第14話 急転直下

 聞いたことのない出版社からメールをもらった、その翌日の放課後。


 制服姿の才賀と萌乃は、その聞いたことのない出版社に来ていた。




天空てんくう出版にようこそ! いやあ、あまりにもしょぼいビルでびっくりしたでしょう」


 そう言って朗らかに笑う三〇歳代の女性は辺見へんみ秋帆あきほという、天空出版の社長兼編集者である。


 髪は茶色のベリーショート。


 パンツスーツ姿が似合っていた。


「いえ、あの、えっと」


 秋帆の明け透けな言葉に萌乃が返事に窮して、助けを求めるように才賀を見る。


 とはいえ、才賀としても秋帆の言葉には「まったくそのとおりだ」ということしかできなかった。


 実際、確かにしょぼいのだ。


 教えてもらった住所にやってきた時、騙されたのではないかとすら思うほどに。


 今まで訪れたことのある出版社が、どこも立派なビルだったこともそう思う一因だった。


 さらに言えば、中に入ってその思いはますます強くなった。


 今いる事務所も外見に負けず劣らずしょぼかったのである。


「まあ、見かけはこんなんですけど、うちは世界一のラノベ出版社を目指していますから!」


 秋帆は簡単に天空出版の成り立ちを語った。


 大手出版社のラノベ編集部に長年勤めていたが、編集部の方針に合わなくなって独立を決意。


 フリーランスの編集者としてやっていくことを考える中、どうせなら会社を興して、自分が面白いと思うラノベを出版社したらいいのではないかと思い至り、天空出版を設立した。


 そう語る秋帆の口調は熱く、目もギラギラ輝いていて、それが本気だということが痛いくらい伝わってきた。


「ちなみに、この会社を興すことに私は全財産をつぎ込みましたので! 失敗できないんですよ~! あはははは!」


 そう語る秋帆の口調は虚ろで、目も虚ろで、けっこうヤバい状況だということが痛いくらい伝わってきた。


「なので、今回、藻ノもの先生に書籍化の話を受けてもらえると聞いて、本当によかったです! これで設立して早々に倒産なんてことにならずに済みますよ~」


「え、えと、その、が、がんばります!」


「はい、よろしくお願いしますね!」


 秋帆が手を差し出し、萌乃がそれを握り、二人は握手を交わす。


 ちなみに『藻ノ』というのは、そのものずばり、萌乃のペンネームだ。


「さて。それでは改めてお話しさせてください。藻ノ先生の小説、すっっっっっっごく面白かったです」


 それはメールにも書かれていたことだった。


 だが、こうやって顔を合わせて直接語られることで、秋帆がどれだけ本気で萌乃の小説に入れ込んでいるかがよくわかった。


 秋帆は本気で萌乃の小説を面白いと思っている。


 そして出版したいと考えている。


 そこにはさっき語られたみたいな、大人の事情も絡んでいるのかもしれない。


 だが、それでも、秋帆から感じられる思いは、紛れもなく本物だった。


「ちなみになんですけど、藻ノ先生が盗作作家だという話も聞き及んでいます」


「それは……!」


 抗議しようとした才賀を、秋帆は止めた。


「もちろん、私はそんなこと微塵も信じていません」


 だって、と続ける。


「こんな面白いラノベを書ける人が、わざわざ他の誰かの作品を盗む必要なんてないですからね!」


 わかってくれる人がいる。


 それがこんなにうれしいなんて。


 才賀は自分のことのようにうれしかった。


「それではさっそくですが、今後の予定というか、そういう感じの話をしていきたいと思いますが……その前に藻ノ先生の方から要望とかあります?」


「要望、ですか?」


「ずばり、イラストについてです! 小説自体が面白いことはもちろん大事ですが、イラストはもっともわかりやすいラノベの顔ですからね。イラストレーター選びは大事です。なので、私の方で何人か候補を絞っているんですけど」


「そ、それならあります! ありまくります!」


 萌乃の勢いに秋帆が押される。


「お、おお、すごい圧を感じる! で、誰です? そのイラストレーターは」


「才賀くんです!」


 萌乃が隣に座っていた才賀を示した。


「……彼氏さん、ですよね? 付き添いの。来た時からラブラブな感じだったので、てっきりそうだと思っていたんですけど……違ったんですか?」


「彼氏なのは間違いないですけど、自己紹介をしてませんでしたね」


 才賀は改めて名乗り、イラストレーターであることを告げた。


 また、これまでの経緯というか、手がけてきた作品も告げる。


 愛奈の名前は口にしたくなかったが。


 信じてもらえないようなら、野平にそうしてみせたように、秋帆の目の前でイラストを描くつもりもあった。


「ああ、はい。なるほど。キリナ先生のイラストを。……そんな裏があったとは知りませんでしたけど」


「信じてくれるんですか?」


「え、嘘なんですか?」


「いえ、嘘じゃないですけど。けど俺、実際に絵を描いてみせてないのに」


「確かにそうですね。でも、本物でも偽物でも、どっちでも関係ないですから」


 秋帆はにこやかに告げた。


「藻ノ先生のイラストをあなたに頼むことだけは絶対にあり得ないので!」

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