第14話 おっさんだ。どこまでもおっさんだ。

 さて勉強会も終わり、その帰り際。


 やはり親父さんの講義時間を制限すればよかったと思えるほどに、空は朱に染まっている。帯刀さんとの打ち合わせが始まった段階で、親父さんは引き上げていったんだけどね。


 さすがにそうそう暇ではないらしい。当たり前の話だけど。


 そして、帰路につく四人が青鹿家の立派な門扉をくぐり抜けようとしたその瞬間、緑陸が話しかけてきた。


「赤月君……中学の時は天文部だと言ってたわよね」

「うん」

「その時の役職は?」

「部長だね」

「…………」


 なぜ、黙り込むんだろう?


「何か無茶をさせたの?」


 自分で自分の眉が寄っていく感覚というものはわかるものだね。

 僕は自分でもわかるほどに曲げた機嫌のまま、緑陸に向かって「質問に質問」で返した。


「……どれだけ先入観に基づいた質問なんだ?」

「君は目標を与えられたら、とことんまでやる性質なんでしょ? でも、消極的……部長をやらなければならない事情があったから部長になった、と思うんだけど」


 性質はひどくないか?


 玄関で見送りしてくれる先輩に、黄涯、桃生と何だか僕の方を注視している。

 

 だが、ここで誤魔化す必要性が感じられなかった僕は、質問に答えることにした。

 緑陸の意図もわかったしね。


「まぁ、廃部寸前で僕は人数合わせに呼ばれたんだけど……」

「けど?」

「廃部にはしたくないと言うから、まぁ、実績でも作ろうかと」

「何をしたの?」


「いや、それは言わないことにしてるんだ」

「どうして?」

「僕には思い出話なんだけどね。その話をすると廃部を免れて喜んでくれているはずの連中まで気分が悪くなるらしくて」


 また静寂が訪れてしまった。


 こっそりと教えておくけど、別に法に触れるようなことをしたわけじゃないから安心してくれて良い。


 ちょっと三日ぐらい寝ないでいてもらったぐらいのものだ。


 ……多分、あそこが一番の難事だと思うんだけど、この件に関して僕には検討の機会すら与えられなかったからなぁ。


 何しろ、その話をしようとすると、皆逃げ出していくから。


 しかし、その話をここで持ち出すのはどうにも建設的じゃない。

 今はエクレンジャーのリーダとしてはこう言うべきだろう。


「大丈夫。最終回はそんなに遠くないよ」


 あ、最終回になって欲しくない人が大半だったんだっけ。

 この流れだと緑陸もどうやらそうらしい。


 早めにインタビューしておきたいが、明日は明日でやることがあるからなぁ。


「それでリーダー、明日の予定は?」


 それを言っておこうかと迷っていたら、青鹿先輩がタイミングよく尋ねてくれた。


「僕はニュクスの方――石上教授と会ってみますよ。みんなはいつも通りで良いと思います」


 良い声の問いかけに、僕は腹蔵無く答えてみせる。


「そうか。手伝えることはないか?」


 青鹿先輩から積極的な申し出。はて、この人は誰よりも最終回を迎えたくないと思っていたが……


「どうやら、君に協力した方がより私の望みに叶うようだ」


 …………


 ………………


 よし、考えるのは辞めた。


「じゃあ、クイーンの方、城山先生にアポを取り付けてください。桃生、先輩を手伝えるかな」

「いいですよ」

「俺は?」

「黄涯は、親父さんとイエローにふさわしいエピソードを考えておいてくれ」


 何だか皆、積極的だなぁ。

 まぁ、活気があるのは良いことだね。


「じゃあ、今日はお疲れ様でした」


 今日は、なかなかの成果だったな。


 緑陸はどうしたって?


 黙り込んでたね。


 ――もしかして、真のラスボスはこいつなのかな?


                 ☆


 ラスボスとはラストに倒すからラスボスなのである。


 というわけで、僕の中で中ボス扱いされることとなった石上教授との面会と相成った。


 時系列で言うと、ややこしくなるんだけどブルーのエピソードの直後あたり。

 大人というのはどうしてこうも、もったいぶりたがるのかな。


 さっさと会ってくれればいいのに。


 クイーンの方は本当に多忙らしいけど、桃生からの報告によると、事態が動いたことに、殊の外お喜びらしい。


 ……何で城山先生に対して、こんなに敬語になってるんだ僕は。


 さて、この研究所には緑陸に連れられて以来、久しぶりの訪問だ。

 そろそろ梅雨にはいるのかなぁ。あまり天候がよろしくない。


 待てよ。


 ――雨中の戦いというのはあるのかな?


「どうぞ。開いてるから勝手に入ってくれ」


 以上、ノックをしてから返事が来るまでのわずかな期間の思考でした。


「失礼します」


 と、礼儀正しく扉を開けて、目標の人物を捜す。


 何しろ僕は石上教授といえば、コスプレしたおっさんの姿でしか知らないのだ。


 ぐるりと頭を巡らせると、机の横にしゃがみ込んで何かを拾っているようだった。白衣の背中が丸くなっている。


 まぁ、理工系の教授といえば白衣かな。岸田さんもそうだったし。


 丸くなっていた背中が、ゆっくりと起き上がり……あ、猫背は猫背のままなんだね。


「僕が石上だ」


 なんと表現したものだろう。


 びょ、描写すべき特徴が全くない。おっさんだ。どこまでもおっさんだ。


 まぁ、うちの父さんもそんな感じだけど、銀縁眼鏡を掛けているだけ、まだ説明のしようがある。


 一方で石上教授は見事なまでの中肉中背。特に不潔感もあるわけではないし、極めつけのハンサムというわけではない。


 つまり僕は今までジェネラル・ストーンのコスプレの先鋭的な部分――兜に付いている角とかトゲとかのシルエットでこの人を識別していたのだな。


「……コスプレ、大変なんですね」


 思わず、そんな言葉が口をついて出てしまった。


「……いや、それはお互い様だし」

「アレ着てしまうと自分の姿、確認できなくなりますからね」

「まったく。そこが厄介なところだよ」


 偶然とはいえ妙なシンパシィが確立してしまった。


 だけど、これはこれで話がしやすくなるな。

 そこで二人揃って、例の応接セットに差し向かいで腰掛ける。


「一つ確認しておきたいんですけど、このエクレンジャーシステムといいましょうか。これを確立したのは教授で良いんでしょうか?」


 まず、こう切り出してみた。

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