第8話 今は戦略撤退を選ぶしかないな。

 こうして僕は黄涯がエクレンジャーに参加している理由を突き止めた。親父さんの影響と、将来への足がかりと――食欲だな。それであの名乗りになるわけか。


 様式美的にはアレも改善してもらった方が良いんだろうけど、とにかく今は情報収集を優先しよう。


 あの名乗りがそれぞれの動機を反映しているなら――僕は全然違うけど――ピンクの名乗りは明らかにラスボスクラスの厄介さだ。


 ということで僕は無難な敵で経験値を稼ぐべく、元リーダーのブルーに狙いを定めた。


 今でもきっとサブリーダーぐらいは自覚してくれていると信じたい。

 まぁ、やることはと言えば普通に話を聞くだけなんだけど。


 エクブルーこと青鹿あおじか伊舟いしゅう先輩は三年生。つまりは先輩だ。


 ……困ったことに僕にはそれ以上の情報がない。


 これは最終回は遠そうだ、とそんな自虐を一瞬でやり終えて僕は緑陸の下へと向かった。


「どうして私のところに来るの?」


 放課後であり、今のところ出動命令が出ているわけでもない。


 そんな状態でエクレンジャーのことを聞くのに、同学年で同じ階にいる緑陸のところの行くのに何の不思議があるというのだろう?


 緑陸も確実に人としての何かをこじらせているように思える。


「黄涯はちゃんと目標があるのことがわかった。そちらを優先させてやりたい。しかもあいつは二組で緑陸は三組だ。僕は五組なので緑陸の方が近い」


 ぐうの音も出ないように、懇切丁寧に理由を説明することで仕返ししてみる。


「要は話をしたいんでしょ。携帯で話すなり呼び出すなりすればいいじゃない」


 ぐうの音を出さない代わりに適切な助言が来た。

 だけど、僕の方が適切ではなかったんだな、これが。


「携帯番号を知らない」

「はぁ? そんなことも聞いてないの?」

「だって着替えて、戦って、着替えて、はい解散だぞ。どこに友誼を深める隙がある?」

「それは理由になってないわよ――ちょっと待って」


 緑陸は携帯を取り出すと、どこかに――青鹿先輩なんだろうけど――連絡を取った。


 それはほんの数秒で終わる。エクレンジャーの中の人は皆、交渉術に長けているのか? 


 ……いや、きっと人間関係がドライすぎるんだろう。だから目的以外のことを口にしないから自然と話が早くなる。


「青鹿先輩が時間を作ってくれるって。校舎四階の向こうの――」


 緑陸はそこで窓の外から見えるもう一つの校舎を指さした。


「――端っこに茶室があるから、そこで会おうって。これで用は済んだわね。じゃあ、さよなら」


 その言葉が未だ宙に漂っているウチに、緑陸はスカートを翻して行ってしまった。


 ドライだ。

                   ☆


 ――青鹿先輩は何というか武士みたいな印象がある。


 細身で姿勢がよく、口ぶりも涼しげだ。男っぽい容姿ながらも十分にハンサムで、さぞかし女生徒に人気がありそうなのだが――髪型が見事に七三分けなのだ。


 ……まぁ、何事にもマニアがいるものだし僕が思うほど残念なのではないのかも知れない。


「いきなり、すいません先輩」


 茶室というか、単純に学校の中の和室だねこの教室は。


「構わないよ。秘密にしなければならない話だろうと思ってここを借りることにした。急な話だったので、先生方も難色を示したが……」

「それはお手間を取らせました」

「いや、構わないよ。全然構わない」


 そう言うと、青鹿先輩はうっすらと笑みを浮かべる。僕を気遣って……という感じではないな。何だろう? この笑みは。


 茶室の中は薄暗くなかなか雰囲気があるが、普通の教室を強引に間仕切りして、和室に改造しているわけだから、何とも狭い。


 ……いや、狭いのが茶室というものなんだったかな。


 茶道具は部屋の隅にまとめられたままだから、先輩が僕に茶をごちそうしてくれるというわけではなさそうだ。茶碗は回して飲む、ぐらいしか作法を知らないけどね。


「無茶が通ったのはエクレンジャーだからですか?」

「それもあるかも知れないが、青鹿家の力もあるだろうな」

「え~っと、お金持ちか何かですか?」


「君のように、別の土地から来た人間には全くネームバリューもないただの旧家だ。だがそれだけに限定的な地域にはそれなりに価値のある名前でね」


 何か必ず自虐的な影が見え隠れするような気がする。

 この辺が、先輩の戦う動機に結びついているのだろうか?


「それで、わざわざ話とは? 君は十分にエクレンジャーとして振る舞えているように思うが」

「ルーチンワークにおいては随分慣れたと自分でも思います。でも僕たちの目的は最終回を迎えることでしょう」


 その一瞬、青鹿先輩の瞳が何だか透明になっていくような気がした。


 え? 何? この反応。


「そう言われてみれば、そんなことを聞かされた覚えがあるな」


 僕と同じ段取りなら、間違いなく聞いているはずなんですが。

 な、なんか十分にラスボスの香りがしてきたぞ。


「ぼ、僕がお伺いしたいのはですね。先輩がエクレンジャーとして活動している動機です」


 僕はとにかく用件を切り出してしまうことにした。何だか地雷原に突っ込む心持ちだけど。


「動機……? それを聞いてどうするんだ?」

「今の段階ではどうということはないんですが、それが最終回を迎えるために必要な手続きだと思うので」


 僕はそこで黄涯の親父さんに聞いた、戦隊ものの手順を披露する。


「なるほど。前向きなことだな」

「というか、このプライベートも何もない状況を終わらせたいと思うのは普通なんじゃ……それに報酬も何もないわけで」


 黄涯には個人的に配給されているわけだが、そういう特殊事例を持ち出すのはいくら何でも見当違いだろう。


 あれ……?


 何だか先輩の瞳が何だかまた透明に。


「……どう説明すればいいものか……」


 何とか会話は行えるみたいで、それはそれで結構だけど、そんなに難しくなるんだろうか? しかしこれも最終回を迎えるためだ。


 とにかく、まずは情報を揃えないとな。


「――慌てる必要もないので、先輩のペースでどうぞ」

「そう……だな。この状況もなかなかにご褒美であることだし」

「ご褒美?」

「青鹿家は先ほども話したとおり旧家でね」

「あ、はい」


 何か重要な単語がスルーされた気がするけど。


「跡取り息子とか、そんな制度が未だに生き残っているような家風なんだ」

「先輩がその跡取り息子ということですか?」

「そうではないんだ。僕は次男でね」


 ん? 話が見えなくなった。


「それなら、部外者の僕が言うのも何ですが、気楽なものなんじゃないですか? えっと旗本の次男坊というような――時代劇からの知識ですけど」


「それなら私の家は、江戸時代よりも旧いことになるな。私の家では次男であっても家名を保つためにそれ相応の能力を求められてね」

「先輩はそれに十分応えているんじゃ?」


 贔屓目……というほど付き合いがあるわけではないけど、客観的に見ても先輩はきっと自慢の息子に違いない。


「そうだな。そこが少しばかり不満ではあるが……だが私がいかに優秀であっても、結局は兄が家を継ぐことになる。それでも私は優秀であり続けることを辞めるわけにはいかない。それが報われることが無くともな」


 なにか……繋がりかかっているような。


「常識的に考えて、私はかなり理不尽な立場であったのだろう。周囲からの高すぎる要求。それに応えたからといって、何事にも成らない行く末」


 それはお気の毒に、と言っていいものなのか。


 僕が迷っている間に、先輩の話の続きがあるかとも思ったが、先輩もそこで黙り込んでしまう。


 何だか愚痴を聞かされるターンに入ってしまったような気もするが、その先に必要な情報があるような気もするしなぁ。


 ここは僕から先を促すべきなのか。


「……幼い頃の私は、それを恨んだりもしたものだが」


 あ、ようやく話が続くようだ。ここは少し言葉を添えておこうか。


「今ではそれも諦めがつくようになった? ……とか」


「いや……そうではないんだ。いつの間にか私はそういう状況下にいることが楽しくなり始めたんだ」


「……え? …………そ、それは何というかスリルを楽しむというような……」


 思わず“穏当”な言葉を探してしまう僕。


「少し違うような気がするな。そう……ここまで話して婉曲的な表現を探しても仕方がない。家からの要求に応えるうちに、私は報われぬ状況、理不尽な命令に愉悦を感じる体質を獲得したのだ」


 …………要は精神的なM気質ということ?


 エクレンジャーとして戦うこと自体が「我々の業界ではご褒美です」的な?


 もし、今ここで僕が先輩を「変態!」と罵倒したりする。あるいは「あなたの行動は期待されていたものとは違う」と正論を突き刺したりする。


 ……それはそれで先輩を喜ばせることになるのか。


 もしかして、Mって人間関係においては最強なんじゃないか?


「先輩」

「うむ」

「とりあえず、携帯番号お聞きしてもよろしいですか?」


 今は戦略撤退を選ぶしかないな。

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