第7話 打ち合わせの裏側


 打ち合わせの場に現れた才賀たちの顔には、緊張と興奮を見て取ることができた。


 それは当然のことだと六手ろくては考える。


 何せ自分たちの小説がアニメになるのだ。


 緊張するだろう。


 だが、同時に激しく興奮だってするはずだ。


 しかし、帰る時の顔はどうだ。


 苛木いらきの言葉に打ちのめされ、激しく落ち込んでいた、あの顔は。


「……ちょっとやり過ぎたんじゃないですかね」


 そう告げたのは、打ち合わせがしたいと六手が言い、残ってもらったシナリオライターの苛木である。


「……確かに。あの作家さん、かなり落ち込んでいたよね」


 応えたのは、同様に残っていた監督の日寄じつよりだ。


 そんな二人を見て、六手は不思議そうな顔をする。


「ちょっと? 何を言ってるのかな……?」


 首を傾げる。


「全然だよ……全然足りないよ! 彼らにはもっと、もっと追い込まれてもらわないと……!」


 六手の、顔を歪めて言い放つその様に、苛木と日寄は何とも言えない顔をする。


 六手は思い出す。


 帰り際の才賀たちの顔を。


 打ちのめされ、激しく落ち込んだ、あの後ろ姿を。


 最高だった。


 最高に気分がよかった。


 だが、まだ足りなかった。


 才賀たちは、もっと苦しむ必要がある。


 今回の一件は、すべて六手が仕組んだことだった。


「あいつのせいで……!」


 六手はの――才賀の幼馴染み、切島きりしま愛奈あいなの狂信的なファンだった。


 愛奈が書いた小説のファンでもあったが、それ以上に愛奈自身のファンであった。


 顔出しして活動している愛奈に一目惚れした。


 恋愛的な感情がないといったら嘘になるが、それ以上に崇拝していた。


 だから愛奈と一緒に仕事をしたいと思い、アニメ化のオファーをしたのだ。


 愛奈の小説はその時点でかなり売れていて、他の制作会社も名乗りを上げていた。


 それでも六手の制作会社が選ばれたのは、六手の熱意が認められたからだと思った。


 舞い上がる気持ちをぐっと抑え、愛奈との打ち合わせに望んだ日のことは、今でもはっきりと覚えている。


 自分ではしっかりしていたつもりでも相当テンパっていたみたいで、一緒に打ち合わせに参加していた苛木や日寄に指摘され、思わず赤面した。


 それを見抜いていたのは二人だけじゃなかった。


 愛奈にも気づかれていた。


 だが、愛奈は気持ち悪がることなく、むしろ、


『六手さん。あなたの会社を選んで正解でした。アニメ化、よろしくお願いしますね』


 と笑顔で言われて、死ぬほどうれしかった。


 絶対に成功させると、愛奈の両手を思わず握りしめて誓った。


 なのに、どうだ。


 アニメ化の話はなくなり、愛奈の小説は絶版。


 ラノベ作家としての活躍の場も奪われ、愛奈のラノベ作家としての命は絶たれてしまった。


 どうしてそんなことになったのか。


 イラストレーターだ。イラストレーターが悪い。


 独自のコネを使って、そのイラストレーターが才賀であることを六手は突き止めた。


 そして萌乃の小説のイラストを担当していることを知った。


 ネットで調べてみれば、脅威的な売上を叩き出していた。


 これは使えると考えた。


 自分のところでアニメ化し、最低の形で完成させ、才賀たちを貶め、苦しめたい。


 あれだけ売れているのなら、他にもアニメ化のオファーは舞い込んでいるはず。


 自分のところが選ばれるかどうかは賭けだった。


 その賭けに六手は勝った。


 それはつまり、六手に、その思いを遂行せよと、運命が言っているようなものだろう。


「……確かにキリナ先生の作品のアニメ化に携われなかったのは残念ですけど。今回の藻ノ先生の作品だって」


「作品だって? ん? 苛木くん、何を言うつもりかな?」


 六手が首を傾げ、やさしげに問いかける。


「……あ、いえ、僕は別に」


「まさか面白いとか言い出すつもりじゃないよね? あんな駄作を! 読んでいて反吐が出るような、小説とはとても呼べない、クソみたいなものを! キリナ先生の作品と同じ土俵に載せようとしないよね……!?」


「も、もちろんですよ六手さん! そんなわけないじゃないですか……! ね、日寄さん!?」


「ああ、うん。そうかな?」


 急に話を振らないで欲しいという顔をしながらも、日寄が応える。


「そ、それより、あれですよ。六手さんが言うからこれから先の打ち合わせでも、けど、僕、本当はこんなことしたくないんですからね。変なアニメを作ってやり玉に挙げられるのって脚本家ばかりで、僕の評判に傷がつくんですから」


 ネットでも叩かれますし、と苛木がぼやく。


「ネットなんて気にしてないくせいに。お金も出さないで、口だけしか出さない連中だっていつも言ってるじゃないか、苛木くん」


「まあ、そうですけど」


「それに、なんて面倒な仕事を押しつける分、今後も苛木くんには仕事を優先的に割り振るから。大丈夫。今回は失敗することが前提だから、もう次の作品にオファー出してるし。他にもオリジナルアニメの企画も考えてるしね」


「お願いしますよ。いやマジで」


「了解、了解」


「軽いんだよなぁ」


 ぼやく苛木から、六手は監督である日寄に視線を移す。


「日寄さんもよろしくお願いしますね」


「ああ、はい。そうですね」


 スタッフはすべて自分側。


 思う存分、愛奈の恨みを晴らすことができる。


 これから先、才賀たちが笑うことはないだろう。


 アニメ化は絶対に失敗させるし、そのせいで萌乃は筆を折るかもしれない。


 アニメ化したことで、筆を折った作家がいると、六手は聞いたことがある。


 萌乃がそうなればいいと六手は思う。


 萌乃に恨みはないが、才賀などというと組んだ自分が悪かったと諦めてもらうしかない。


 アニメ化を失敗させるのでこちらにも多少はダメージを受けるが、愛奈のことを思えばそんなのは些細なことだと断言できる。


 絶望が待ち受けているだろう才賀たちの未来を想像して、六手は楽しげに笑った。

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