第22話 僕は周囲視が得意なんだって。
それから数日後――
いよいよ日差しもきつくなり、気象庁が梅雨明けを宣言するのも時間の問題。学生の身としては間近に迫る期末テストに怯えながらも、その先に見える夏休みに心躍らせるのが真っ当な生き方というものだろう。
夏休みに向けて、彼氏彼女なりを作っておこうなどと考えたところで、誰が責められよう。
だから休日に、同じ学校の同じ学年の女子と二人きりで会っていたところで、取り立てて責められるいわれはないはずだ。
つまりラスボス――緑陸攻略に取りかかったわけだが、それでも何でも最初にやることは仲間へのインタビューであることに変わりはない。
その段取りを整えるために、携帯で連絡を取ったところ、
「他の仲間はいないところで話がしたい」
と条件を出された。
実のところ、
えーと、僕が邪悪すぎるせいだ、という苦情は後で受け付けるかも知れない。
それで指定されたのが、田舎町のベッドタウンとしか表現の仕様のない、大学のある界隈から、電車に乗って二十分というなかなかの距離にある繁華街。
そこまで人目をはばかるような内容なのだろうか? とも思ったが、
「夏物買いに行くからそのついで」
とのことだ。
何という雑な扱い、とも思ったが、夏物入手は僕だってやらなければならないことでもある。
そして端から見るとデートに見えることは予想はしていたが、重ねて言うように、それだけであれば責められるいわれはない。
ただ、そこに眼鏡巨乳の女性まで同行しているとなるとどうだろう。
僕は、この状況でも正義を主張できるだろうか? 今、エクレッドには正義はあるのか?
おのれ緑陸め。
まさかここで衆を頼むとは。
「赤月君、じゃあそこのお店でお話ししましょうか」
問題の眼鏡巨乳――岸田准教授から声が掛けられた。
示された店は、大学の学食にあるような偽物ではなく、外見上本物のカフェに見える店舗だった。オープンカフェまであるという。
どうしてこの街は、さほど都会でもないくせに、そんな小洒落た衆人環視システムを実装しているのか。
「あ、お世話になってるし、ここの払いは私が持つから」
それはありがたいんですけどね。こういう気取った店、バカみたいな値段つけてるところがほとんどだから。
にしても、なんだろう?
この距離感は。
こんなに親しくはなかったはずだけど。
最初はエクレンジャーの司令官的ポジションかと思っていたけど、そんなことはなく、それよりも時々思い出したように出てくる博士――いや博士号は本当に持っているんだろうけど――的なポジションであるばかりだったのに。
今の僕ならむしろ、レディ・ニュクスの方が……
「赤月君、お言葉に甘えましょう。ちょっと無理をしすぎたわ」
ちなみにショッピングモールでそれぞれが勝手に買い物をしていたので、正直この瞬間まで二人がどれほど買い込んでいたのかは知らなかった。
付き合わなくてよかった、と心底思った有様だったことは記しておこう。
僕は目的を見失っていなかったので買い物は軽くで済ませておいた。もちろん、おごってくれるというならそれを断ったりはしないけど。
三人で揃って白いテーブル席に腰掛け、僕はアイスコーヒーを注文した。
何より冷たい物が欲しくて、その要望に忠実に従ったわけだ。
女性二人は、何だか魔法の言葉を呟いていたが恐らくは飲み物と何かしらのケーキなのだろう。この暑いのによく脂肪分を摂る気になるよね。
だがそれを指摘して、敵愾心を煽る必要性も感じない
僕は注文の品が来るのを待たずに切り出した。
「レディ・ニュクスへのインタビューは成功したと言っても良いと思います」
切り出し方はこれで正解のはずだ。
果たしてその記憶を岸田准教授は持っているのか? という疑問もここで解決しておこうという算段なんだよね。
問題の准教授は今日はさすがにそれなりの格好をしている。
清潔感あふれる白のブラウスに、品の良さを感じさせる膝丈のスカート。
で、眼鏡で巨乳。
服の上からでもわかる――いかんいかん。僕がどっちに重きを置いているかすぐにわかるような説明じゃないか。
「それで彼女の主張を、あなた方が何処までご存じなのか、もっと言えば――」
僕はそこで言葉を止めて緑陸を心持ち睨んでみた。
最初から緑陸が詳らかに説明してくれていれば、手間は大幅に省けたかも知れないのだから、文句の一つも言う権利はあるだろう。
その緑陸は? と言えば、ライトグリーンのワンピース。普通に緑が好きな色なのかも知れない。
胸部装甲は相変わらず政治家が裏から削ったみたいな薄さを誇っているから、女装男子と言っても通るかも知れない――安心して良いよ。僕は周囲視が得意なんだって。
「――エクレンジャーを創設したときの話を聞かせてもらいたいですね。緑陸、君のお姉さんが随分絡んでいるらしいじゃないか」
「そうね」
あっさりと肯定してその後、
見事にいつもの緑陸だ。
ここ最近の進展にどこか動揺しているのではないか――出来れば動揺していて欲しい、と期待もしていたのだが、僕からの呼び出しですっかり覚悟を決めてしまっていたらしい。
少なくともこの会合の間に揺らぐことはなさそうだ。
その代わり、というわけではないだろうけど岸田准教授が返事をしてくれる。
「姉さんの――岸田夜子の記憶は私にはないわ。少なくとも赤月君と話した記憶はないの」
「彼女の……説明が難しいですね。その悪役やってる理由は?」
迂闊に話して、症状が悪化しては元も子もない。
「あ、大丈夫です。そのあたりは要ちゃん――円ちゃんのお姉さんから随分前に……」
「知ってたんですか?」
声が裏返らなかったのは奇跡と言っても良いだろう。
最初からその情報があれば――
いや、話を持ちかけられた段階でその話をされてもどうしようもなかったかな。
とにかく自由に話しても問題ないという状態である。
……というところに前進を認めるべき、としておこう。
「では、岸田さん自身は夜子さんはもう一つの人格と捉えているということで良いんでしょうか?」
「それで安心できるのであれば、私はそれで納得できます。それと同様に、姉の魂が私にとりついている――」
岸田さんは、にっこりと微笑んで見せた。
「それで納得できるのならそれはそれで構いません」
「しかし、自分の身体が知らぬ間に勝手に何事かを行っているわけでしょ? それは恐怖なのでは?」
「そういう時期もありましたが、今では彼女が何をしているのか、そして何をしようとしているのかは実に限定的ですから。しかも、彼女は生命を作り出すことが出来るんですよ」
なるほど。
立派な
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