第4話 なるほど。そういう事ね。
「きっと断られるだろうと私達は考えていたのよ」
言葉を失ったらしい緑陸の代わりに、岸田さんが話しかけてきてくれた。
「だって、どう考えても苦労しかないわけでしょ? しかも正体をばらしてはいけないのよ」
この時にはまだ、日本語の難しさに気付いてはいなかった。
気になったのは他の事だ。
「あれ? 戦隊ものってそうでしたっけ? 割と堂々と名乗っていたような……」
「どうも色々混ざっているらしいのよね。ご迷惑をおかけします」
そう言えば、この人が患者だった。何だか難しい状態だなぁ。
「そんなわけで、クラブ活動みたいにして、活動を公にするわけにもいかないの。それでも放課後は学校周辺に待機してもらいたいし、家に帰ってからも連絡のつくようにはしていて欲しいのよね」
随分と拘束されるなぁ。でも無料奉仕のヒーローとはそういうものなのかも知れない。
「授業中に騒動が起こるのが実は一番効率が良いのよね……」
やはり、この准教授も問題あるな。
「――本当に、そんな簡単に決めて大丈夫なの? 本当に迷惑なだけの話よ。もちろん円ちゃんが言うように、こちらからの便宜を全く提供できないというわけではないけれど……」
問題はあるが、いい人のようだ。
もちろん僕には僕で父さんの会社での居心地がよくなるという、ちゃんとした報酬があるわけだけど、それをわざわざ口にする必要もないだろう。
それに、どうも話を整理してみると、おかしな部分があるように思う。
「少しまとめていいですか? まず僕はその戦隊に入隊する。目的は騒動を収めるため。そして治療のため。治療のための目標は『最終回を迎えること』」
ここまでは間違いないはずだ。
岸田さんも、緑陸もうなずいている。
「じゃあ、最終回をやってしまえば、この戦隊は解散でしょう? 確かに面倒ごとかもしれないけど、終わりはあるんだ。それで済む話じゃないですか」
その言葉に二人は顔を見合わせるが、否定のしようもないだろう。僕は言われた内容を確認しているだけなのだから。
それでも緑陸が眉を寄せて声を掛けてくる。
「簡単に言うけど……」
「そこは重要じゃない。目的がそうであって、僕に頼みたいことがそれで間違いがないなら、その難易度は問題じゃないだろ?」
そう僕が言い返すと、緑陸はつり目をさらにつり上がらせて黙り込んでしまった。
無理難題を引き受けたのに、何の不満があるのだろう?
単純に言い負かされたことが悔しいだけなのか。
それぐらいで不機嫌になるんじゃ、これから先が思いやられるけど、はっきり言えば目的達成に緑陸の機嫌は関係ないしな。
気にするのはやめよう。
その後、緑陸は結局黙りを決め込み、僕は実質的には戦隊司令のポジションに位置するのであろう岸田さんから、他の仲間(と言っていいものなのか)や、連絡方法、敵と戦う前に行うべき事、その他諸々について説明を受ける。
大胆に総括すると、
「手の込んだ茶番を繰り広げる勇気」
が必要なのだと理解できた。
……あくまで「鐘星高校における戦隊の活動について」である。そこのところ誤解の無いようにお願いしたい。
「一通り練習してみたいんですが……」
複雑な手続きの数々に、さすがに不安になった僕はそんなことを訴えてみるが、
「それには他のメンバーの協力が必要だと思うけど、ちょっとそれをお願いするのは……」
何とも立場の弱い司令だけど、今までの説明を聞く限りそれも仕方がない。
ボランティア活動よりも尚ひどい。
いや、たぶん公にできないだけで、何かしらの便宜は図ってもらえるのだろうとは思うけどね。その辺が患者にばれるとまずい――
うん?
事情がうまくつながらないなぁ。
岸田さんが患者。
岸田さんのもう一つの人格が戦隊ものにこだわっている。
じゃあ、その人格が表に出たとき、それはいったいどういう状態なんだ?
日曜日の朝の子供みたいな状態になるのだろうか。
「特に決まった周期があるわけではないけど、たぶん二、三日は出動はないと思うわ」
緑陸が復活してきた。
「一度出動すれば、残りの疑問も晴れると思う」
見透かされたようなことを言われて、僕は何となく納得した。
たしかに百聞は一見にしかずとも言うしね。
――で、二日後。
幸運なのか何なのか、僕の最初の出動は放課後の時間帯だった。
エクレンジャー用の更衣室に行ってみると、でかいのと、こぶとりと、ちっちゃいのが先に来ていた。
「赤月君だね。話だけは聞いているよ」
「おう、よろしくな!」
「先輩。頑張っていきましょう」
よし。面倒そうなメンバーはいないようだ。緑陸の方がよほど面倒だと思えるね。僕も無難に挨拶をしておいて、いきなりリーダー役になった事を詫びておく。
「それにはむしろ同情するな」
でっかいのが答えてくれたところを見ると、今までリーダー役だったようだ。
ここで自己紹介と行きたいところだが、あいにくと悪の手先は時間の猶予を与えてはくれないらしい。
ヒーローとしての自己紹介なら待ってくれるのだけど。
初仕事の舞台は、大学の敷地。その中央部にある広場らしい。出動がてらのイエローの説明によると、舞台としては結構選択される場所との事だ。
恐らく学祭のアトラクションみたいな状態になるのだろう。
そのまま原色のスーツを着てマスクを被り、森の中を走り抜け大学に向かう事になるわけで、当初は人目も気になったが、あまり注目されず、しかも着ている自分は自分がどんな姿をしているかなんてすぐに気にならなくなってしまうものである。
これは新たな発見だった。コスプレしている人がやたらに写真に撮られたがるのは、自分の自覚を促すためかも知れないな。
そして、いつの間にか合流していたグリーンと現場に到着。
現場は中央に噴水があるような、何というかありがちな広場より尚ひどくて、化粧タイルが敷き詰めてある以外は、広くなった道と言うようなレベルだ。
そこには試験管に手足が映えたような怪人がいる。
怪人である。
着ぐるみの技術がいくら上がっても、これは無理だろ言うぐらいに細い手足がついただけの試験管。糸で上からつり下げられていると考えた方が納得がいくような状態ではあったが怪人である。
何しろ他にアレを表す適当な単語がない。
「え? あれだけ何か本気っぽいんだけど……」
思わず呟いてしまった僕の戸惑いの言葉に、元リーダーらしいブルーから声が掛けられた。
「そのとおり。あの怪人とこのスーツだけは現行の科学をはるかにぶっちぎっている代物だ。もっとも力が拮抗しているので、スーツを着ている限り危険はないのだが……」
「試験管の中身が気になるわね」
男物のグリーンのスーツを身を包んだ緑陸――だと言ってはいけないんだな。しかしまぁ、男物を着ても違和感を感じないのはアレがアレなのだろう。
一方で女物のスーツに身を包んだ後輩らしい彼のことが気になるが……うん? 試験管の中身?
「何かイケナイ物を作って、適当に捨てた」
イエローが最悪の予想をしてみせる。しかも笑いながら。
「アブナイ……媚薬!? いやそれは危なくないか……」
ピンク。
こいつの人生はきっと危険物だ。
「とにかく手順を踏もう。時間切れで怪人が倒れても今回はまずいからな。レッド、君からだ」
仕方ないけど、どっちがリーダーかわからないね。
もちろん僕はそんなことにこだわるつもりもないので、見得を切るべく、どう考えても自分の常識の範囲外にある怪人と、その向こうの秘密結社幹部らしき連中を視界に収めた。
その瞬間こそが、僕がこの事態の全てを理解できた瞬間だったと後から思い出せる。
怪人の向こう。
奇抜な格好をしたおそらくは女首領こそ――
――三津佐大学准教授、岸田朝子その人に違いなかったからだ。
なるほど。そういう事ね。
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