第21話 “涙”だ。

 ここで怪人にするため、と考えてしまうと同じところに戻るな。彼女が繰り返しているのは“曖昧”という言葉。これに関係するわけだから……


「生命体を作り出すことで、何か存在証明になる……いや、それだと作った段階で証明できるわけだから、悪になる理由がないか」

「ほう」


 明らかに上から目線の状態で感心された。


「さすがに今の状況を作り出しただけのことはある。物を考える力はあるらしい。今までのエクレンジャーは、本当に言われたままのことをするだけだったからな」


 これは異な事を。


「僕も言われたことしかやってませんが」

「お前のは、それを言質に好き勝手やっているように思えるがな」


 この発言はおかしくないか?


 明らかに准教授が持っているだろう知識を逸脱して……緑陸だな。

 すると彼女は含み笑いを浮かべた。


「結構結構。また考えて答えにたどりついたらしい。だが、さればこそ我が悪を自認する理由にはたどり着けぬであろうな。我ながらあまりに異質な理由であるが故に」


 これは……素直に聞くしかないんだろうな。

 僕は別に推理ごっこが好きなわけでもないし。


「それを教えていただけますか?」

「素直に教えを請うところも良い――我がここにあり、我が納得する理由でその存在が確認されるとき、我は愉悦を覚える。ここまではよいか?」


 ……つまり、自分のやったことが目に見える成果として現れたときに、自分の存在を確認でき、そしてそれが快感だと。


 うん。そこまではわからないでもないな。

 僕は小さくうなずいた。


「最初に命を生み出したとき、理屈はわからぬがそれは我も嬉しかった。だが、この感情は本物なのか? と我は疑った。何しろその答えは我の心の内にしかない。そして我が曖昧な存在であるが故に、その感情も不確かだ」


 色々と反論をしたいところではあるが、僕はあえてスルー。

 というか、あまり有効な反論を紡ぎ出せそうにない。


「しばらくはそんな曖昧さの中で、生命体と共に様々な感情を経験したが、どの感情にも確信が持てぬ。そんな折、生命体が死した。我の技術が未だ未熟であったせいであろう。今となってはその原因も判然となってよくわからんが」


 確かに曖昧の海の中を漂っているお人だからなぁ。


「だが、その時に私は悲しみの感情を得た。そして同時に確かな物を確認した」

「確認? その時に?」


 思わず聞き返してしまう。だって、その流れだと……


「そうだ。“涙”だ。我がここにいるという存在証明は、その“涙”が果たしてくれた。その悲しみの中で我は歓喜に打ち震えた。我はその涙によって存在を証明されたのだ」


 無茶苦茶だ――と、なじることも出来そうだが、その言葉を僕は飲み込んだ。


 だってそれは……


「わかるか? 我は自らが作り出した生命体が死するとき、悲しみ、涙し、そして愉悦に浸るのだ。これを“悪”と言わずして、他になんと表現すればいい?」


 なるほど。


 ……と、僕は迂闊にうなずくこともできないでいた。 


 彼女が言わんとしている理屈は、わからないでもないが無茶苦茶であることに変わりはない。


 そして彼女は、自らの無茶苦茶さを理解しており、それが故に自らを悪役を任じたのだ。


「これで話は終わりだ、エクレッド。それとも他に我に聞きたいことがあるか?」

「……あなたは自らの存在を、岸田朝子さんのもう一つの人格、という風に考えているんですか?」


 存在証明を果たしたことはわかった。

 では、彼女は自らの存在をどういう風に定義しているのか?


 それはただの好奇心に過ぎなったかも知れないが、彼女の反応は少しばかり意外だった。


 アハハハハハハハハハハ、とスタッカートを刻むように笑い出したのだ。


「何故そこが疑問になる? 専門家がそう話しているのだろう? それで納得しておけば良いではないか。それこそ“言われた事だけをしておけばいい”というお前の生活信条に反する行為ではないのか?」


 ……何だか色々と誤解があるような。


 さて、どこから反論した物かと首をひねっていると、追撃が来る。


「お前の性質にその生活信条は似合わんぞ。まぁ、それは良いか。我は自らがいかなる様に定義されても構いわせぬが、緑陸姉妹の言い様が面白く感じるな」

「緑陸……姉妹」


 そうか。

 幼なじみだったんだよね。


「――その姉妹はなんと言っているんです?」

「我は迷える魂らしい。それも緑陸円の妄執によってこの世に留まってしまった迷える魂。それが朝子の身体を借りている」


 …………それ、採用するんですか?


 確かに、今でも十分に異常事態だからこの上、幽霊の一つや二つ出てきても問題はないのかもしれない。


 しかし、引っかかる。


 今、緑陸“円”と名指しにしたよな?


「それよりも、どうするんだこの展開を。Aパートでエクレッドと首領がサシの勝負になってしまったんだぞ。それからどうやって復帰するつもりなのだ? どんなストーリーがあった態にするんだ?」


 この人はぶれないなぁ。

 考え込みそうになっていたところを、強引に引き戻されてしまった。


「あ、それは考えてます。実は城山先生が協力してくれましてね」

「それで前半のあの展開か。どれ、どんな話だ?」


 僕は語って聞かせたね。

 そして、ダメ出しされたね。


 前言撤回。


 ――イヤだ、こんな幽霊。


                ☆


 ストーリー的には、この辺で伏線を張っておこうかな、ということでクイーン・キャッスルはこの機に秘密結社の実権を握ろうと画策。


 首領の救助に赴かず、リーダーを欠いて劣勢に立たされる残りのエクレンジャーを圧倒。


 一方で、首領に忠誠を尽くすジェネラルがレディ・ニュクスを守ってレッドと対決。さすがに首領様と幹部相手では一人では分が悪く、レッドは撤退。


 レッドはそのままピンチに陥っていた仲間を助ける――といったストーリーだったのだが、レディ・ニュクスはジェネラルに助けられる展開がお気に召さなかったらしい。


 独力でレッドと互角にやり合い、調子に乗って高笑いをしているクイーン・キャッスルに冷や水を浴びせかける、という具合にしたいと。


 問題は現場に戻ったとき、クイーン・キャッスルが果たして高笑いしているかどうか? で、僕とレディ・ニュクスは賭をして、僕は負けた。


 ――なぜ、先生は高笑いをしていたのだろう?


「レッド! なかなかの無茶振りだった!」

「お前にはもう親父の飯は食わせん!」

「レッドには期待しません」

「ごめんレッド。今日先生ノリノリで」


 そして暖かい仲間からの言葉。いろんな意味で泣けてくる。


「みんな待たせたな! 残念ながらレディ・ニュクスを倒すことは出来なかったが、これ以上怪人を放置しておくわけにはいかない。ここは全力で怪人を倒すぞ!!」


 色々と言いたいことはあったが、こういう時にシナリオがあると便利だな。


 大幅なシナリオ変更を強いられた秘密結社側はどうなっているかな――なんか割とマジにクイーンがしかられてるっぽいな。


『正義に燃える赤き血潮! エクレッド!!』


 敵の事情は敵の事情だ。


『青き激流に逆らう魂! エクブルー!!』

『黄金色の未来を守るため! エクイエロー!!』

『人々の頬に桃色の輝きを! エクピンク!!』

「……エクグリーン」


 緑陸。


 追い詰められてきたな。だが今はここにこだわらない。


 さすがにあのTシャツ怪人は周囲に被害を与えるようなことはないが――スーツを着ている僕たちの暑さが限界。夏も近いしね。


 スーツを脱ぐことが出来なかった恨みが先ほどの温かい歓迎につながるわけだ。

 さっさと名乗りをすませて、怪人を片付けてしまおう。


 レディ・ニュクスがその有様を見て、矛盾した愉悦に浸ることになると知った今では、複雑な心持ちだが今はこの手続きを外れるわけにも行かない。


『ならぬ命を――』


 いつもの名乗りを口に出して気付いた。


 僕は今まで“ならぬ命”とは怪人に与えられた命のことだと思っていた。


 だが、レディ・ニュクスの正体が幽霊――そう考える者がこの名乗りを考えたのだとしたら?


 緑陸――あるいは緑陸姉妹。


 はっきりとわかった。この状況の鍵を握っているのは最初から緑陸だったんだ。


 緑陸のエピソードが解決されるとき。


 ――その時こそが最終回だ。


『ならぬ命を天へと還す! 我ら遊奉戦隊!!』


 ――エクレンジャー!!!


 で、その後は普通に勝ちました。


 あ、そうそう。秘密結社の方はいよいよ内部分裂を始めた感じの引きを作ってたね。

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