第13話 ランキング1位
翌日。
才賀が登校してくると、教室の中にはすでに萌乃の姿があった。
「さ、才賀くん、おはよう! その、あの、えっと……!?」
立ち上がり、わちゃわちゃと手を動かす姿がたまらなくかわいいと思ってしまうのは、才賀が萌乃に対する好意を自覚したからだろうか。
「おはよう、萌乃。体調はもう大丈夫なのか?」
「う、うん、すっごく平気!」
「確かに、元気そうだ」
才賀が笑えば、萌乃が頬を染めてはにかむ。
「そ、それで、才賀くん。昨日のこと、なんだけど」
「ああ、あれか」
お互いに席に着く。
「う、うん、それ!」
「あのアイス、気に入ってくれたか?」
「すっごくおいしかった! ……って違うよ!? そうじゃないよ!?」
「わかってる。あっちだろ?」
「そ、そう!」
「冷却シート! まさか冷却シートに一日で風邪を治す力があるなんて、俺も知らなかったぞ」
「だよね。わたしも知らなかったよ――ってそれも違うから!」
萌乃が上目遣いで睨んでくる。まったく恐くはないし、むしろかわいいしかない。
「ねえ、才賀くん。本当はわかってるよね? わたしが何を言いたいのか」
「かわいかった」
「ふぇ!?」
「萌乃の弟」
「も、もうっ! 知らないっ!」
萌乃がぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ごめん、萌乃。冗談だ」
「ふーん、だ」
「本当にごめんって」
「知らないもんっ」
「……拗ねた萌乃もかわいいな」
いやマジで。
「も、もうっ! そんなこと言われたって、誤魔化されたりしないんだからねっ!?」
「………………とか言いながら、めちゃくちゃうれしそうなんだよなぁ」
「……うっ」
どうやら自覚はあるようで、萌乃には恨めしそうな顔で睨まれてしまった。
そんな顔ですらかわいいと思ってしまうのだから、どうやら自分は萌乃のことがとことん好きになってしまったのだと、才賀は改めて自覚する。
そんなことをやっているうちに担任がやってきてしまい、朝のHRが始まった。
残念そうな顔をする萌乃。
一時間目の授業が始まっても、それは続いた。
才賀は持ってきていた教科書を机の中に片づけると、
「すみません、先生。教科書を忘れてしまいました」
「仕方がないですね。では、隣の席の人に見せてもらってください」
そう言われたので、才賀は自分の机を萌乃の机にくっつけた。
「悪いな、萌乃。教科書を見せてくれ」
「え、いいけど……才賀くん、さっきまで教科書出してたよね?」
「そうだったか?」
「そうだよ。わたし、ちゃんと見てたもの」
「授業中は前を見るべきだと思うんだけど」
「ぐ、偶然! 偶然見ちゃったの!」
「ちゃんと見てたってさっき言ったよな?」
「偶然、ちゃんと見てたの!」
なんだそれ、と思いつつ、萌乃が自分のことを気にかけてくれているのがうれしくてたまらない。
「そこ、静かにしてください」
教師に怒られてしまった。
怒られてしまったと顔を寄せ合い、才賀と萌乃は笑う。
授業が続く中、才賀は黒板を見ながら小声で囁いた。
「……萌乃、好きだ」
「!?」
萌乃が椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「今度は何です!?」
「あ、えっと、その……!? む、虫がいて! 驚いてしまって……!」
すみません、と謝って座る萌乃。
いきなりなんてことを言うのだという表情で怒りながらも、萌乃はどこかうれしそうで。
「……わたしも好き。才賀くんのこと、大好き」
二人は机の下でこっそりと、手を握り合った。
授業の間、ずっと。
才賀と萌乃、二人はお互いの気持ちが一緒だと知り、盛り上がった。
次に、どんな小説を書くかという話題で。
両想いだったことが判明したのはうれしいことだし、胸の奥からは甘酸っぱい気持ちが沸き起こっているのは確かだ。
だが、それはそれ。
今は萌乃の小説を本にすることの方が、二人にとっては大事なことだった。
授業中はもちろん、休み時間、放課後も使って、二人はどんな小説にしようかと話し合った。
才賀は小説に詳しくなかったので、主に萌乃がいろいろ語る話に時に相づちを打ったり、感じたことを口にしたりするだけだった。
「……何だか、あまり力になれてないような気がするんだけど」
そんな自分に気づいて才賀ががっくりと項垂れれば、
「ううん、そんなことない! 才賀くんがこうやって話を聞いてくれるだけで、わたし、すっごく心強いもの!」
萌乃はそう言ってくれた。
そう言われれば悪い気はしないが、それでももっとちゃんとした形で萌乃の力になりたいと才賀は思うわけで。
「萌乃はエッチなのがいいと思う!」
才賀は思い切って伝えてみた。
ちなみにここはファミレスである。
放課後デート――ではなく、打ち合わせをしていたのだ。
「さ、才賀くん、何を言ってるの!?」
萌乃が顔を真っ赤にして、小声で怒鳴るという器用さを発揮した。
周囲の視線を気にしてだろう。
なので才賀のさっきの発言も、小声だったりする。
「俺、萌乃の書く小説が好きだ。すっごく面白いって思ってる」
「あ、ありがと……」
「でも、一番いいなって思うのは、エッチなところなんだ。俺は萌乃にはエッチが似合ってると思う!」
才賀が言い切った時、ちょうど女性の店員がやってきて、
「こちら、お下げしますねー」
にこやかな笑みを浮かべながら、食べ終わった皿を片付けていった。
「さ、才賀くん、言い方! 言い方があるよね!? 今の、絶対に店員さんに変な誤解をされたよ!? わたしが、エ、エッチな女の子なんじゃないかって!」
「わ、悪気はなかった。反省している」
「もうっ、もうっ、もうっ」
ぷにぷにと頬をつつかれた。
「わたし、すっごく怒ってるのに、なんで笑ってるのっ!」
「……怒ってる萌乃もかわいいなって」
「そ、そんなこと言われたって、許すほど、わたしはチョロインじゃないんだからっ!」
とか言いながら、何だかうれしそうなんだよな……というのは、言わない方がいいだろうと、才賀は胸の内で呟くだけにしておいた。
「ま、まあ、でもっ」
萌乃は「こほんっ」と小さく咳払いをして、話を続けた。
「確かにわたしの小説、エッチなのがいいって言ってくれる人が多いのは確かなんだよね。……野平さんも、そこはすごく褒めてくれたし」
野平のことを話す時、萌乃は未だに苦しそうな顔をする。
……愛奈さえ、余計なことをしなければ、今頃、萌乃の小説は本になって、書店に並んでいたかもしれない。
才賀が関わってさえ、いなければ……。
「――また変なこと考えてるよね、才賀くん」
「……わかるか」
「わかるよ。だってわたし、才賀くんの、か、彼女だもん」
照れながらそういう萌乃が愛おしくてたまらなかった。
ファミレスじゃなかったら。
人目がなかったら。
思いきり抱きしめていたことだろう。
それができないので、テーブルの上にあった萌乃の手を握りしめた。
萌乃も握りかえしてくれる。
「確かに萌乃の言うとおり、変なことを考えてた。けど、萌乃の小説を最高のイラストで彩らせてもらう役を、俺は他の誰にも譲るつもりはない。俺がやるんだ。絶対に」
言葉だけじゃ伝わらないような気がして、才賀は萌乃の手をさらに強く握りしめる。
「うん、楽しみにしてる! ……けど、その前に、まずはわたしが小説を書き始めなくちゃ!」
「だな」
それから数日後。
萌乃は新作小説を、以前と同じ小説投稿サイトで発表した。
タイトルやあらすじ、小説を読んだ読者が気に入れば『お気に入り』をし、さらに『感想』という形でポイントを入れることができる。
野平が声をかけてきた作品は『お気に入り』の数は4000を越え、『感想』ポイントも同じく4000以上。
そのサイトではランキングも発表されていて、そこそこ高い位置にいたのだが、果たして新作の評価はといえば――。
「え、嘘……!?」
と萌乃が驚くのも無理はなかった。
まだ一話目しか公開していないというのに、前作を上回る『お気に入り』の数と『感想』ポイントが入っていたのだ。
しかも直接作者に思いを伝えることができるコメント欄には、好意的なものばかりが並んでいた。
『最高に面白い出だしで、続きが気になります!』
『これから先、どんなエッチな展開が待っているのか期待してますwwww』
『ヒロイン、ウブなのにエッチなことに興味津々とか! 前作以上にエロかわいいです!』
などなど。
中には『面白くない』『エロければ読者が喜ぶと思ってるみたいで不快』みたいな意見もあったが、そんなのは少数だったし、他の好意的なコメントに埋もれていった。
特に才賀たちが喜んだのは、
『書籍化して欲しいです……!』
『コミカライズもするんじゃ……?』
というコメントだった。
「才賀くん! わたし、がんばる! 勢いがあるうちに、更新めちゃくちゃする!」
喜びに浸る間もなく、萌乃はそう宣言して、実際、執筆した。
それこそ授業中も教科書の陰に隠れながら、スマホを操作して。
更新すればするほど、『お気に入り』の数と『感想』ポイントは増えていった。
そうして、当たり前のようにランキングは一位に。
「やったよ、才賀くん!」
朝、教室に登校してきた萌乃は、才賀の顔を見るなり、笑顔を爆発させた。
クラスメイトがいなかったら、抱きついてきそうだった。
「これで書籍化されるな」
「このサイトでランキング1位になった作品は、だいたい書籍化されてるから、たぶん連絡があると思う」
「たぶんじゃない、絶対連絡はある!」
「うんっ」
才賀と萌乃は、その日を待った。
だが、一日が過ぎ、二日、三日……一週間、二週間が経っても、どの出版社からも、ただの一度も連絡はなかったのだった。
それでも諦めないでがんばると言いながら更新を続ける萌乃の表情は日増しに暗いものになっていき――。
ドクターストップではないが、もう更新しなくていい。
今は少し休もう。
小説のことを忘れて。
ふたりきりでデートを楽しむのもいいかもしれない。
そう才賀が提案しようとした時だった。
お昼休み。
スマホで執筆していた萌乃が、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「さ、才賀くん、こ、これ! これ見て……!」
スマホを差し出してきて見せてきたのは、書籍化したい旨が書かれたメッセージだった。
「萌乃、やったな!」
「うんっ!」
だが、喜んだのも束の間、メッセージを読み進めていく才賀たちは、その顔を曇らせた。
というのも、メッセージを寄越してきたのが、聞いたことのない出版社だったから。
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