第16話 一言で表現すると“かおす”だね。

 なし崩し的に桃生ピンクが中心となった戦いの時に感じた、ほんのわずかな違和感。


 それが今、僕の中で大きくなりつつある。


 例えば僕が戦隊ものを、ものすごく好きだったとする。友達を集めて、戦隊ごっこをするとする。

 その時に自分から悪役やりたいと思うかな?


「それは視野が狭いぞ、レッド。悪役を愛するファンというものはいるんだ」


 オムライスを待つ間の、何気ない相談事にいきなりダメ出された。


「わかりました。レッドに伝えておきます」


 今日は出動がなかったから、おごりではなく自費である。だが、等価交換の原則が崩れる店スナック・ゴンで出だされるメニューだ。


 絶対に代金以上に旨いよなぁ。


 放課後にブラブラしているのもなんなので、気が向くと――いや、訂正。禁断症状が出ると、ここ最近はゴンに向かうことが多い。


 スナックなどと言っているが、実質は学生相手の食堂なので値段はそれほど張らない。それでも、さすがに毎日は通えない。

 小遣いのアップの交渉を真剣に検討しても良いかもしれないな。


 今は、ここのオムライスが本当にお気に入りになってしまって心底困っている。デミグラスソースが本当に旨いんだ。


 ハヤシライスも旨かったし、デミグラスソースがこの店の要になっている……などと素人は思うわけなんだが。


「赤月君はぶれないなぁ」

「なんの事でしょう?」


 僕は言われたことは守るのだ。


 今、僕の疑問に答えてくれているのはゴンに集まった戦隊マニアの方々。


 黄涯は店を手伝っているし、親父さんもさすがにこの時間帯に出てくるほど社会人として終わっているわけではない。


「それよりも、悪役の話をしてください」

「それならば――


 で、始まったのが濃い方々の悪役談義。


 そうなるだろうとは予想していたけど、一言で表現すると“かおす”だね。漢字で表現する程のことではなく、カタカナで書くほど、とんがってはいない。


 単語を拾い上げて行くと、かなり前に悪役としての名女優がいたらしい。

 それから元々戦隊の同期生だったのが裏切ったケース。


 悪役の中で成長していき皇帝になった者。

 宇宙暴走族というのは聞き間違いかな?


 何だか敵とのラブロマンスもあるようだ。


「お待たせしました。オムライスです」


 と、そこに涼やかに響く女性の声。


 誰だろうと思って顔を上げると、コックコート姿の――まぁ、女の人。


 消去法で行くと、この人が有沢さん、ということになる。


 勝手に男の人だと思ってたけど、確かに誰もそんなこと言ってないな。


「――もしかして有沢さんですか?」

「ええ、お客さんは赤月さんですね」


 念のため確認してみると、笑顔で返してくれた。


 その瞬間、何だか心の中で頭を抱えたくなったね。黄涯が跡継ぎを目指す動機に、新たな要素が付け加えられたんだから。


 まぁ、非難されるようなものではないけどさ。


「高校卒業してから、弟子入りですか?」


 見た目が若そうなので、とりあえずそんな風に婉曲的に尋ねてみる。


「ええ。それから三年ほど経ちます。これからもご贔屓に」


 これで大体の年は判明した。

 まぁ、あり得ない年齢差ではないかな。


「ひどいじゃないか、レッド」


 濃い人達の代表者が議論を終えたのか、僕に非難の矛先を向けてきた。こうなると僕のやるべき事は一つしかない。


「わかりました。レッドに伝えておきます」

「違う! そうじゃない! 赤月君がひどいと言っているのだ。我々に議題を振っておいてそれを無視して、別の会話に興じるなど……」


 この店が繁盛している要素の一つもわかってきた。


 有沢さん、美人ではないかも知れないけど人当たりが良くて、笑顔がかわいらしいからなぁ。しかも厨房からほとんど出てこないんじゃないだろうか。


 もしかするとレアキャラ扱いされているかも知れない。


「しかも、レアな有沢さんと会話とは……」


 あ、やっぱりそんな扱いなんだね。何だかむせび泣いている人もいるんだけど。こういう人たちって自分のテンションの管理が、あんまり上手くないよね。


 とはいえ観察ばかりもしていられないので、鎮火していこう。

 僕はスプーンを手にとって、改めて尋ねた。


「お話は、それはそれで貴重な物でした。大変参考になりました。でも僕が今聞きたいのは知識よりも体験談でしてね。子供の頃に悪役を進んでやったりしましたか?」


 ちなみに僕にはこういう遊び自体をあまりした記憶がない。やりはしたんだろうけどね。


 この問いかけに、さすがの濃い人達もしばし黙り込んでしまう。


 その隙に、と言うべきか有沢さんは厨房へ帰って行った。わざわざ給仕に出てきてくれたのは、きっと黄涯親子がまた喧嘩でもしているのだろう。


「ないかなぁ。じゃんけんで負けるとやらされた事はあるけど」

「俺もそんなだな」

「うちのところはアミダクジだった」

「この場合、手段は良いだろう。進んでやったかどうかと言うことなんだから」

「それなら……」


 どうやら、ない、ということで結論になりそうだ。


 そうなるとやはり、レディ・ニュクスの振る舞いには疑問が残る事になる。彼女は全ての始まりで配役に関してもかなり自由に裁量を振るえたはずだ。


 それなのに、一番に悪の首領役に収まっている。


 彼女の年齢が高くて悪の美学に魅力を感じている――というほどの精神年齢に達しているとは思えないんだよね。


 年齢が高くなると悪に惹かれるという、僕の考え方も極端かも知れないけど。


 そうなるとやはり――


「もう一つ質問です」


 せっかくの機会なので、尋ねてみることにした。おそらくまた侃々諤々の議論になるだろうから、その間にオムライスを堪能することにしよう。


「何かな?」

「戦隊側と、悪の首領がサシで話し合う――そこで理解し合うということはなくても良いんですけど――そんなシチュエーションはありですか?」

「ありだね――というか、あった」


 おや、これではオムライスを食べる間がない。


「元祖のゴレンジャーで海城剛が黒十字総統のところに乗り込んで、脅しを掛けている」

「あれはサシじゃないだろ」


 即座に突っ込みが入った。


「脅しを掛ける?」


 僕は僕で気になった部分を拾い上げてみる。


「ゴレンジャーのメンバーは、名前の頭文字をつなげるとある意味を持つ言葉になるんだ。それが本当に黒十字総統の弱点になるかどうか確かめに行ったというか」

「それはネタバレじゃないのか?」

「いや、ギリギリネタバレじゃないだろ」


 始まりました“かおすたいむ”


 この間に、絶品オムライスを堪能しよう。

 もうすでに冷めかかっているしな。


 もちろん濃い方々の話には耳を傾けていましたよ。ただ先ほどとは違い、実質記憶力テスト&ダメ出し、という展開なのであまり盛り上がっていないようだね。


 こういう人たちは話すことが好きなので、結論が出ないことに関して、そう簡単に根を上げるとは思えないけど、そもそも話すべき議題――敵首領とサシでやり合う――状態がきわめて少ないようだ。


 まぁ、最終回を除いての話なんだけど、そのあたりはさすがに空気を読んでくれたらしい。


 その後もモグラたたきのように、ある人が、


「これはどうだ?」


 と持ち出すと、数人掛かりでそれを否定する流れが続き、もっと堪能したかったんだけど、結局耐えきれずに五分ほどでオムライスを片付けると、結論が出ていたようだった。


「敵幹部と、そういう状態になるシーンは時々あるけど、敵首領との間にそういうことが行われたシーンは絶無である、と言っても良いと思う」


 なるほど。


「では、そういうシーンが今後行われるとして何か違和感を覚えますか?」

「それは……」


 全員で言い淀んでいる。


「いいじゃねぇか。エクレンジャーにはエクレンジャーの戦い方があらぁな」


 そんな力強い言葉を発するのはもちろん親父さんしかいない。


「俺達は毎年毎年同じ戦いを見てきたわけじゃないだろ。それぞれの戦隊のはそれぞれの戦隊の戦い方があったはずだ」


 そんな親父さんの言葉に、熱心にうなずく濃い人達。

 僕もそんな親父さんの言葉に、感銘を受けていた。


 確かにこれから先は模倣するばかりでは埒が開かない状況にさしかかってるのかも知れない――イエローのエピソード戦にはベタな手法を導入するとして。


「――と、エクレッドには伝えておくんだな、尚人」


 すでに名前で呼ばれてしまう間柄の親父さんから、様式美に則った励ましの言葉。


「はい」


 僕は自分の行動の正しさに確信を持ってうなずいた。

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