遊奉戦隊エクレンジャー

司弐紘

序章 善人は大変

第1話 「アナタタチノアクジモココマデヨ!」

 いきなりだけど日本語は難しいよね。


 そういうお題目を、聞くだけなら聞いたことある人は結構いると思う。

 でも、実感しようと思うとなかなか難しい。

 ところが僕はその難しさを体感している真っ最中だ。


 具体的には――


「正体がばれてはいけない」


 と、


「正体をばらしてはいけない」


 なんだよね。


 ――同じだろうって?

 

 全然違うんだ、これが。


 今は昼休み。とは言っても弁当を食べ終えて、友人と昨日の野球中継でピッチャー交代のタイミングについて侃々諤々の議論を交わしていた、そんな余白のような時間帯だ。


 余白は余白なだけに、白いままでいて欲しかったが、一月前――つまりは僕がこの鐘星高校に転校してから僕の余白は赤色で染められることとなってしまった。


 突如、校内放送で鳴り響く、おどろおどろしいイントロ。


 これは非常呼集を知らせる代わりに流れる音楽。

 百貨店とかで、雨が降り出したら「雨に唄えば」が流れるのと、同じ理屈……多分。

 

 元は「電子戦隊デンジマン」という戦隊ものの曲らしいが、元の歌を知らない僕にとっては、緊張感を強いるだけの効果しかない。


 正直、携帯鳴らしてくれた方が良いんだけど、こういうのも“美学”の範疇らしい。


「お、赤月あかつき呼んでるぞ」


 ハウンドドッグの中継ぎ、久保田の投入タイミングについて、僕と見解を異にしていた木村がわざわざ教えてくれた。色のついていない名字の持ち主には平穏が与えられるらしい。


 そして僕、赤月あかつき尚人なおひとには貴重な経験が与えられる。


「今日はどんな奴が相手だろうな」


 見物する気満々らしい。

 こいつは僕が『正義の戦士エクレッド』だと知っている。


「何のことかよくわからないな。あ、ちょっとトイレに行ってくる」


 ――おわかりいただけただろうか?


 これが日本語の難しさだ。相手にはバレバレなんだけど、僕からその正体をばらしてはいけないわけだ。だからこんな茶番を演じるしかない。


 それに――僕の正体は、エクレッドではなくただの高校二年生、赤月尚人という方が正確じゃないかな?


 これも日本語の難しいところだよね。


                ☆


 そんなこんなで、真っ赤なスーツに着替えて――変身ぐらい出来てくれないものかと思うのだけど――校舎の屋上に上る。


 今日の秘密結社ニュクスの出現位置はここであるらしい。


 大学の実験場とかに行かされた時は泣きそうになった。

 だけどヒーロー特有のバイクなどの移動手段は、メンバーの誰も免許を持っていないし、仕方がないといえば仕方がない。


 では、なんとなく気合いを入れ直そう。

 

 屋上で梅雨入り前の穏やかな気候を枕に、食休みをしていた生徒達の平穏を奪うとは、なんとひどいことを~~~。


 よし。


 さて今日の怪人は――まず一番奥に首領であるレディ・ニュクス。


 改めて考えると、あの格好は何なのかな? 襟ぐりが随分開いた学ランのようなものを羽織り、上半身から大腿部まですっぽりと隠している。そして同じく真っ黒なニーソ。

 肩からは真っ白のマントをはためかせ、頭の上にはカチューシャというか宝冠。


「おのれ、またしてもエクレンジャーか!」


 出来ればその名前を大声で呼ばないで欲しい。

 様式美というものがあるらしいけどさ。


「ええい、忌々しい連中だ!!」


 と、上司に被せてきたのがジェネラル・ストーン――と名乗っている、痛々しいコスプレ中年のおじさんだ。ちなみに本名は石上という名前らしい。もう少しひねりが欲しかったね。


 今日はクイーン・キャッスルはお休みの回だな。


 ……思ったけど、上司より部下の方がよほど偉そうな名前だよね。


 今日の怪人は……何だろう? なんだか紙くずの集合体みたいだけど。


 何を執拗に攻撃しているのかと観察してみれば、男女二人組でまったりとしている連中がたむろしているあたりだった。


 ……今日はこのまま帰っても良いんじゃないかな?


「アナタタチノアクジモココマデヨ!」


 電子音もかくやという、棒読みの口上が僕の横から聞こえてくる。


 あ、そうか。


 そういえば僕はレッドだった。焦れたグリーンが催促してきたんだな。


 改めて左右を見渡してみると、右に青と緑、左に黄と桃がスタンバッている。僕が転校して来るまでは青の人がリーダーだったはずなんだけどなぁ。


 青は簡単にその座を赤に明け渡した。


『宇宙を駆ける戦いの赤い星! エクレッド!!』


 でも任されたからには、ちゃんとやる主義の僕は声を張り上げた。

 茶番にしか思えなくても。


『連綿と続く川の流れは伝統の証! 鮮烈の青! エクブルー!!』


 相変わらず良い声だなぁ。


『じっくり煮込んだ栄養たっぷりコンソメの黄! エクイエロー!!』


 この辺からおかしくなる。


『女性の乳首は桃色にこだわらない! エクピンク!!』


 これでマシなったのだと主張して、何人が信じてくれるのか。


『緑の地球を護るため! エクグリーン!!』


 そしてオチ担当が役目を放棄して終わる。


 さすがに慣れた名乗り上げなので、本人の意図はともかく棒読みではなくなっているところが、悲しいね。


 あ、また僕の番だな。


『ならぬ命を天へと還す! 我ら遊奉戦隊!!』


 五人で、一斉にポーズをとる。


 ――エクレンジャー!!!


 掛け声が屋上にこだまする。


 あ、その後は普通に勝ちました。

 ロボット戦は無いんですけどね。

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