第7話 僕は言われたことは守る。

「旨いだろ」


 タイミングよく黄涯が尋ねてくるので、僕としては熱心にうなずくしかない。それも何度も。僕はグルメレポーターではないので、いろんな言葉を使って褒めたりは出来なかったが、とにかく旨い。


 なるほど、黄涯が跡を継ぎたがるのもよくわかる。これは誇りに思える味だ。


「俺は、ちゃんと店の味を覚えたいんだけど、父ちゃんはなかなか食わしてくれなくてな」


「そうなのか? 継ぎたいってことは……」


「もちろん言ってるさ。だけど、それにしたって他の店に修行に出ないとダメだって言うんだ。高校行ってるのも、よその店に行くんだからある程度の学歴がないとダメだって言うからで……」


 黄涯は後半言葉を濁してしまった。

 なるほど、色々と事情とか方針とかがあるわけだ。


「それがだよ。俺が出動した日には親父が飯を食わせてくれるようになってな」

「ははぁ」


 黄涯が参加している理由がよくわかった。


 待てよ? そうすると……


「それじゃもしかして、最終回を迎えたくはない?」

「ぶっちゃけると、そうだ」

「もしかして他の二人も……」

「かもしれない。というか、多分そうだろうな。緑陸はよくわからないが……」

 

 メンバー内の交流のほどが窺える。


「お、君が……いや、すまんすまん。ナイショだったな」


 少し雰囲気が沈んできたところに、何だかねじりはちまきが似合いそうなオジサンがやってきた。チェックのネルシャツにジーンズ。その上からベージュの綿地のエプロン。


 ログハウスに休暇に来た日曜日のお父さん、みたいな感じだがこの人が黄涯の父親なのだろう。黄涯とは違って彫りの深い顔立ちで、何だか異国情緒すら漂っている。


「それで戦隊について聞きたいって話だったよな。これデザートな。甘いもの好きか?」


 と言いながら、ちゃぶ台の上にどんとプリンアラモードらしいものを置く。


「父ちゃん、俺のは?」

「お前の分なんかあるか! 俺は大事なお客様をおもてなししてるんだよ」


 なんとほほえましい親子関係だろう。ところで自己紹介をする隙ぐらいはくれないかな?


「それで戦隊の何が知りたいって? 何でも答えるぜ」


 くれないらしい。


「落ち着け父ちゃん。まず名前ぐらいわからないと面倒だろ」

「お、おお。そうか。じゃあ俺からだな。俺は黄涯俊文としふみ。この店の店主だ」


 と言われても、まさか「俊文としふみさん」と呼ぶわけにもいかないよね。


 僕も自分の名前と、ごちそうになったハヤシライスがとにかく旨かったことを伝えた。


「そうかい?」


 と言って、男臭い笑みを浮かべる親父さん。何だか随分と人の良さそうな人だ。この勢いで話していけば、黄涯がこの店を継ぎたいという想いを……


 ――ダメだ。


 僕は自分から動かない。

 それに今の僕には、言いつけられた優先すべき目標がある。


 僕は、さっそく本題を切り出した。


「お伺いしたいことと言うのは、戦隊もので最終回を迎えるためにはどうすればいいか、です」


 そんな僕の質問に、首をひねる俊文氏。

 仕方ないのでまとまらないのは覚悟の上で、僕なりにかみ砕いて追加説明してみよう。


「あのですね。何というか最終回にいくまでの流れというものがあると思うんですよ。その様式美というか、戦隊ものがやっておかなければならない手順というか」


 まとまらない。


「あれか。終わり際になると、敵幹部が倒されていくみたいな感じか」


 ありがたいことに、黄涯から適切なフォローが飛んだ。そう言えば、記憶の中の戦隊ものの最終回もそんな感じだった。


 ということは当面の目標としては、ジェネラルとクイーンを倒すことになるのかな?


「さすが俺の息子。それはそれで正解だが、全体的な流れで言うとそれだけじゃダメだ」


 ほう。


「父ちゃん、話が長くなりすぎるよ」

「いや」


 僕は親父さんが何か言い出す前に、黄涯を遮った。


「教えてもらうんだから、長くなっても良いんだ」


 それに経験上こういう人は、自由に話をしてもらった方が話が長くならない……と思う。実際に注文をつけたときの長さを僕は経験した事は無いんだけど。


「かーーー! 嬉しいねぇ!! じゃあじっくりといくか」


 と気合いを入れて、親父さんが延々と語り始める。


 さすがに四十年の歴史を誇る戦隊もの。その様式美というものも随分と変化しているようだ。


 それを理解していった僕は、どうやらレディ・ニュクスがこだわっているのはかなり古い年代の戦隊ものであるらしいと目星をつけた。


 そして結構な数の戦隊が、まず悪と戦う組織があって、変身をする連中はその中でも選ばれた戦士という設定が多いらしいことも学んだ。


「いきなり『戦え』というパターンは少ないんですね」


「そうだ。だから昼眼鏡タモリが『あいつらが戦う理由がさっぱりわからない』などと言いやがったのは、単純にちゃんと観てないんだ。戦う理由は簡単『仕事だから』だ」


「けれど噂に聞くエクレンジャーはそういう組織ではないようですが」


 僕がそう言ったとたんに、黄涯親子の目が揃って半目になる。


「赤月、お前真面目すぎるよ」

「俺を顧問だと思って、ここでは正体を明かしていこうぜ」


 一人図々しい要求をしている人が気にしない。

 僕は言われたことは守る。


「エクレンジャーの話ですが」

「……わかったよ。その場合でも実は話の道中はそんなに変わらないんだ。敵が攻めてきてそれを倒すっていうのは変わらねぇ」

「それを回数繰り返すのが条件……それだと、とっくに最終回ですね」


 三年間やってるんだもんなぁ。


「それはまず五人揃ってなかったというところが問題かもしれねぇ。過去に最終回のほんの直前まで五人揃わなかった奴があるけど……ただ、これはエクレンジャーが最終回を迎えるにはあまり関係ないかもな」


「何故です?」

「結構、新し目なんだ」

「そうか~?」


 黄涯には「揃うのが遅い戦隊」に心当たりがあるようだ。


 それに門前の小僧方式でいくらかは戦隊ものの知識があるらしい。これなら現場での助言が欲しいときに教えてくれるかも知れないな。


「でも古くても新しくても、必ず通る道がある!」


 親父さんの力強い言葉に、僕は身を乗り出した。


「それは?」

「メンバー個人個人に焦点を当てたエピソードだ」

「な、なるほど!」


 確かにそれは必ずやっていそうだ。それでいけば今日の黄涯との交流は十分に課題をこなしたと言えるんじゃないだろうか。


 戦う理由もわかったし、何だか戦隊として前向きに進んでいる。


 ……いやしかし、これどうやって岸田さんに伝えるんだ?


 まぁ、それは後回しでいいか。


 今は情報収集に励むべきだね。


「あとは敵幹部にも、もちろんドラマがある」

「ああ、それはなんとなくわかります……昔からそうなんですか?」

「昔は……どっちかというと組織内での勢力争いの方が多かったな」


 ジェネラルとクイーンがねぇ。

 それはそれで演じてもらうしかないな。


 ただ、そっちの方が岸田さんに状況の変化を訴えるのは簡単そうだ。


「さらに理想を言えば、そういう個々人のエピソードが解決されてそれぞれが戦う理由、守るべきものを見いだしていく、という状態になって……」

「最後は五人の意志が揃うという展開ですね」


「そう。ここ最近は特にそういう傾向が強いな」

「昔は違うんですか?」


「何というか昔は特に職業軍人みたいな香りがあって、もっとストイックなんだ。それぞれが決意を固めても、それを他のメンバーにひけらかしたりはしない」


 うーん。


 岸田さんが期待しているのはどんなフレーバーなんだろう?


「そうだ、父ちゃん。こんなにゆっくり話していて良いのかよ。お客一杯いたぞ」


 僕が考え込んだ合間に、黄涯が鋭い指摘。そういえば食堂はどうなってるんだ?


「有沢に任せてあるよ。最近頼もしくて助かるぜ」


 たぶん、スーシェフという感じの人なのかな?


 気付けば、何だか黄涯が微妙な表情。店を継ぎたいということならライバルということになるのか。


 けれど普通は、のれん分けというシークエンスが採用されるんじゃないだろうか?

 まぁ、それが確定していない以上、黄涯が不安になるのもわからないではないけど。


 ――将来が見えているのは、それはそれで苦労なことだね。

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