第17話 「あれは悪の幹部としての演技だよな?」
状況を整理しよう。
まず、やるべき事を考えてみる。
城山先生にはアポを取ってある。これでもう少しレディ・ニュクスについてはわかるはずだ。
次に黄涯――イエローのエピソードバトルの消化。
そして、緑陸だな。
グリーンのエピソードバトルも、もちろん行わなければならないだろうが、そのための情報を僕はこの段階になっても一つも掴んでいなかった。
……認めてしまおう!
僕は緑陸に苦手意識があると!
一番簡単なのは、緑陸に話しかけること。
そこで僕は、今度の出動の後に話しかけようと自分ルールを設定することにした。
うむ、我ながらほれぼれするほどの意気地のなさだ。
けれどまぁ、そういう時ほど出動はないのも世の中の流れという物で、先に城山先生にアポが取れた日を迎えてしまう。
気象庁発表でもばっちりと梅雨に入った六月中旬。
面会の場所は、大学内部のカフェらしき佇まいの――結局は食堂。
安物のビニール傘を差して約束の時間――どうせ暇な放課後――になったので、そのカフェもどきへと向かう。
そして傍らには桃生がいる。何故かいる。
「ほとんど僕が紹介取り付けたような物ですから。礼儀上、僕がいないとおかしいでしょ」
THE・女性の敵のくせに礼節をわきまえたその言い分。僕としても強く言い返せない。それに元々秘密にする必要性もないしな。
付いてくるなら付いてくるで、有効利用するとしよう。
「桃生、あの人僕が知ってる状態だと、嬉しそうに鞭を振り回すだろ」
「そうですね」
「あれは悪の幹部としての演技だよな?」
「違いますね」
さぁ、困ったぞ。
☆
礼儀の話が出たけど、僕たちは当然の礼儀で約束の時間より早くカフェもどきに到着した。
しかしながら相手が先に着いていた場合は、不可抗力と言わざるを得ない。
中央のテーブル席にクリーム色のスーツで長い足を組んで腰掛け、周囲を睥睨しているとしか思えない美女。
ここは美女と言い切ってしまおう。
そしてショートカットに、三角形の大きなイヤリング。
もう目立つ。悪目立ちしすぎる。いつものコスプレ衣装と変わらないような気さえしてくる。
「こっちだ」
と、呼びかけてくれるが、どうやったらあの人がわからないなんて事があり得るのだろう。話す前からいささか疲労してしまった。
逃げ出すわけにもいかないから、せいぜい腰を低くして近づいていくしかない。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや、先に着いていたのはわたしだしな。そんなに恐縮しなくてもいいぞ」
そんな先生は何だか男っぽい口調で、そのせいか幾分か緊張がほぐれた……ような気がする。そうやって僕が一息ついている間に桃生も挨拶する。
「僕も来ましたよ」
「君は診断を受けた方が良いな。もちろん、わたしは診ないが」
なんという潔い見捨てっぷり。なるほどキャラ設定にぶれがないな。
「いや~、自分が病気なのは自覚してますから」
……こいつもなぁ。
「それで、レディ・ニュクス――夜子のことよね」
夜子?
「ま、とにかく掛けて。いや先に何か買ってこないとダメね。そうそう、こうやって会うのが遅くなって悪かったわね」
おやフレンドリーな反応。何か桃生からの話と印象が違うんだけど。
「やっと五人揃って、しかもリーダーがやる気を出してるって言うじゃない。わたしも協力したかったんだけどあいにく予定が詰まっていていてね」
フレンドリーどころじゃない。
味方だと言い切っても良いように思えてきた。
どうやら桃生に対してのみ、あの攻撃的な性格が顔を出すらしい――当然の自己防衛本能とも思えるね。
僕たちは食券を買って、コーヒーとアイスティーを取ってくると、城山先生の席に戻った。
その間に交渉方法を考える。
ほとんど味方だと判明はしているが、それならそれで具体的な計画を持ち出した方が、城山先生もより具体的に協力案を出してくれるかも知れない。
そう考えた僕は、席に戻るとすぐに最終回を迎えるために必要なこと、エクレンジャーの各エピソードの消化、悪の組織の幹部達の勢力争いなど、必要と思われる“手続き“について説明した。
果たしてそれに対する城山先生は? といえば、僕が思うに今までで一番熱心で真摯な反応が返ってきたね。
「なるほど。いちいち納得だわ。最近あの子の反応に変化が現れてきたし、その幹部の勢力争いで、負けちゃう方はわたしがやっても良いわ。と言うかやらせて」
「は、はぁ、それにはまずこちらエピソード消化を済ましてからになるので、ちょっと待っていただかないと。それに最終回を迎えるためにはレディ・ニュクスの秘密を知らなければならないと思うんですよ」
僕がそう言うと、城山先生は瞳を揺らめかせて僕の目をのぞき込んでくる。
「その話は初耳ね。そこの腐れ外道は単純に戦闘中の打ち合わせをしたいみたいな話を振ってきたのだけれど」
「腐れ外道はひどいなぁ」
お願いだから桃生。少しはめげてくれないか?
明るい声で受け答えするそんな桃生に心が折れそうになるが、僕はここ数日のレディ・ニュクスへの疑問を説明した。
最初に始めたのに、何故わざわざ悪役を選んだのか、に代表される一連の疑問である。
「……先輩、実は凄いんじゃないですか?」
「何が?」
話し終えて突然、桃生から称賛の声。座り心地が悪くなる。
「だって、そんなこと考えもしませんでした。僕たちは後からキャスティングされたわけでしょ? 向こうから好きな役を選んでいるのだと思いこんでました」
「うん、そうだな。それはわたしも盲点だった。確かに一番最初の引っかかりはそこに見いだすべきだった」
「それは……言い方は悪いですけど、二人がルーチンワークになれきっていたせいだと思いますよ。僕は最終回を迎えるように言われたので、そのための行動をして、その課程で気付いたんですから」
「わたしだって、一刻も早くこの茶番からは手を切りたいさ」
吐き捨てるように、というのは女性に対してあまり使わない方が良い形容表現かも知れないけれど、まさにそんな風に城山先生は言い切った。
なるほど、それが本音であれば僕にフレンドリーな一因も窺い知れる。
その後、城山先生は何か考え込むように目を伏せ、やがて決意の光を瞳の中に携えて僕を方面から見据えた。
「――君なら話しても大丈夫そうだ。ただその腐れ外道は……」
「大丈夫ですよ。僕は女の人の嫌がることはしませんから」
それをした結果、この街に落ち延びてきたんじゃないのかお前は。
……という突っ込みは、この際しないことにした。
先生は確かに僕の知らなかった――そして僕の知りたかった情報を持っていると確信できたからだ。
それを受け取るためのエネルギーを他で消費したくはない。
「まず先にとんでもない告白だ。岸田朝子に関しては、わたしは心理カウンセリングなるものを行っていない――と言っては多少無責任に過ぎるが、通常の診療を試みていない」
いきなり宣言通りとんでもない告白が来た。
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