第23話 だからエクソシスト・レンジャー

「最近は赤月君のおかげで、そういった不安も取り除かれつつあるようですし」

「ですがそれでは、その人工生命体の方が……」

「サンプルは今でも十分にあります。それを研究するのは結局“私”でしかないわけですから」


 石上教授は?


 と突っ込みたいが、それはしないでおく。


「それに何だか、最近もう少しであの生命体の秘密を解き明かせそうな予感がするんです。ええ本当に予感だけですけど」


 そういった岸田さんは再び微笑んだ。


 それは……


 僕は思わずうつむいて考え込んでしまった。


「私と姉は、悪霊が取り憑いた派よ」


 突然に緑陸が口火を切った。


「だからエクソシスト・レンジャー。略してエクレンジャー」


 正直言うとね。

 聞いた瞬間にひっくり返るかと思った。椅子ごとね。


 それをしなかったのは、たまたまウェイトレスさんが注文の品々を持ってきてくれたからという理由しかなかった。


 一瞬の羞恥心の上昇がなければ、恥も外聞もなくひっくり返っていただろう。


 とにかく、おおかたの情報は揃った。もはや思い悩む時間は過ぎ、今は戦うべき時だ。


 僕は顔を上げると、心持ち強めの眼差しで緑陸を睨み付ける。


「そもそも、悪霊を呼び出したのは私なの」


 再び機先を制されてしまった。


 この女――会話の流れを完全にシミュレート、そしてデザインしているな。


「円ちゃん……」


 どこか諦めたような口調で岸田さんが言葉を添えてくるが、それで緑陸を止めようという心づもりではないようだ。


 恐らくは、この件については散々に話し合って……もしかしたら今でも結論は出ていないのかも知れない。


「夜子お姉ちゃんが亡くなる前に、私は喧嘩してるの。その後にお姉ちゃんは姿が見えなくなって――」

「それは緑陸のせいなのか?」


 最後まで言わせず、僕は素朴な疑問の態を装って尋ねてみる。


 いや、恐らくはそんなやりとりも散々やってきたのだろう。だから僕のこの割り込みは――ほとんど事務的な手続きに近い。


「夜子お姉ちゃんが――亡骸で見つかった後に、私はそれを絶対に許さなかったの。死んじゃって居なくなることを許さなかったという事だと思う。泣いて喚いて大変だった……とそんな風だったらしいわ」


「それを覚えてないのか……」


「覚えていないというか――そのあたりの記憶が塗りつぶされている感じ。その……感覚的な言い方で良いなら“哀しい”という感情に」


 思わずリアクションに困る告白だ。

 ここは事務的に処理していくか。


「つまりは、その緑陸の叫びが悪霊を呼んだという解釈になるのか?」


 そういえばレディ・ニュクスも、あの会合の時、そんなようなことを言っていたな。


「あるいは、それが私にストレスを掛けて、もう一つの人格を生み出した」


 岸田さんがフォローしてくれた。


「けれど、夜子さんが出てきたのは、その……最近とは言い難いですが、事故当時というわけではないんでしょう?」


 そんな僕の指摘に二人は顔を見合わせる。

 そして同時に口を開き掛けたが、お互いに譲り合って結局緑陸が答えてくれた。


「私の叫び声が悪霊を呼んだとしても、もう一つの人格を生み出したとしても、出てくるきっかけは一つしかないでしょ」


 ここで謎かけか……いや、レディ・ニュクスとしての活動を考えれば答えは導き出せる。


 レディ・ニュクスのあの能力のベースにあるのは、恐らくは岸田さんの研究している何らかの学問――分子物理学とか聞いた覚えがある――であることは間違いない。


 だから知識として、岸田さんの頭の中に今の研究テーマが形を為したとき、レディ・ニュクスは顕現した……


 なるほど、これならある程度の説明は付く。


 想像で絶対的に足りないところを補うのであれば……


 僕は再び緑陸を睨み付ける。


 元々、この状況がイレギュラーなのだ。意図的にそれを隠しているとしか思えない。


 あれだけ、会話をデザインできる緑陸がそれを忘れるはずがない――これは信頼と呼んで良いのかな?


 なんだか自嘲の笑みが浮かんでしまうのを、抑えきれない。


「気がついてくれたみたいね」


 そんな緑陸の言葉に、一瞬ついて行けなくなる。


 ああ、そうだった。


 答えが同じになるという話だったか。

 そこは肯定するとして、次に話を進めるには……


「――そこまで緑陸が関わっているのなら、やはり最終回と緑陸のエピソード消化回を同時にやった方が良いだろうな」


 この会合はそういう話し合いをする場であったことを、手探りで思い出しながら提案してみる。


「具体的にはどうするの?」


 と、身を乗り出して尋ねてきたのは岸田さんの方だ。


 いや確かに、最終回を迎えれば治療完了――もしくは祈祷完了――ということになるのだから熱心になるのもわかるけどね。


 やっぱり、この反応には違和感を覚える。


「……僕が収集した情報と照らし合わせて考えてみると」


 ちょっともったいをつけながら切り出して、同時に心の整理。


「戦隊ものですから、戦いの要素は外せません。まず何とかエフェクトをこしらえて、レディ・ニュクスに大ダメージが入ったように見せかけます」


 これは同時に、もう一つの人格なり、悪霊なりにダメージが入ったと納得してもらう作業ということになるが、それは言わないでおく。


 何しろ本人が目の前にいるからね。


「これで、弱り切ったレディ・ニュクスに緑陸から……」


 なんと言えばいいのやら。


「なんて言えばいいの?」


 それを今考えてるんだ、とは言い返さない。


「それぐらい自分で考えてくれないか。緑陸が呼び出したと言うことなら、それを還すための言葉だろうな、普通は」


 一応、悪霊派らしいのでそれっぽい言い回しで混ぜっ返してみた。

 実際、それぐらいの作業を受け持ってくれてもバチは当たらないと思うんだ。


「呪文……とか」

「それ相手にも通じるなら良いんだけどな。それっぽいのを入れてくれても良いけど、日本語は入れてくれた方が良いと思う。と言うか入れてくれ」


 そこで緑陸は考え込んだ。


 せいぜい考え込んでくれ。どうせ後から、また二人きりで話すことになるんだろうからな。どう考えても、これはそういう流れになる。


「私に何か協力できることはある?」


 岸田さんの申し出には、こう返しておく。


「そうですね。一番の理想を言えば、新しい武器ですね。どうもお約束では段階的にパワーアップしていくらしいですから。もちろん破壊力はいりませんが、視覚的に派手な効果があるのが一番です。石上教授の話では各研究所に恩があるようですから、面倒でしょうけど協力を呼びかけてもらえませんか?」

「は~~~~」


 と、突然岸田さん、何だか抜けた声を出す。


「頭良いのね、赤月君」


 いや、准教授にそんなこと言われても。


「わかったわ。やってみる。私、あのスーツ作った以外何にもしてないから、今度は頑張るわ」


 笑顔で、そしてぐっと握り拳を握ってみせる准教授。


「よろしく頼みますよ」


 僕はそう答えながらも、視界の隅に難しい顔をしている緑陸を見つけていた。

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