第9話 持ち込み
一瞬ではあったが、才賀は自分の見間違いを疑った。
こんなところに愛奈がいるはずないと。
愛奈がラノベを出版しているのは、この出版社じゃないからだ。
だが、愛奈はそこにいた。見間違いなどではない。
ならばなぜ? 愛奈はここにいる?
才賀と愛奈の視線が交錯した。
愛奈のことだ。口汚く才賀のことを罵るだろう。
どうして才賀みたいなやつがここにいるのかと。
ここは選ばれた者だけが立ち入ることができる場所。
最低最悪のイラストしか描くことのできない、才能なしはさっさと出ていけ。
こんなところだろうか。
しかし、才賀の予想はすべて外れる。
無視したのだ、愛奈は。才賀のことを。
スッと逸らされる視線。
これまで、一度だってそんなことはあり得なかった。
呆然としていると、聞き覚えのある声がした。
「お待ちしておりました、先生!」
野平である。
才賀と萌乃に気づくと、「……しまった」みたいな表情をしたが、それも一瞬のことで。
すぐに才賀たちのことを視界の外に追いやり、愛奈の元へ向かう。
「いいえ。あたしも今来たところですから」
才賀以外と接する時の態度を愛奈が見せる。
「そうですか。それではさっそく編集部の方へ。さあ、どうぞどうぞ」
才賀が「待ってください!」と呼び止めるものの、野平も、愛奈も、才賀たちのことなどまるで存在していないかのように無視して、行ってしまった。
追いかけようとしたが、ガードマンたちが行く手を遮った。
早く出ていかないと警察に通報する。
そう言われてしまったら、ここから立ち去らないわけにはいかなかった。
ビルから出る。
吹きつける風をひどく冷たく感じながら、才賀は言った。
「……あいつだ」
「才賀くん?」
「愛奈が、萌乃の小説を出版できないよう、手を回したんだ」
それ以外、考えられなかった。
その日、萌乃を家まで送り届けて自宅へと戻ってきた才賀は、ずっと考えていた。
このままでいいのか。
愛奈にやられっぱなしで、それでいいのか。
自分のことなら、まだ受け入れることができた。
これまでがずっとそうだったのだから、同じように我慢すればいい。
だが、今回は違う。
才賀だけの問題じゃない。
萌乃の小説が出版されないのだ。
萌乃は才賀のイラストが世に出ないことが申し訳ないと言った。
しかし、それは違う。
愛奈は才賀が萌乃の小説のイラストを担当すると知って、萌乃の小説の出版を潰しにきた。
つまり、才賀が関わっていなければ、萌乃の小説は出版されていたに違いない。
才賀の責任は重い。
どうすればいいのだろうか?
ベッドに入った才賀だったが、眠りにつくことはできなかった。
翌日、寝不足のまま、学校に向かった才賀は、萌乃の予想外に元気な笑顔に驚かされた。
「おはよう、才賀くん!」
「お、おはよう、萌乃」
愛奈の嫌がらせを受け、萌乃の小説が出版されなくなったのに。
どうして萌乃はこんなに元気なのだろうか。
「あのね、昨日あれからいっぱい考えたの」
それでね? と萌乃は言う。
「気づいたの。出版社はあそこだけじゃないって。だから持ち込みをするのはどうかなって」
「持ち込み?」
「うん。出版社に直接原稿を持っていって、読んでもらうの」
「……なるほど。そうすれば萌乃の小説を出版してくれるところが見つかるかもしれないわけか」
才賀が自分の責任を痛感し、苦悩している間、萌乃はこんなにも前向きだった。
「……すごいな、萌乃は」
「え、何が?」
萌乃が小首を傾げるから、才賀は自分が思ったことをすべて伝えた。
「……そんなことないよ。もし、わたしがそんなふうに見えるのだとしたら、それは才賀くんがいるから」
「俺が?」
「才賀くんのイラストをみんなに見て欲しいから。だからがんばれるの」
「萌乃……」
どうしてこんなにも萌乃はうれしいことを言ってくれるのだろう。
こんなにうれしいことばかり言ってくれる萌乃に、どうすれば自分は応えられるのだろう。
「……でも、それだけじゃないんだよね、本当は」
あのね? と内緒話をするみたいに、才賀に身を寄せて、萌乃が耳打ちしてくる。
瞬間、萌乃からふわりと甘い匂いが漂ってきてドキッとする。
「大好きな才賀くんのイラストで、わたしの小説の表紙を飾って欲しいなって。すごく自分勝手な理由だよね?」
「全然そんなことない」
「そうかな? ふふ、才賀くんにそう言ってもらえると、何だかうれしい」
萌乃がはにかんだ。
「でも、持ち込みをするにしても、問題があるんだよね」
「というと?」
「前回の出版のお話は野平さんから『書籍化しませんか』って連絡をくれたわけだけど、持ち込みとなるとこっちから売り込みに行くことになるわけで、それは必ずしも本になるとは限らないんだよ」
「何だ、そんなことか。なら、何も問題ないな」
「え、何で?」
「だって萌乃の小説は面白いから。本にならないわけがない」
「ま、真顔でそういうこと言うの、ずるい」
「そんなこと言われてもな。本当のことを言っただけだし」
「う~っ」
一瞬にして顔を真っ赤にした萌乃に、肩の辺りを叩かれた。もちろん、まったく痛くなかったが。
才賀が笑えば、萌乃も照れながらも笑った。
方針は決まった。
あとは行動に移すだけだ。
放課後、才賀たちはファミレスに向かい、そこで出版社に連絡を取った。
何件かはけんもほろろに断れ、さすがにそれは予想していなかったので驚き、数件目で挫けかけたが、才賀たちは諦めなかった。
ようやく話を聞くと言ってくれる出版社が現れ、アポを取り付けた。
大手出版社ではない。それでも出版社には変わりない。
ここで萌乃の小説を本にしてもらう。
そんな希望を抱いて編集部に向かった才賀たちを待ち受けていたのは、希望を打ち砕く現実。
否、
「あなたたちには盗作疑惑があるんですよ」
という編集者の言葉だった。
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