第20話 何が正しいんだ……そう……絶句。
半ば脅迫になっても仕方がない。
そうするとレディ・ニュクスは悪の首領の顔から、見知った――というほど会ってないんだけど――岸田朝子さんへと表情を改めた。
まぁ、自己申告では夜子さんなんだろうけど。
「時間を掛けたいのね?」
ありがたい判断の速さだ。僕は、高速でうなずく。
するとレディ・ニュクスは、どんと僕の身体を突き放して左手で右腕を抱える。
「貴様、よくも我の高貴な身体に傷を!」
おお。
この場合は……職業意識じゃないよな。ええと、美意識かな。
「レディ・ニュクス! 今が千載一遇の好機!! このまま決着をつけてやる!」
もちろん僕も乗っかるね。
「くっ……!」
いきなり身を翻して逃げ出すレディ・ニュクス。なるほど、どこかゆっくり話が出来るところに案内してくれるらしい。
――となるとあそこかな?
そしてレディ・ニュクスは僕の予想通りの方向へと駆けだした。
こんな時、周辺に高校生がいるならそのままレディ・ニュクスを追っかけていったり、校舎の部屋数自体が少ないのであっという間に探し出されてしまう。
その点、大学の構内はどこか浮世離れしているし、わめき散らすのをはしたないと思っている自称・大人達がたくさんだ。
リミッターを振り切っている人達――つまりは濃い方々には事前に話を通しているので、その点でも安心だしね。
身体能力的には何ら常人と変わるところのない僕たちは、大学構内の何処にでも行けそうな開放感あふれる通路を、右へ左へと曲がっていき、石上教授の研究棟へと向かっていた。
ま、そこしかないだろうね。
シリンダーロックと、カードキーを易々と突破して――ということは岸田女史の記憶を有しているのかな――レディ・ニュクスは研究棟に入り込んだ。僕も当然それに続く。
ここで一息……ではなくて、何だか今までは死角になっていた場所にレディ・ニュクスは入り込んだ。あ、そこに扉があるのか。
これが石上教授が言っていた部屋かな?
彼女はピポパポと暗証番号を打ち込んで、恐らくは専用の研究室へと足を踏み入れた。
その時点で、僕はちょっと引いていた。
そこまで厳重にしなくても良いんだけど、と。
話をするなら、この研究室で十分に事が足りる。
とにかく、ちゃんと会話出来るようにと、僕はエクレッドのマスクを脱ごうとした。
「なにしているか、愚か者!」
突然にレディ・ニュクスからの鋭い声。
「子供達の夢を壊したらどうするんだ! そこは外から丸見えだろ!」
なんという、アトラクションショー向きの性格!
……じゃなくて、外に子供はいません!
――でもないな、ここはええと何が正しいんだ……そう……絶句。
「早く入れ。我の研究室は窓がない」
今更だけど、一人称が「我」なんだね。
そんなわけで僕も密室の中に足を踏み入れる。その背後で、レディ・ニュクスが重々しい扉を閉めた。僕もそれを合図に仮面を脱ぐ。もう文句は言われないだろう。
おかげで視界が広がった。
そこで思わずギョッと立ち竦む。何しろ目の前には、材料も定かではない作りかけなのか、壊れかけなのか、とにかくグズグズの怪人。
まるでマッドサイエンティストの工房――いや“まるで”はいらないか。
「ここで……作ってるのか……」
「そうだ」
短く、感情を押し殺した声。振り返ってみれば、そこに王冠を外したレディ・ニュクス――城山先生が言うには岸田夜子――の姿があった。
さすがに悪の首領――と言いたくなるほどの静かな迫力がある佇まいだ。窓が無く、実験用の青白い蛍光灯の光の下であるからかもしれないが。
しかし、ここで躊躇っていても仕方がない。
「……石上教授、わかりますか?」
切り出し方としては、多分これが無難に思える。
「ああ。朝子の知っていることは我も知っている」
「石上教授が、その人工生命体みたいな物を作り出すノウハウを知りたがってましたよ。ご自身で解明したがっている風でもありましたが」
「朝子の知識があるから、それも知ってはいるが……ジェネラルには気の毒だな」
ジェネラル。
そうね。ジェネラル・ストーンのことだね。
「それは、石上教授には能力的に無理だと言うことですか?」
「君は正義の味方なのにひどいことを言うな。ただ単に、作っている我自身もよくわかっていない――それだけの話だ」
「わかっていない?」
思わずオウム返しに聞き返す。
だって、ここにはその人工生命体のその……素材らしき物が何体もある。
「我は作り方が何となくわかるだけだ。それを他人が理解できるとは思えん。たしか科学には再現性が求められるはずで、我の作るものにはそれがない。であるからには、科学者のジェネラルには解明は無理だろう」
「つまり、あなたの技術は科学ではない?」
「恐らく、そうなのだろうと理解している。我は朝子の知識をねじ曲げて利用しているか……あるいは……」
「あるいは?」
「いや、これは詮無き迷いごとかもしれないしな」
「夜子さん……なんですよね」
切り札扱いするつもりではなかったが、話が打ち切られる危険を感じて思わず口にしてしまった。
「その名を聞いたのか?」
「僕も色々動いているわけですから」
「そうであったな」
いかん、また打ち切られそうだ。いや、このまま最終回に向けての打ち合わせ――主に幹部切り捨ての相談を行うのも一つの方法かも知れないのだが……
「確認したいことがありまして」
「ふむ」
「夜子さんは、戦隊ものがお好きなんですよね?「」大好きだ!!!!!」
食い気味で来たーーーーーー!
いやまったく清々しいね。
確認するまでもないだろうという突っ込みはひとまず置いておいて、こうやって直接言葉を聞くと、ますますあの疑問が脳裏をよぎる。
「じゃあ――何で悪役やってるんです?」
「我が悪だからだ」
これも即答か。
でもこれは、どうしてそういうことになるのかよくわからない。一番最初に怪人を作り出したからだろうか。
いや、そもそもアレが怪人として機能しているのはエクレンジャーがいるからで。
……これは哲学になりうる題材なのか?
もう直接聞こう。
「何を以て、あなたは悪を自認しているんですか?」
「我は存在が曖昧だ」
そこの自覚まであるんだ。
「何をすべきなのか、我は何のために存在しているのか、それも曖昧だ。ただ我には怪人を生み出すことは出来る」
怪人か。
さっきもこの状態で石上教授を“ジェネラル”と呼んでいるし、確かに何かおかしな具合になっている様な気はしていた。
「では……怪人を生み出すことこそが、存在証明だと?」
「こんな自分でもわからない力を振るうことが、存在証明になるか? しかも怪人として機能させているのは、まず我が悪だという前提があるからこそだろう。その理屈はおかしいな」
ダメ出しされてしまった。
そして確かにその通りで、僕も思い至っていた点だ。
あるいは、そうやって揺るがすことで一気に揺らぎを拡大――ひいては治療の進行、もしくは最終回を迎えるまでもない状態に持って行けるかも知れないと考えたりもしたのだが、
「では改めて、お聞きしましょう。何故自らに悪役を任じておられるのですか?」
「我は存在が曖昧だ。出来ることはといえば、こんなよくわからない生き物――別に生き物とは何かという定義も必要だが、それは省略して――を作り出すことだ。しかも我はこの能力を獲得した経緯をまったく覚えていない。なぜこんな事が出来るのか――」
「それは……想像しかできませんが確かに微妙な心持ちになりそうですね」
突然、神様からいまいち使いどころがわからない能力を授かって、漠然とその力を振るう……
「では生命体を作り出さなければいいのでは?」
どんどんと疑問点だけが増えていく。これ本当に解消されるのだろうか?
「曖昧ながらも、我はここにいるというのに? 何もせず無為に過ごせと?」
「まぁ、酷なようですが使いどころはわからないわけで、それならば……」
「使いどころはあるんだ」
「え~~~っと……」
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