、ごめん。けど、俺も同じ気持ちだ」


 学校でなければ、きっとより強く、より深く、才賀たちは思いを確かめ合っていただろう。


 初めて結ばれた、あの時のように。


 そしてその日の放課後。


 才賀と萌乃はいつものように手を繋ぎながら、しかしいつも以上にしっかりと握りしめ合って、秋帆の元を訪れ、シナリオライターの悪意になど負けないと宣言した。


 それを聞いた秋帆はニヤリと不敵な笑みを浮かべると言った。


「いいですね、その気迫!」


 この時点で秋帆は何人かのシナリオライターに仕事を打診していたらしい。


「でも、それは全部断ります! そして負けないじゃなくて、勝ちにいきましょう!」


 その勝ちにいくというのが、萌乃がアニメのシナリオを全話担当するということだった――。




 そして今。


 みんなの視線が集中する中、萌乃は顔を上げ、はっきりした声で言った。


「わたし、やります! 全部のシナリオ、わたしが書きます!」


 苛木は「素人にできるわけがない!」「絶対に無理です!」と声高に反対したが、「あれまだいたんですか? やる気のないライターはお呼びじゃないんですけど」という秋帆の言葉で黙らされ、さらには何か言いたそうだった六手も、


「今のご時世的に、原作者が全話脚本をやるとか別に珍しくないですし? 原作をどれだけ再現できるかが大事だというのなら、むしろ原作者が全話脚本をやる方が理に適っているとも言えるんじゃないですかぁ? 原作のことを一番理解しているのは原作者本人なんですから。アニメが成功すれば制作会社的にもうれしいでしょうし。まさにWIN-WIN、断る理由なんて何もないですよねー?」


 秋帆の煽りスキル全開の言葉で何も言えなくなってしまった。


 そういうわけで苛木はシリーズ構成と全話脚本を始まる前から降板。


 アニメの全シナリオは萌乃が担当することになった。

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