第25話 因果応報
その日愛奈は、久しぶりに
自身の、累計発行部数400万部を突破したシリーズと新作、その両方のアニメ化が正式に発表。
既刊すべてに重版がかかり、新作の第2巻の発行部数も合わせて、1000万部を突破。
才賀がイラストを担当した小説の発売日と、自分の作品のアニメ化発表と新刊発売を合わせたのは、もちろんわざとだ。
自分の作品のことで話題を独占し、才賀たちの小説を潰すためである。
「ま、そんなことなんかしなくても、あんな面白くも何ともない小説が話題になるなんてあり得ないだろうけど」
愛奈は部屋の隅に転がった才賀たちの小説を一瞥する。
一時的に自分の元から離れている才賀。
その才賀が面白いと言っていたから、どんなものかと手に取ってみたが……。
面白い面白くない以前の問題で、最悪だった。
読み進めることが苦痛でしかなく、数ページ読んで挫折。
こんなものを本にして出版するなんて、担当編集は頭がおかしい。
正気を疑う。
才賀が心配だ。
才賀が描いたイラストにも、まったく同じことが言えたからだ。
自分の小説のイラストを担当させていた時のような輝きが欠片もなくなっていた。
平凡以下。
みすぼらしくて、貧相で、正直、見るに堪えなかった。
原因はわかっている。
萌乃――いや、泥棒猫のせいだ。
あんな輩と過ごすことで、才賀は変わってしまったのだ。悪い方へと。
こんなことになるなら、自分の元を一時的に離れたいと才賀が言い出した時、止めればよかった。
そうしたら才賀がこんなに落ちぶれることもなかっただろうに。
しかし、才賀もこれでよくわかったはずだ。
自分から離れると、どんな目に遭うか。
どんな思いをするか。
自分たちの作品の評判を検索して、激しく落ち込んでいることだろう。
だが、いい勉強になったに違いない。
そして気づいただろう。
才賀にとって、愛奈という存在は掛け替えのないものなのだと。
「まったく、あたしもとんだお人好しよね。幼馴染みじゃなかったら、とっくに見放してるレベルなのに、それでも受け入れてあげようって言うんだから」
才賀は愛奈に感謝の土下座をする。
その姿を思い描くだけで、気分が上がってくる。
それだけじゃない。
自分の小説のイラストを、あんなわけのわからない奴に担当されたことも、才賀が戻ってくるまでの繋ぎだとわかっていても、虫酸が走る思いだった。
これまでにアニメ化された小説のイラストをどれだけ担当してきたか知らないが、全盛期の才賀と比べたら月とすっぽん――否、すっぽんと比べるのもおこがましい。
あんなレベルで、よく自分はすごいみたいなドヤ顔をしていられるものだ。
だが、そんな不愉快な思いもこれで終わる。
羅栄が担当するのは今回限り――。
愛奈がそう思った時、スマホに連絡が入った。
羅栄だ。
直接打ち合わせしたい時があるかもしれないと羅栄に言われ、連絡先を交換していたのだ。
「ちょうどいいわ。もう担当しなくていいって伝えておかないと」
今回だけだが、自分の小説のイラストを担当できたのだ。
羅栄も感謝するに違いない。
「もしもし。いいタイミングで連絡を入れてくれたわね。あなた、あたしの小説のイラスト、もう担当しなくていいから」
『ああ、それはよかった。そのことで僕も連絡したので』
「は?」
『キリナ先生の小説から外れたいと思いまして。このままだと僕まで巻き込まれて、あらぬ誤解を受けてしまいますから。キリナ先生からそう言っていただけて本当によかった。ありがとうございます』
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんた、何言ってるの!? 巻き込まれるって何!?」
『おや、言葉遣いが荒いですよ。……ああ、なるほど。それがキリナ先生の素ですか』
羅栄に指摘され、愛奈は思わず舌打ちしてしまう。
『ご自分のこと、ネットで検索してみてください。大きく燃え上がっていますから。俗に言う、炎上ってやつですね』
「は?」
『では、僕はこれで失礼します。僕が降りること、担当編集の方に話しておきますけど、キリナ先生からも伝えておいてくださいね。……ああ、泥舟から早く降りることができてよかった』
泥舟? いったい何が。
そもそも愛奈が羅栄を切るはずだったのに、まるで羅栄が愛奈を切るみたいな感じだったのも気にくわない。
「炎上……まさかこのあたしが? あり得ないでしょ」
呟きながら検索した愛奈は、表示された結果に唖然となった。
「な、何よこれ!?」
愛奈がこれまでしでかしてきた悪行のすべてを告発するというもので、
「何であいつが……!」
語っているのは野平だった。
しばらく前まで、わけのわからないメールを送ってきて何のつもりかと思っていたのだが。
愛奈は記事に目を通した。
愛奈の小説は、元々イラスト担当が別にいた。
その人物の名前をSとする。
Sに逃げられた愛奈は、Sが他で仕事をできないように画策した。
Sがイラストを担当することになった、デビュー間近であった新人作家Mの作品は自分の盗作であると、ありもしない罪をでっち上げ、あらゆる出版社に通達。
Mの作家生命を潰した――かのように見えた。
だが、Mは諦めなかった。
小説をひたすら書き続け、作品が書籍になる日がやってきた。
イラストを担当するのは、もちろんSだ。
それを知った愛奈は激怒した。
野平に対して、Sの腕を折ってでも、それを阻止するように連絡してきた。
野平は「もうやめた方がいい」「これ以上罪を重ねるのはよくない」「イラストレーターの腕を折るなんてひどすぎる!」と言ったのだが、愛奈は頑として譲らなかった。
最終的には、
『あ、そう。ならいいわ。あたしの言うことが聞けないなら、金輪際、あんたのところであたしの小説は出版させてあげないから。それでもいいの? ――本当にいいの?』
と脅されれば、野平には従うという選択肢しかなかった。
自分でやる勇気を持てず、ネットでそういうことをやってくれる人を集い、偶然を装って、Sの腕を折った。
愛奈に報告すれば「よくやった」と褒められたが、野平は思い悩んだ。
一度は完全にその芽を潰されたM。
Sに至っては愛奈の理不尽によって腕まで折られてしまった。
なのに愛奈は自身の作品のアニメ化が決まり、社会的にも成功を収めつつある。
こんなことが許されていいのか?
いいわけがない……!
野平は決意を固め、告発することにした。
もちろん、自分も出頭するつもりである。愛奈に脅され、仕方ないとはいえ、片棒を担いだ事実は、決して消えないから――。
記事をそこまで読んで、愛奈はスマホを投げつけた。
「何よこれ! あたし、こんなこと言ってない……!」
才賀を教育し直すために、泥棒猫が出版できなくなるよう
だが、自分がしたのは
野平に頼んで才賀の腕を折る?
そんなことはしない。絶対にしない。あり得ない!
もし、才賀を傷つけていいのなら、それは世界でただ一人、自分だけである。
自分以外の誰にも、そんな権利はない。
「あいつが才賀の腕を折るように仕向けたのね! 最低! あたしに出版を断られたからって逆恨みして! 絶対に許さない!」
愛奈が憤っていると、担当編集からスマホに連絡が入った。
それは記事が事実かどうか確認するもので、できれば編集部に来て欲しいというものだった。
状況次第では今後の進退に関わると言われた。
「進退って何よ!?」
苛立ちながら編集部に向かおうと家を出たところで、見知らぬ男女二人組に行く手を遮られた。
ただならぬ雰囲気に後ずさる愛奈。
女がポケットから何かを取り出し、愛奈に示した。
それは警察手帳だった。
「須囲才賀さん暴行の件で、お話を聞かせてもらえないでしょうか」
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