第18話 嵐の前の…
才賀は萌乃と約束していたことがあった。
萌乃の小説が本になって書店に並んだら、一緒に書店巡りをしようというものだ。
「なあ、萌乃。あの時交わした約束、まだ有効だよな」
「才賀くん、覚えててくれたんだ」
「当たり前だ。忘れるわけがない」
「ありがとう! もちろん有効だよ! 絶対、一緒に行こうね!」
萌乃がうれしそうに笑うから、つられて才賀も笑った。
昼休み。
才賀たちは学校の裏庭で昼食をとっていた。
陽射しはあるが、人気はなくて、ふたりきりになれる絶好の場所だった。
才賀が約束を口にしたのには理由があった。
愛奈のせいで、その約束が果たされないかもしれない事態に陥ったことがあったからだ。
最後に愛奈に会って以来、才賀は愛奈を見ていない。
――というと、正確ではない。
一度だけ、見かけたことがある。
体育の授業が終わって、クラスメイトと次の授業がかったるいとか何とか言いながら、体育館から教室へと移動している時だ。
クラスメイトと談笑しながら廊下を歩く姿は、才賀の前で見せていた姿とは、相変わらずかけ離れていた。
その姿を才賀にも見せてくれていたなら、今頃、才賀と愛奈の関係はまったく違うものになっていたはずだ。
そんなことを思ったが、あり得ない仮定に意味はない。
愛奈は唯我独尊を貫き、才賀をまるで玩具か下僕のようにこき使った。
それが現実。
才賀と愛奈の道が再び交わることは、ない。
それだけはあり得ない。
絶対に。
しかし、才賀自身がそう思っていても、愛奈はどうかわからない。
ありもしない盗作疑惑をでっち上げ、いろんな出版社に根回しまでして、萌乃の小説を出版できないようにしてきたのだから。
そのせいで、萌乃との約束が叶わないまま、終わる可能性だってあった。
愛奈の気性を考えれば、これで諦めたとは考えられない。
絶対にまた、何か仕掛けてくるはずだ。
だが何を?
前回と同じく、ありもしない罪をでっち上げ、それを萌乃に押しつける?
再び萌乃の小説が出版されない、なんてことになったら――。
「才賀くん、どうかした? ご飯、食べる手が止まってるよ?」
気がつけば、萌乃が才賀の顔を覗き込んでいた。
「あ。も、もしかして食べさせて欲しかったりするのかな……? あ、あーんって」
恥ずかしそうに言う萌乃があまりにもかわいかったから、才賀は思わずうなずいていた。
「そ、そうなんだ。……うん、わかった。じゃあ、はい。あ、あーん」
萌乃が卵焼きを箸で掴んで、差し出してくる。
「あ、あーん」
と食べた時、萌乃が「ちょ、ちょっと待って!」というが遅かった。
「え、なんで?」
「だ、だって間接キス……」
「……なるほど」
顔を真っ赤にした萌乃が「うー」と上目遣いで睨んでくる。
「かわいいな」
「え?」
「……ちょっと違った」
いや違わないが。
才賀の言葉に「ほあっ!?」となって、目をぐるぐるさせている萌乃を見れば、何だかおかしくなる。
「キス、散々してるんだから」
今さら間接キスで真っ赤になるとか。
「そ、それはそうなんだけど……! それとこれとは違うというか……!」
手をわちゃわちゃさせて言いつのる萌乃。
「……ちなみに才賀くんも顔、すごく赤くなってるからね?」
「急いで塗ったからな」
「塗ったの!?」
冗談だと言えば、萌乃は「もうっ」と笑った。
ちなみに萌乃が食べている弁当と才賀が食べている弁当は、萌乃の手作りだったりする。
初めて作ってきてくれた日、萌乃はこう言った。
『才賀くんに食べて欲しくて、がんばってみました』
『そんなこと言われたら、たとえ塩と砂糖を間違って入れてたとしても、絶対に食べきる』
『そんなベタな間違いはしないよ! ……これでもおうちではお母さんの手伝いしてるんだからね? ちょっとは自信があるんだから』
そういうだけあって、確かにおいしかった。
次は何が食べたいか、萌乃が聞いてきたので、ご飯を頼んだ。
「はい、あーん」
楽しそうに萌乃が笑う。
この笑顔を守りたいと才賀は思った。
だから、愛奈が何をしてきたとしても、絶対に阻止する。
そして萌乃の小説を本にするのだ。
「そういえば才賀くん、秋帆さんから連絡もらってたよね? 何だったの?」
ここに来る前のことだ。
「俺が描きまくったラフ画を宣伝に使いたいって話だった」
まだまだ萌乃の世界観を表現し切れていないと思ったが、萌乃の小説のためにどうしても必要だと言われれば、才賀に断る理由は何もない。
ラノベは初速が大事だと秋帆は言っていた。
早いものだと、発売して数日のうちに、シリーズ打ち切りが決まる、なんてこともあるらしい。
そのため、発売前にどれだけ話題を集めることができるかが勝負になるらしい。
いいものを作れば、面白いものであれば、それだけで売れると思っていた才賀は、そんな話を聞かされ、驚いたものだ。
「わたしも言われたよ。改稿作業しながら、連載も続けて欲しいって」
萌乃が言った。
「楽しみだな」
思うように萌乃の世界観を表現できないもどかしさはある。
だが、それを上回る、喜びがあった。
まさか、自分がイラストを描くのを楽しみに思う日が来るなんて、思ってもいなかった。
発売まで3ヶ月。
小説だけに取りかかっていられるわけじゃない。
学校行事や定期試験もある。
正直、めちゃくちゃ大変だ。
だが、それがどうした。
萌乃のため。
そう思えば、どんなことだってやれる。
才賀の気力は、かつてないほど充実していた。
※※※※※
才賀と萌乃がそうやって過ごしていた、その週末。
愛奈は出版社に来ていた。
新刊と、イラストレーターの打ち合わせをするためだ。
これまでは愛奈一人で小説とイラストをやってきたということになっていたが、本当は違う。
イラストを描いていたのは才賀。
最初はまったく駄目で、見られたものじゃなかった。
だが、愛奈の
そう、才賀がイラストを描けるようになったのは、愛奈のおかげ。
愛奈が才賀の才能を育てたのだ。
その才賀は今、物珍しさだけが特徴のモブに気を取られているため、愛奈のイラストを描くことができない状態が続いている。
最初はそのことに苛立ちもしたが、愛奈は寛大な気持ちで才賀を許すことにした。
大丈夫。最終的に才賀は自分の元へ帰ってくる。
それは当たり前のこと。
才賀が再び愛奈の小説のイラストを担当することは、決定事項なのだ。
だが、あっさりと許すわけにはいかない。
才賀には自分が何をしてしまったのか、きちん理解させる必要があるからだ。
そのためのプランは考えている。
そういった諸々を出版社は知らない。
だから新刊のイラストについて話をした際、愛奈はこう言った。
『すみません。今回発表した新作、重版するまでに一週間もかかったことがどうしても許せなくて……。だから小説に集中したいんです』
と。
担当編集は、まずこう言った。
現在、ラノベ業界の売れ行きは厳しいものがある。
そんな中、新作を発売して一週間で重版するのは、充分すごいこと。
愛奈の小説はそのイラストも訴求力があり、魅力的だが、愛奈自身がそういうのなら、その意思を尊重したい。
イラストレーターの候補がなければ、こちらで探しておく。
才賀以外のイラストレーターなど
つまり、激しくどうでもいいと思いながら、任せることにした。
愛奈が会議室で待っていれば、担当編集と男が一人やってきた。
年齢は二〇代前半。
背は高く、スラリとしている。
明るめの茶色で染めた髪をワックスで自然な感じにまとめていた。
まるでユニットやグループを組んでいるアイドルのようだった。
担当編集の紹介を受けて、男が名乗る。
「どうも、初めまして。イラストレーターの
羅栄はいろいろな作品名をあげ、その中にはアニメ化して成功したものも含まれていた。
「話には聞いていましたが、キリナ先生はずいぶんかわいらしい方なんですね。一目惚れしてしまいそうだ」
そう言って、羅栄は爽やかに笑った。
愛奈はそうとわからせないよう、適当に羅栄の話を受け流し、一区切りついたところで担当編集に言った。
「以前、お話に出たあの件なんですけど……進めていただきたいと思うんです」
愛奈の言葉に喜ぶ担当編集。
愛奈も担当編集とは違う意味で悦んでいた。
これで才賀の目を覚まさせることができる、と。
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