第9話 もう身も心もメロメロのボロボロ


 空に墨を流したような、低くたれ込めるような雲。周囲の明るさは夜であるのかと錯覚しそうになるが、腕時計で確認するまでもなく今は午後四時を回ったところ。


 放課後だからね。


 先輩に――M先輩とかいうと喜んでしまう――話を聞いた翌日。


 僕はラスボス認定していたピンクの中の人、桃生ものう春樹はるきに会う段取りを取り付けていた。


 先輩で十分ラスボスクラスだったから、バランス的にこちらは少しはマシであって欲しい。


 桃生が指定したのは、学校近くのワンルームマンションだった。大学生の一人暮らし向けに建てられた感じで、要するに桃生は一人暮らしらしい。


 鐘星高校はそこまでして通うような学校だったかな?


 このあたりに住んでいたけど、家族が引っ越してしまって、高校に通っていた桃生だけがここに残った。


 ……などと、いろいろ想像を巡らせているうちに着いてしまった。


 マンション自体は特徴を表現しようもない全くの普通の外観。桃生の部屋は四階で、エレベーターの真横だった。


 さっそく僕はインターフォンを押す。

 そして、すぐに桃生がドアを開けて姿を現し、こう告げた。


「いらっしゃい先輩。なんにも無いところだからお茶も出ないよ」


 なんという出迎えの挨拶だろう。


 しかし、ざっと見渡したところ、その言葉に偽りはないようで家具の類が全くない。


 テレビがないとか、そういう次元の問題ではなく、冷蔵庫とか洗濯機もないのだ。

 どうやって生活してるんだ?


「ここには教科書と制服取りに帰ってくるだけですから。女のところに置いておくと便利なんだけど、どうしてもそいつが特別な意識持っちゃうでしょ。だからそこは厳しくいってるんですよ」


 なんだろう。


 この上から目線のヒモは。


 ところが、こいつ可愛いんだよなぁ。身長も低いし、正直女の子に見える。それも相当な美少女だ。


 女性がこいつに入れあげるのもわかる気はするけど、おわかりの通り、こいつ無茶苦茶な肉食系。それも食い散らかすタイプ。


 もっとも僕は女性でもないし、こいつの牙に女性が幾人に引っかけられようとも、そこに憤慨するほど積極的な性格ではない。


 犯罪行為には手を染めていないようだし――いや、詐欺罪ぐらいは成立するのかな?


 しかしそうであったとしても、それは警察の仕事。

 僕は現在、警察が見て見ぬふりをする事態に備えなければならない立場だ。


 何故かリーダーでもあるし。


 僕たちは引っ越す直前のような、何もないフローリングの部屋に二人向かい合わせて腰を下ろす。


 こうなってみるとペットボトルの一つでも買ってくるべきだったと後悔の念が脳裏をよぎるが、今更それをするのも間抜けな話だ。


「話を聞きたくて来たんだ」


 仕方がないので用件をさっさと済ませよう。


「はい。そういうお話でしたよね。それで?」

「桃生がエクレンジャーとして戦う理由を聞きたいんだ。戦ってもメリットはないわけだろ。一般的には」


 この段階でイエローとブルーにはメリットがあることが判明しているわけだが。


「僕は……そうですね。エクレンジャーであることが一種の道具として使えるからですね」

「道具?」


 何だかまた新しい答えが出てきた。


「ちょっと語って良いですか?」


 僕が怪訝そうな顔をしたのがわかったのだろう。そこを汲み取ってくれたらしい。こういう心遣いが出来るのも、モテる秘訣なのかも知れないな。


「――僕は女性というのは生物として完璧だと思うんですよ」


 モテる人は大体そういうことを言うね。


「だけど、それだけに過ちを犯しやすいんですよ。自分たちに似ているものしか愛せないという妙な信仰にとりつかれている人が結構な数いる。でもですね、せっかく性差があるんだから、自分たちとは全然違う人を選んだ方が良いんですよ。でもそれに気付かない。僕はそんな愚かさにそっとつけ込むんですよ」


 ……え、えーーーーっと。


 哲学の話かな?


「つまりは生物としては完璧であるのに、どういうわけか精神的に愚かな人が多いと。そういうことです」


 これはわかる。悪口だな。


「一番おかしいのは、怒りが向かう先ですよ。何股も掛けていた僕が悪いのは間違いないのに、どういう理由わけか他の女性を敵視するんですよね」


 こいつ……十五才だよな。


 思わず目をこすりたくなる。


「それで前に住んでいたところが実に住みづらくなりましてね。いや、僕は構わなかったんですけど二人の妹が僕との同居をそれはそれは嫌がって」


 その妹さん達に心からの同情を。


 定冠詞をつけて「THE・女の敵」が同じ屋根の下にいて、しかも身内だなんて。


 きっと針のむしろだろう。


「……で、ここに追い払われたと」


 無言で聞き続けると、僕の中の何かが歪んでしまいそうだったので無理に合いの手を入れてみる。


「言葉を選ばなければ」


 そんな台詞でまとめる桃生自身が、言葉を選んだことがあるのかを、問いただしてみたい。


「……で、ここに来たら来たで同じことをしているのか」


「違いますよ。前は同年代。今は年上のお姉さんをメインにしてるんです。いやこっちの方が良いですね。実はここにエクレンジャーをやっている意味がありまして」

「は?」


「経験を経た女性というのはさすがに性差のある相手を好む人も多いんですが“腐女子”っていうんですか。女性のオタク」

「戦隊もののオタクってことか?」

「そのものずばりもいますけど、こういう人たちは未だに異性に対して夢を見ているケースがままあってですね」


 こいつと話してると、何だかざわざわしてくるな。


「体毛が一本もないような、そんなユニセックスな存在ばかり愛すんですよ。そこに僕の手練手管でしっかりと開発してあげると、もう身も心もメロメロのボロボロ」


 こいつ今、ボロボロって言ったぞ。


「そういう人たち相手に『正体をばらしてはいけない』なんていう“設定”は、とってもツボらしくて『ねぇ、教えてよ』『言えないんだ』なんて駆け引きがね……」


 割とベタなことしてやがる……と、いかんいかん。


 頭の中の思考がどんどんやさぐれていくな。


 しかしそれでも、桃生にもメリットがあることがわかった。


 五人中三人が、戦い続けることを希望している。これじゃあ、最終回なんか迎えられるわけがない。


 僕が言われたことを守ろうとするなら、まずこのあたりを――


 ギャララララララララ!


 僕と桃生の携帯が一斉に同じメロディというか騒音を奏で始める。


 出動要請だ。


「はい。今度はどこ?」

『あなたこそ、何処にいるの? まぁ、それは良いわ』


 どっちなんだ。

 それにしても電話の向こうの緑陸はいつまで経ってもうち解ける様子がない。


『今日はちょっと厄介。西に山があるでしょ。その頂上よ』


 何でそんなところに、とか、岸田さんは何の用があって、とかは今はぐっと飲み込もう。


 今一番重要なことは……


「そこに行くための足は?」

『善処しなさい』


 何という無情な言葉。三年もやってるのに移動手段とか考えたことはないのだろうか?


 しかし、これで言質はとったぞ。


「先輩、行きましょうか」


 何だか乗り気な桃生に「現場は山の上だ」と真実を告げてげんなりさせてやりたいが、それをやってしまうのは、どう考えてもリーダーではないだろう。


 それに僕には秘策があるのだ。

 携帯をしまうことなしに、ゴンへと連絡する。


 ここ数日インタビューだけで時間を潰していたと思うなよ。


『はい、スナックゴンです』


 絶対スナックじゃないだろ、という突っ込みはさておいて、親父さんを呼んでもらうと、すぐに段取りがついた。


 思うんだけど、この世で一番暇なのはニートと高校生じゃなくてニートと大学生じゃないのかな。


 あ、暇なだけが基準じゃなかったんだっけ。


「先輩何やってるんですか? 出動でしょ?」


 こいつこれで真面目なところがあるんだよなぁ。


「今日の出現位置はかなり遠いんだ。そこで連れて行ってもらうことにした。戦隊に一般人の協力者が現れるというのは、結構あるシチュエーションらしいから、たぶん大丈夫だろう」

「連れて行ってもらう?」


 まぁ、そこは疑問だよな。

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