第18話 「君が参加してくれて良かったよ」
そもそもこの先生が治療のため、あの戦隊ものをやり始めるように指示したんじゃなかったんじゃないのか?
「不審に思うのも仕方がない。今から説明していく――ただし、それでますます不審に思うことになるかも知れない」
期待値とか、ハードルとかが、どんどん上がっていく。
横で桃生が生唾を飲み込む音が聞こえた。
「――レディ・ニュクスと名乗り、あの一連の治療行為の中で首領役を演じている彼女は、岸田夜子という。少なくとも彼女の人格が出てきたときにはそう名乗っている」
「会話できるんですか?」
「そういう手続きを取ればな。彼女は非常に曖昧で、自分の存在すらも認識できない――と言うよりは疑っている。そんな状態なのだが、その名前だけははっきりと答えた」
「それは……岸田准教授の関係者……」
「そうだろうな。十二年も前に死んでしまった彼女の双子の姉の名前だ」
城山先生はあっさりとそんなことを口にするが、言われた方はたまったものではない。
僕は思わず椅子から飛び上がりそうになり、桃生は喉の奥で「ヒィ」と小さく悲鳴を飲み込んでいた。
そ、それはつまり……
「し、死んでしまったお姉さんの霊がとりついている……」
ほとんど独り言のように紡ぎ出された僕の言葉に、城山先生は首を振ってみせる。
「いい大人が、その理屈で納得してはいけないんだよ。実際、朝子さんの病状の原因は――この際、病状と言ってしまうが――姉の死のショックによるものだとわたしは考えている」
「……あ~~っと、つまり適当に聞き囓った程度の知識で言うと、悲しみから逃れるために別人格を作って、そこに代行させた?」
「――ということであれば、それにわざわざ姉の人格を模するのは不合理だろう」
打てば響くようなその先生の応答に、そのあたりの検討は十分になされていることが窺える。
それに、確かに納得の不合理さだ。
「……では、今の治療行為は全くの無意味なんですか?」
「ところがそうではなさそうなんだ」
暗澹たる気持ちで尋ねてみると、それを否定する城山先生。
「ここから先は、特に他言無用でお願いしたい。わたしはね、謂わば証明書代わりにこの企てに巻き込まれただけなんだ。あの戦隊ものを模することが治療行為になるというフォーマットはすでに確立されていて、それを後付で補強するように巻き込まれたのが、わたしなんだ」
「どういう事ですか?」
「だから、あの治療行為を計画した首謀者は他にいるんだ。もちろん石上教授じゃない」
それは何となくわかる。
石上教授は、変な言い方だけどごく普通の大人だった。こんな破天荒なことを思いつくようには見えない。
じゃあ誰なんだろう。
そんな風に僕が疑問を覚えるのも当然の流れだ。
そして、城山先生も出し惜しみはしない。
「――考えたのは初代エクグリーン、
「初代? それに、緑陸?」
「そうだよ。今のグリーンの姉さんだ。そして岸田朝子とは幼なじみと言っても良い」
「じゃ、じゃあ……」
「ああそうだ。わたしよりも、よほど、お仲間設定のグリーンの方が事情をよく知っているだろう。根っこではないかも知れないが、当時のこともな」
その時、僕の脳裏に再び閃きが走った。
その閃きが形になりかけたとき――
「じゃあ、先生はその要さんに弱みか何かを握られてるんですね」
――桃生が閃きを台無しにする。
「……どうしてそうなる」
いやもう城山先生。一瞬でも間が空いたらダメですよ。
その一瞬の間に、なにやら複雑な人間関係が見え隠れしています。そして、そういう隙につけ込む悪魔が僕の横に座っているんですよ。
「先生、要さんを僕に紹介してくださいよ」
「はぁ? なんだってわたしが……」
あ、この間もまずいね。
魂が堕ちる音がする。
「――わたしにまかせろ。是非とも紹介してやる」
そんなかっこいい声で言っても無駄ですよ。売り飛ばす相手が犯罪を犯してないだけで、そこには法律の不備を突いただけの悪辣さがある。
「是非ともお願いします」
うわぁ、満面の笑顔。知り合いの身内でも全く容赦しないんだな、この男は。
いや、それよりも先ほどの閃きを、何とかたぐり寄せなければ。
「……桃生、お前は僕の直前にエクレンジャーに誘われたんだよな」
一年生だから当然そうなるはずだ。
桃生も、僕の問いに対して肯定の頷きを返す。
「その時、説明して誘ったのは?」
「あ……緑陸先輩ですね」
桃生もおかしさに気付いたのだろう。
僕がいないということは当時のリーダーは青鹿先輩だったはずだ。しかもずっと戦っている以上、そういう意味でも先輩である。
ならば何故、説明役が青鹿先輩ではなく、しかも勧誘役でもないのだろう?
「緑陸先輩は、岸田さんと個別に親しかったんですね」
「そういうことになるな。先生の話を聞いた後だから、当然の推理ということになるけど」
これは参ったぞ。
本気でラスボスクラスの厄介さが、緑陸のインタビューにはあるのかもしれない。
緑陸の個別エピソードの消化は、そのまま最終回に直結しかねないな。
「あの妹さんについてはそちらに任せる。それよりもちょっと興味が湧いてきたな。今までの話を総合して、これから先のプランは組み立てられるか?」
先生の前向きな発言に、僕は、はたと考え込んだ。
「……まずイエローの個別エピソードを消化。これは腹案があります」
有沢さんに協力願うかも知れないけど、まぁ、匂わすだけでも良いだろう。
「その後は先生に協力してもらって、幹部退場? で、最終回かな」
「それじゃダメだろ」
「そうですね、それじゃあダメですよ先輩」
ん? 何だ? このいきなりのダメ出しは。
「何かおかしかったですか? 確かに緑陸のエピソードがはっきりしませんが、もう最終回に絡めて……」
「君のエピソードは?」
「そうですよ。レッドがありません」
その二人の言葉に、頬が熱くなるのを感じた。
それが自分のあまりの迂闊さによるものなのか、あるいはそれを指摘されたせいなのか。
とにかくこれは恥ずかしい。
「それは……忘れていました」
「でも、先輩のエピソードってどうすれば良いんでしょうね? ここに来て日が浅いからしがらみもないし、何か心当たりあります?」
「そうだなぁ……」
しがらみ。しがらみと言えば、父さんの会社絡みだろうか。
でも、それでどうやってレッドのエピソードを作ればいいのか。
「それなら、ちょっとわたしに任せてみない?」
先生から、思いもよらぬ申し出。
「何かアイデアがあるんですか?」
「わたしも、悪役やる前にちょっとは調べてみたのよ」
ここで何について調べたのか尋ねるほど、僕も桃生も間抜けではなかった。
戦隊ものの様式美について調べたのだろう。
「それで不満に思ったことがあるのよ」
「はい?」
と、思わず聞き返してしまったが今まで話を聞いた相手は、戦隊シリーズの称賛者ばかり。ダメ出しからのアイデアとなると、面白いかも知れない。
「その不満とアイデアを是非とも聞かせてください」
身を乗り出して尋ねると、先生は破顔一笑、ひとしきり笑った後、
「君が参加してくれて良かったよ」
と、一言声を掛けてくれた。
そして、不満と戦隊シリーズへの希望を口にする。
聞いている内に、そのシチュエーションは先生が知らないだけであるんじゃないかとも思ったが、もちろんそれを指摘したりはしない。
それに確かに盲点だった。
僕はしがらみを利用することで、エピソードを作ろうとしていたけど、しがらみを自分から作ることでエピソードにするわけか。
ただ言い訳をさせてもらえるなら、こういうエピソードはもっと序盤でやるべき話なんじゃないだろうか。だから途中参加の僕は思いつけなかった――ということにしておいてください。
それほどに先生の案は魅力的で、実用性に富み、しかも今の協力体制を利用して最大限の効果を狙った見事な物だったからだ。
どんな案かって?
――それは次の話と言うことで。
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