第24話 表現できる言葉を人類はまだ手にしていない。
予定通り――いや予想通りと言った方が正確かな。
岸田さんは予定があるとのことで、地元に戻って来るなり大学へと帰っていった。暇で仕方のない高校生にはそんな緊急の用事は無いので、ブラブラと歩いて帰る。
買い物のために出かけていた街から、乗り継ぎ無しの一本で利用駅にたどり着けるのは便利といえば便利なんだろうけど、そこは学生相手の駅であるから、住宅街からは結構離れていた。
すでに陽は随分と傾いており、女の子を送るべきか、はたまた送らずとも明るいうちに帰れそうなのか、なかなかに微妙な時間帯。
しかし僕は、その点については迷うことはなかった。
必ず、緑陸から話を振ってくる。
そう思いながら、緑陸の背中を見ながら歩くことかれこれ十五分ほどだろうか。
帰るつもりであれば、そろそろ別れなくてはいけないここは、昔、干拓用に使われたという用水路縁のまっすぐな道。
一般には河川敷とか言われるような、そんな場所だ。
え~~っと、空気を読むと今から告白タイムでも訪れそうな雰囲気であることは、一応書いておこう。
もちろん、僕は緑陸にこれっぽっちも恋愛感情はない。
緑陸も……ないな。
「ちょっと」
そんな妄想の迷宮に迷い込んでいる内に、いつの間にか緑陸が振り返っていた。
その表情には険しかなく、もちろん告白タイムなんかであるはずはない。
まずは気を落ち着けるために……
「そんなに何度も、私の胸の薄さを確認しなくても良いから。君、突然遠い目をしてそういうの確認してるでしょ」
な、何だと!!
この女、やはり侮れない!!
「朝子さんのは、そんなに何度も確認してなかったけど、もしかして小さい方が好みなの?」
「いや、巨乳は身を滅ぼすと考えているだけだ」
これはいったいどんな状況なのか。
ある意味待ち望んでいた、緑陸との会話が始まったというのに、この会話の内容いったい何?
「じゃあ、ちょっと覚悟した方が良いかも。気付いてるんでしょ?」
実際、ある程度会話の予想をしていなければ、この段階でかなり慌てることになっただろう。
だが、その緑陸の言葉は僕が待ち望んだ会話への入り口だった。
「岸田さんの人格が統合しつつある――そんな話か?」
「そういうところは本当に信頼を裏切らないわね。それをわかってもらうために、今日は朝子さんを連れ出したんだけど。君が来るとなったら、一も二もなくうなずいたわ」
さて、この場合なんと返すのが適当なのかな。
カフェでの会話の途中に感じた、岸田さんの僕に対する距離感のおかしさ。
だが、あれは相手がレディ・ニュクスであると思えば、さほどの違和感を感じない。
その他にも、人格の統合を示すような兆しが確かに確認できた――素人考えだけどね。
しかしそうなると、おかしな話がある。
「君は悪霊派じゃないのか?」
「今の朝子さんの様子を見る限り、それも撤回しないといけないわね。私としては、朝子さんのあの状態が治るのなら自説に固執しようとは思わないわ」
緑陸は、ふと視線をそらす。
「今は確かに、快方に向かっているように思えるもの」
何か諦めたように見えるのは、同時に僕のやり方を認めたという意思表示でもあるからなのだろう。
「それじゃあ、もう一つ聞きたいことがある」
「わかってる。レディ・ニュクスがあの能力を持ってしまった理由でしょ。そしてそれは私が原因を作ったとしか思えないものね……やっぱり気付いていたか」
そりゃ、気付くよ。
しかしあの場で、言わないって事はもしかしたら今まで一人で抱えていた秘密なのかも知れない。
だが――関係ない。
確実に最終回を迎えるためには、正確な情報が必要だ。
「夜子お姉ちゃんとの喧嘩の原因はありふれた理由。私が大事にしていたお人形を――」
「お人形!?」
思わず、声を上げてしまった。
そんなキャラに合わないことを……とか考えていたら、緑陸にものすごい眼差しで睨まれた。
「――夜子お姉ちゃんが壊したの。あの人は、もうヒーローものが病的に好きだったから、朝子さんと違って、もう何もかもが雑で……」
理論展開が無茶苦茶だが、そこは突っ込まないでおく。
何も知らない人から見れば、粗暴なイメージがあっても仕方ないだろうし。
「それで色々あって壊したの。で、その後がまた最悪で、当時の何かはわからないけど、ヒーローもので割と簡単に生命体を作り出せるような話だったらしいのよ、それを引き合いに出して簡単に直るようなことを言うものだから――」
そ、そこまで、明確に覚えているのか。
確かに緑陸のキャラクターだと、何もかも忘れたと言うよりは納得できるところはあるが……
だがこれで、レディ・ニュクスの能力がどういう由来なのかもはっきりとした。
その言葉が未練となって、あの能力を得た――そういうことなのだろう。
「――それで、いい加減なこと言うな、とかいう感じで怒鳴りつけた?」
話を先に進めるために、少し言葉を添えてみる。
「そこまではさすがに覚えてないわ。無責任な話だけどね。それが夜子お姉ちゃんを死に追いやった言葉だというのに」
緑陸の瞳に涙はない。
もう涙も枯れ果てたと言うことなのか、それとも時間がその経験を記憶へと変化させたのか。
「――直すまで帰ってくるな、とでも言ったか?」
「だから、覚えてないんだってば。ただ、その翌日には夜子お姉ちゃんは……」
「どういう死因なんだ? 殺されたとか?」
「本当に遠慮が無くなったわね。死因は溺死よ。発見されたのはそこの用水路。雨で増水もしていたみたい」
緑陸は傍らで、静かに流れている用水路に視線を落とす。
「それなら確実じゃないか。原因は緑陸の言葉じゃなくて、単なる事故。その前日に喧嘩をしていたのはただの偶然。これ以上、明確な答えはないよ」
「そんな風に……周りの人が一杯言ってくれたわ。それに嘘はないでしょうし、頭の中だけで考えるならそれで良いんでしょうけどね。心がそれで納得できると思う?」
それは――無理だろう。
だが、そうしなければ心は永遠に痛み続ける。
頭で考えた理屈で心を癒す。
そうしなければ、人は前には進めない。
「……だからね、私は思うの。私が夜子お姉ちゃんの死を徹底的に拒否したって話はしたわよね」
「……ああ」
「それはね、きっと何処までも利己的なの。私の心が痛むから、私の間違いが無かったことになるから、どうかその死をやり直して――きっと幼い私が思っていたのはそんな事よ」
「それは自虐的に過ぎる」
そこだけは僕は即座に否定した。
「いいえ。そこは間違いないわ。だってこれはあの人が出てきて、それから考えて考えて考え抜いて、辿り着いた結論だもの。だから、あの人が出てきてからの日々は私には――」
緑陸は黙り込んでしまった。
しかし、その先の言葉は紡ぎ出せないだろう。
きっとそれを表現できる言葉を人類はまだ手にしていない。
きっとそれは苦痛の日々。
きっとそれは贖罪の日々。
だが、そこにあるのはきっと――そんな曇った空の一日ばかりではなかったはずだ。
だからこそ、緑陸はさらに自分を許せなくなったのかもしれないが……
「赤月君には感謝してる。今度こそあの人を送り出すことが出来そう――そうだわ。最後の台詞を『もう、お前はいらないんだよ!』とかにしてみましょうか 」
「それは却下だ。全然戦隊ものじゃない」
「そうね。了解リーダー。仰せのままに」
そんな風に言う、緑陸が初めて見せてくれた笑顔はとても――寂しそうだった。
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