第3話 「そうね。四階から落ちても平気だったわ」
これが誘い文句。
微妙に頬を染めた岸田さんがモジモジしながら誘う姿は、ほとんど告白の情景だ。
「ち、治療……ですか?」
僕としてもオウム返しに聞き返すしかない。この段階でかなり予想が裏切られていた事だけは明言しておこう。
「簡潔に言うと、朝子さんは統合失調症なの」
戸惑う僕の横から緑陸の声がする。統合失調症……? それはつまり昔は精神分裂とか二重人格とか言われていたあれか。
「その治療のために最適な素質を赤月君は持っているの」
「素質?」
緑陸がたたみかけてきた。
「素質というのは、苗字に“色”が入っている、ということ」
「は?」
それが素質?
いやいや、それは素質とかの問題だろうか?
「今まで素質の持ち主が四人いたんだけど、色がどうしても揃わなくてね……」
「何を言ってるんだ、みど……」
ここでようやく気付きました。緑陸――たしかに“緑”と色が入っている。
“みどりりく”なんて読み方だから、ある意味分かりやすいですね。
そして、こんなところに僕と共通点があったんですね……補色の関係性ですが。
さて思わず心の中の声まで敬語になってしまうこの事態。
一体、どういうことなのか。
結局、その辺りを確認しなければならないわけで……
「あ~、何か色について極端に偏執してしまうという問題が――」
岸田さんにあるということになるよね?
と、そこから先は言葉にせず目で問いかけてみると、岸田さんは中途半端な笑みを浮かべ、緑陸はわずかに首を横に振った。
「それも含まれているわ」
「“も”――含まれている?」
「端的に説明すると、朝子さんのもう一つの人格には強烈な願いがあるの。それを叶えれば、人格は統合される……ということになっているわ」
「はっきりしてないのか?」
「それほど見込み薄の話ではないわ。それに治療以外にも、誰かがやらねばならない事情があるの」
「治療以外?」
「順を追って説明するわ」
と、ようやくここで僕は鐘星高校を襲う秘密結社(自称)の詳細を聞くこととなった。
敵の首領はレディ・ニュクス。幹部としてジェネラル・ストーン、そしてクイーン・キャッスル。
このあたりで開いた口がふさがらなくなっていたんだけど、緑陸の方がもっと恥ずかしそうだったので、話を止めるのは我慢した。
たぶん、こういう心境が“武士の情け”と言うのだろう。
彼らは――彼女らは、と言うべきかな――一週間に一度とは言わないが、校内の何かしらに命を与えて“怪人”と為し、迷惑行為を繰り返す。
「警察を――」
「呼ぶほどの被害は出ないというか、出さないの。それにもっと重要な理由があるわ」
「何?」
「男の子なんだから、子供の頃に一度ぐらいは戦隊ヒーロー見ていたでしょ。その時に警察が出てきたの見たことある?」
無いね。
いや、あるかも知れないけど記憶の中には無いな。
なるほど基準がわかってきた……様な気がする。
「つまりその秘密結社が益体もないことをするから、それを僕も含めて五人掛かりで止めるつもりなわけだ。本当に戦隊もの……もしかして何か派手な衣装でも着るのかな?」
「あ、それは私が用意します……」
今まで、黙り込んでいた岸田さんがか細い声で主張してきた。
というか、あるんですね。そういう物が。
どんどん洒落にならなくなってきた。
「改めて確認すると、僕にその戦隊に加われという話なんだな?」
「そうね」
「選ばれたのは、僕が“赤月”という名前だから」
「そうね」
「この際、いろいろなことは置いておいて、それをやらなければならないとしよう。でも高校生にやらせるのは酷じゃないか? そのあたりの大学生だって暇そうだったぞ」
「高校生が最適なの」
今までうなずくだけだった緑陸が反論してきた。
「部活をしていない高校生ほど暇な人間はこの世にいないのよ。あとはニートぐらい?」
確実な暴論をきっぱりと言い切りましたよ、この女。
「それに高校生活は三年で終わるでしょ。大学だと下手すれば――じゃなくて研究室とかに残れば、もっと長い期間残ることになるわ」
「……じゃあもう長いこと戦ってるんだな」
「三年ぐらいになるのかしら」
「そんなにか」
この辺が大人の事情で一年で交代になる戦隊との違いなのだろうなぁ。
そんな事を考えていたら、何だか虚無的な気分になってしまった。
しかし、そこで僕は肝心な事に気付くことが出来た。
「……ん? じゃあ、だらだらと敵と戦い続けるのが目的なのか」
「違うわ」
否定されてしまった。じゃあ何だろう?
「目的はこの“戦い”の最終回を迎えること。つまりは悪の組織の壊滅。皮肉なことにこの辺は常識的ね」
常識と言えばそうかも知れないけど。
「それで、これに協力してくれた場合の代償なんだけど」
うん。ああ。当然そういうことになるだろうね。
「無いわ」
「無い?」
自分で言い出したくせに。
「赤月君、報酬をもらうヒーローを見たことがある?」
いや、それはあるんじゃないかな。
「戦隊の話よ」
「……それはわからないけど、あれだけ長い間色々やってるんだから給料もらえそうな連中もいたかもしれないだろ?」
「残念だけど、患者にはそういった戦隊の知識がなかったみたい」
患者? ああ、そうか。治療という話だったっけ。
ということは、話を総合すると、
「患者の美学というかこだわりに従って、戦隊ものらしい最終回を迎えることが出来れば――」
「――治療完了……理解してくれてありがたいわ」
理解しているお言えるのだろうか、これは?
僕は、半ば無駄なあがきと諦めつつも、確認してみる。
「それで納得して、協力しているのが四人もいるんだよな。君も含めて」
「そういうことになるわね。ちなみに協力してくれれば赤井君がリーダーになるわ」
緑陸から、突然の宣告。
「何で!?」
いや、マジで突然過ぎない?
それに対する回答はこうだった。
「“赤”だもの」
なんという細部までのこだわりか!
ただでさえ厄介ごとであるのに、この上リーダー職まで。
客観的に見ればこれ以上ない無茶ぶりであろう。
「うん、いいよ。やろう」
だが僕はあっさりとその申し出を受けることにした。
その僕の言葉に、今まで僕を驚かせ通しだった緑陸の目が驚きに見開かれる。
なかなか爽快な気分だが、そんな一瞬の意趣返しのために、話を引き受ける気になったというわけじゃない。
実は気付いてしまったんだよね。というか、気付かない方がどうかしているというべきか。
父さんに下された、急な辞令の理由。
苗字と、高校生の子供がいるという条件。もしかしたら息子限定なのかも知れないけど、とにかく僕が主体で父さんが選ばれた、というのが実情らしい。
もちろん、ここで僕が断ったからといって、いきなりとんぼ返りさせるほど大人の世界は簡単にできてはいないだろう。
だけど、父さんの居心地は随分と悪くなりそうだ。
だとすれば息子の僕は、出来るだけ協力するのが家族というのもだろう。
……待てよ。
僕が先に死んじゃったら、それはそれで親不孝だな。
これは確認しておかなければ。
「あ、引き受けておいて何だけど、もしかしてかなり危ない?」
「その点は安心して」
今まで大人しかった岸田さんが、ずいと身を乗り出してきた。
「もともと、それっぽい格好をしてもらうことになるでしょ。だから全身防護の衝撃吸収スーツを作ったの。今までの戦いで怪我人は一人も出てないわ」
それは凄い。
「そうね。四階から落ちても平気だったわ」
――それって危険であることに変わりが無いのでは?
身体が大丈夫でも心に傷を負いそうな気がするが、とにかく目に見えての怪我はしないらしい。
普通に考えれば、そんなスーツの存在ごと疑ってかかるのが妥当なところなんだろうけど、この時の僕はやっぱり普通の判断力を失っていたんだと思う。
それに後で実際に着てみてわかったけど、そのスーツの性能は本物だったことでもあるから、結果オーライではあったしね。
とにかく、結局それで僕の障害は取り除かれてしまったわけだ。
すると結局は返答はこうなる。
「じゃあ改めて。引き受けるよ」
「えっと……」
おや、緑陸が戸惑っているな。
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