第二章 戦隊ものの美学の追究
第5話 レディを五人掛かりでボコボコにすれば最終回になるのかな?
試験管怪人の行く末が気になる?
広場に大穴があいただけで済んだよ。
中身は、THE・酸。
……でした。
三津佐大学の学生のモラルはひどいものだね。もっともその酸に対して、完璧な防御力を発揮したスーツへの信頼が強制的に引き上げられたわけだけど。
さて。
あの怪人だね。いや試験管怪人だけに留まらず、破れたラブレター怪人についてもだけど。
あれは岸田さんのもう一つの人格、レディ・ニュクスこと岸田夜子によって生み出された珪素を利用しての一種の集積回路を取り付けられた状態であるらしい。
安心してください。
僕もわけがわからないから。
ものすごく子供向けに説明すると、
「命のない物に、命を宿す」
ことが出来るらしい。
少し難しく言うと、彼女は人工頭脳と神経系を無機物に付与することが出来、しかも無機物は周りの元素を取り込んで、自己の肥大化をも可能にしている。
ということで、結論としてはああいう怪人になるということだ。
ぶっちゃけると超能力と呼んだ方が良いぐらいの能力らしい。彼女以外は再現できないし、どういう理屈で彼女が怪人を生み出しているのか、未だにその糸口さえもつかめていない。
そのあたりを研究していいるのが、大学の石上教授。
この辺で岸田さんの治療と現世利益とが合致し始める。
岸田朝子さん自身も分子物理学の分野で十分に天才と呼ばれるほどのひらめきの持ち主であるらしいが、石上教授がより強く求めるのは、人工生命の創造の方であるらしい。
治療が進み、人格の統合が起きれば、レディ・ニュクスの“超能力”も、もう一人の天才、岸田朝子の手によって科学の光が当てられるかも知れない。
治療にしては何とも大げさな話だなと思っていたが、謂わばこれは先行投資なのだろう。
そんなこんなで、事態の輪郭が見えたところで、僕は色々と調べることにした。
もちろん「最終回に向けて何をするべきか」についてだ。
正直、戦隊ものを見なくなってから随分経っているので、いったい何をどうすればいいのかよくわからない。
☆
そして今日も僕は戦う――いや作業をする。
戦うと表現するには、いつも一方的すぎるのだ。
僕らエクレンジャーはスーツのおかげで傷一つつかないし、打撃に関しては痛みすら感じない。
そんな状況の中で僕らはよってたかって、怪人の解体作業をするわけである。
今日の怪人はホッチキス。そして迷惑なことに今日の舞台は鐘星高校の運動場。
だれだ、こんな物捨てたのは。
すでに名乗りは終えて、戦いの時間帯だ。今は手足を引きちぎっているところ。
えぐい作業だが仕方がない。そうしないと、レディ・ニュクスが取り付けた回路がどこにあるのか探すのがものすごく面倒だからね。
ジェネラル・ストーン相手なら、このままの手順で良いんだけど、今日の相手はクイーン・キャッスル。彼女は前線に出てきて、鞭で僕らを攻撃してくるという、なかなかに面倒なキャラクター性を与えられている。
「ブルー、ピンク。クイーンの相手をしてやって」
「承知」
「年上は得意です」
リーダーらしく指示を出してみる。最初は柄じゃないと思ったけどやってみれば出来るものだね。まぁ、難しい判断はいらないしな。
ブルーの中の人は旧家の生まれで、文武両道、背も高く二枚目という、恵まれた資質の持ち主で、生身で戦ったら、間違いなく一番強い。
とは言ってもむやみに暴力を振るう人ではもちろん無い。
事情を知らない生徒達からは、生徒会活動をしてくれないだろうかと期待もされているようだが、残念ながら彼はエクブルーであるのだ。
クイーンの繰り出す鞭を、きっちりと見切り、さりとて攻撃もせずに牽制して、彼女の鞭の先端がこちらに襲いかからないように調節してくれている。何とも頼れる先輩で副リーダーだ。
一方のピンクは、大胆にクイーンの懐に潜り込むと――何をやっているのか。
いくら鞭を振るわれても、今の僕らには痛くもかゆくもないのであるが、それにしたって恐怖はつきまとう。
ピンクは元々小柄で、しかも身のこなしもたいしたものだが、その技能を素直に褒める気になれないのは何故だろう?
……いや、答えは分かり切っているけどね。
「やめろ! 耳元でささやきかけるな!!」
「大丈夫です。僕は強情な女の人でも素直にするのが得意なんですよ」
「これは強情なんかじゃない!」
「くすくす……そんな女の人、何人も見てきましたよ……」
甘く蕩けるような声とはこのことだろう。
クイーンは遮二無二鞭を振り回してピンクを振り払った。
あの人、本当は岸田さんを担当している心理カウンセラーのはずなんだけどな。
ピンクにやられっぱなしの上に、どう見ても鞭を振り回すのに愉悦を覚えている。自分自身にカウンセリングが必要なんじゃないだろうか?
さてその間に、常識人である僕とグリーンが怪人を押さえ込む。
その隙にイエローが手足を引きちぎり――せめて引っこ抜くと言い換えることにしようか――抵抗できないようにする。
このスーツにはパワーアシストみたいな物はついてないらしいけど、イエローは元から怪力と言っても良いほどの膂力の持ち主だ。
簡単にホッチキスから手足が抜ける。
そうなると後に残るのは、ただでかいだけのホッチキスだ。しかもどこか壊れているわけで、そうなると針が出てくる機構が壊れたという可能性が一番高い。
本当にただの粗大ゴミだ。
そこで出番となるのがグリーンで、怪人の身体を調べて、レディが取り付けた回路を発見。それを除去する。
「ブルー! ピンク! とどめだ!!」
と、せいぜい勇ましい声を出してみる。
ロボット戦のないエクレンジャーの場合、これからが最大の見せ場になるからだ。ここで様式美を全うしないと、治療にもならない。
僕の掛け声で、エクレンジャーが横一列に並ぶ。
大丈夫。
すでに敵はただのでかいだけのホッチキス。どれだけ美しさを追求しても逃げられることはない。
今まで使うことなく、腰にぶら下がったままであったスティックを腰のベルトから抜き、その先端を合わせるようにして五人で構える。
「これで最後だ! エクレンランス!!」
ランスと言うことにしておいてください。子供達が将来、そういう戦隊のフレーバー的な物を感じるきっかけになればうれしく思うよ。
……時々、地元のケーブルテレビで流れるんだよなぁ、これ。
ローカルヒーロー扱いで、この戦いがそのロケだと思われている分には、確かに人目も忍べるけどさ
「エクレンライトニング!!!」
とまぁ、この掛け声でスティックを突き刺す。
そうすると急激に増殖し、脆いままの怪人の身体を構成する分子間結合がスティック内部に仕込まれた液体で解かれていき、ボロボロと崩れていく。
もちろんこれだと絵的には地味なので、さらにはナトリウムと水を反応させて強烈な光と共に燃え上がらせる。
かくしてライトニング! ……突っ込みは受けつけない。
その間に、スティックを下向きに突き刺しているだけという間抜けな状態から、五人揃っての決めポーズに移行する。
「おのれ! エクレンジャーまたしても!!」
職業意識の高い、クイーンからおきまりの台詞。
そのころ岸田さん――ならぬ、レディ・ニュクスはと言えば……
泣いていた。
笑いながら泣いていた。
戦闘中は無表情なのに、この瞬間だけはああやって感情が表に出てくる。
――そしてこれもいつも通りなのだ。
やがてレディはクイーンに助けられるようにして退場していく。
ふむ。
レディを五人掛かりでボコボコにすれば最終回になるのかな?
どうも、それだとヒーローらしくないような。
そして、しばらくの熟考の後に導き出された答えは――僕には知識が足りない。
つまりは勉強が必要だ、という当たり前の答えだった。
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