第15話 「予算がないんだ」
正直なところ、そこのところがはっきりしない。
教授はその問いかけに、微妙なさじ加減で首を横に振った。
「形を整えていった、ということならそれは僕かもしれないけど、僕は何というか場当たり的に対処していっただけで、気付いたらいつの間にか……という方が正確かな」
「そもそも始まりは何だったんですか? 教授はどこから参加されてるんです?」
「少なくとも僕は、あの怪人製造については全くタッチしていない」
それはどちら向きの宣言なのか。
あの犯罪行為すれすれというか、みんなの隠蔽作業の大本に関わっていないという言い訳なのか、はたまたあの超絶創造作業に関わっていないという、自嘲気味の告白なのか。
「始まりは岸田くんだ。元々彼女はこの研究室の研究生だったんだが、時折しかるべき作業――ではないな」
「いや、僕は完全な門外漢ですから、詳しいところを伺ってもわかりませんよ」
何やら言葉を濁したい事情があるらしい。
僕はそれを察して、教授のフォローに回った。
「……では研究所全体で行うべき作業としておこう。それを放棄して消えてしまうんだ」
「それはお困りだったでしょうね」
「まぁ……そうだな。タバコ良いかい?」
僕は軽くうなずいた。ちなみに家では父さんも吸う。
「困った……そうだね。だから、何処で何をしているのかを調べ、それで見たんだよ」
「何を?」
「怪人だね。怪人のなり損ないというか。そしてそこの傍らに座り込んで笑いながら泣く岸田くんの姿も」
そ、想像するだけでも予想以上の光景。
先にまず怪人があるんじゃないかともまでは予想していたけど、あのレディ・ニュクスのおかしな習性もこの時には、すでに獲得していたのか。
僕は先を促す。
「それで、どうしました?」
「どうもこうもないよ。ご家族と、その関係者から話を聞いて……」
「治療ですよね。あれ? 休職でも良いような」
「いや、そこはもう少し考えてくれ。僕が気付いた段階で、彼女はあの恐るべき回路を完成させていたんだ。それを見逃せると思うかい?」
いやそんな、マッド系の理屈を振りかざされても。
だけど、その点についてはすでに過去の話であることも確かだ。
他の疑問点をつついてみよう。
「じゃあ、あの怪人の身体の方は?」
「あれはどちらかというと朝子くん――こう呼ばないと区別が付かないからであって断じてセクハラではないと留意してくれ――の方の研究技術だな」
えーっと、色々要素がありすぎて言葉を返しづらいな。
この教授の講義は大丈夫なのだろうか?
いや、そこは今考えるべき問題じゃない。
「――もしかすると、ええと、もう一つの人格が現れてからの方が岸田さんの研究は進んでいるとか」
「それは……そうだな」
ははぁ。この人も、もしかしたら最終回を迎えたくない口かな。
「人格の統合によって、レディ・ニュクスが作っている方の回路も解析可能になるようなことを聞きましたが」
「その可能性があるという、そんな話であるだけだ。もちろん僕だって独自に研究はしている。君たちから回路が回ってくるわけだからな。それでも幾分不足気味だから、今では研究室の一角にレディ・ニュクス専用の部屋まであるんだ。ロックがかけられていて、僕も朝子くんも入れない」
だんだん愚痴めいてきたな。
しかし、これで本題に入れる。僕の今日の主目的は秘密結社ニュクスの誕生秘話を聞きたかった訳じゃない。
僕が考えるに、この人はニュクスとエクレンジャーが活動する上での資金を調達している張本人のはずだ。
僕たちが無給とは言え、エクレンジャーのスーツの用意やメンテナンス、それにニュクスの怪人製作にしたって全くのただで出来るはずがない。
大学から、研究費の名目で引っ張ってきているに違いないのだ。あるいは父さんの会社かも知れないけど。
そして僕の経験上、金勘定を始めてしまうとその事ばかりが気になって全体に目がいかなくなる。おそらく教授は今、予算のやりくりしか頭にないはずだ。
秘密結社ニュクスの幹部としての活動は、ルーチンワークに身をゆだねているだけの状態なのではないか。
だから、ここでニュクスの全体像を探ろうとまでは考えていない。
つまり、ここで僕が要求したいのは――
「エクレンジャーへ設備投資を――」
「それはできない」
拒否の言葉が食い気味で返ってきたぞ。
しかも吸っていたタバコまで灰皿にねじり込んで、これ以上の会合を拒否の構えだ。
ええい、ここで挫けてたまるか。
「しかし移動手段。移動手段だけは何とかしてもらわないと、こちらは疲弊するばかりで……」
「そこは上手くやっていたじゃないか。自発的な協力者を募って。赤月君の手腕なのだろう? たいしたものだ」
「じゃあスーツを複数用意して、わざわざ学校に来なくても着替えが出来る場所を……」
「予算がないんだ」
交渉相手は間違ってない。
間違ってないが、なんだこのリベットで固定したような腰の強さは。
「大学で予算を獲得する為には、前進しているという、その実績が必要なんだ」
あ、ちょっとは軟化したかな?
「ところがここしばらくは、レディ・ニュクスの回路に進展がない。完成したのかも知れないがな。回路自体を欲しがる他の研究室があるから、それで予算はとりあえず確保できるが、増えることはないんだ」
「では、今の予算をやりくりして――」
「無理なんだ」
く、くそ、この食い気味教授。
このタイプ苦手だ。
……じゃあ、最後にこれだけは確認しておくか。
「とにかく予算については今後とも交渉していくということにしておいて――」
「無益だな」
ま、負けないぞ。
「僕がここに転校してきたのは、偶然じゃないんですよね?」
「…………」
黙り込んだのは、肯定ということだね。
「僕はこのように、最初に言われたとおり『最終回を目指して』行動中です。特に便宜を図れとは言いませんが、不都合の無いようにお願いしますよ」
今のところ、両親には僕の活動のことはばれていない。
それでも、何だか転校直後に人付き合いで忙しい状況が出来たらしいことを喜んでくれているようだ。
一度夜に出動になったときも、
「最近の高校生って、こんな感じなのね」
と、割と鷹揚だった。
実のところ父さんの給料が上がったせいなのではないのかと、穿った物の見方もしているわけだが、できれば両親にはあまり心配は掛けたくないし、自分の転勤が息子のせい、と気付いてしまうのもどうかと思う。
とりあえず、今はこのプロジェクトでなかなかの地位にいるらしい、石上教授に釘を刺しておかなければ。
「あまり無下なことはないようにと、お願いしても良いですか?」
「……我々は善人ではもちろん無いが、悪人でもないつもりだ。君のお父さんの人事は確かに少しばかりこのプロジェクトが関係しているが、そればかりの話ではないんだよ。心配しなくても大丈夫だ」
……これで言質を取ったとしておこうか。
にしても、その通りなんだよな。
特に善人はいないけど、悪人もいないんだよ、この状況。
そんな中でレディ・ニュクスは――
――何故、自らを悪役に任じているのだろう?
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