第32話 レディ・ニュクスが戴いていた王冠が砕けた。

 あの距離であれば、身内話も出来るはずなのにそれをしないレディ・ニュクスも役に徹している。


 理想的な流れを言えば、ここでジェネラル・ストーンの横やりが入った方が良いのだろうが、もう手が回らない。


 そのままそこに立ちつくしていてください石上教授。

 そして泣くなよ、ピンク。


 それから、これが戦隊ものなら確実に放送事故なグダグダな五分ほどの時が流れた。


 一応見せ場としては、ブルーの囮っぷりだろうけど、五分間もよけ続ける展開なんて、どんな演出家でも却下するだろう。


 僕たちは三人がかりでベンチの残骸ごと触手を押さえ込んでるだけだし、グリーンはどうかというと、責めるほどのことでもないが運動は苦手なのだろう。


 こんな触手を支える基盤部を背負っているわけだから、レディ・ニュクスの動きは決して良くない。それなのにこんなに時間がかかるなんて……


 だが、レディ・ニュクスも謂わば負けることを望んでこの場に来ている。


 あまりにもグリーンがもたもたしているようであれば、何とかして事態の打開を図るだろう。


 いや待てよ……


「イエロー、一瞬でもいいから触手をこっちに引っ張れるか?」

「え? それこそ、二人で一瞬でもこの触手を支えられるならな」

「実質一人か……」

「先輩、僕を諦めないで」


 だがしかし、ここはやるしかないだろう。


「ピンク、ここで倒れても良いから踏ん張れ!!」


 と言うと同時に僕は全体重を掛けて、触手を引っ張る。ピンクも頑張っているかのかもしれないが効果はよくわからない。


 ただ、イエローの負担が減ったのは確かなようだ。一瞬だけ自由になったことで、力を入れるための準備を整えられた。


「よしっ!!!」


 という気合い一発、グンと触手をたどり寄せる。


 そうするとどうなるか。


 もちろん大元にいるレディ・ニュクスがバランスを崩す。


「今だ、グリーン!」


 今度こそグリーンの行動に迷いはない。

 すでに発見はしていたのだろう。首の後ろではなく背中の真ん中ほどに腕を差し入れて、


「や……やったわ!!」


 その成果は、僕たちのところでも確認できる。

 触手から力が抜けたのだ。ただ、以前の鞭のように完全に力を失ったわけではない。


 未だにうねうねと動こうとしている。

 これは……


「回路を二つ使ってるのか!」


 まさかの並列処理? 

 ええい、あの回路は化け物か!!


「どうするの? もう一つ探す?」


 さすがにグリーンもそれに気付いたようだが、ここは好機と考えよう。


「いや、ここはチャンスだ。ピンク! エクレンランチャーの準備を!」

「ラ、ラジャー」


 すでに疲労困憊のようだが、それはおいておこう。

 僕には中途半端なままで終わっている作業を終える義務がある。


「ブルー、イエロー、グリーン!!」


 僕はレディ・ニュクスから距離を取った場所に皆を集める。

 そのレディ・ニュクスはといえば自立する力を失った触手のせいで、身動きが取れなくなっていた。


 見事だ、レディ・ニュクス。


 これこそが彼女が思い描いていた、自らの最後の姿に違いない。

 その心意気に応えなければ、ヒーロー失格だ。


 僕は右手を天へと突き上げる。


『ならぬ命を――』


 万感の思いを込めて僕はそこで拳を握りしめる。


『――天へと還す!』


 僕はその拳をレディ・ニュクスへと突きつける。


『我ら、遊奉戦隊!!』


 よし、ピンクがやってきた。我ながらタイミングばっちりだ。

 これが最後になる、五人揃っての名乗り。


 銘々がそれぞれの構えを取り、


『『『エクレンジャー!!!』』』


 そして次の瞬間には、周囲のお気楽な観客からやんややんやの大歓声。


 さすがに見所をわかっている。

 このまま怒濤の展開だ。


「エクレンランチャーセット!」


 僕の掛け声を共に、ピンクが運んできた凶悪兵器を全員で支える。


「ゴーグル、セットオン!」

「バレル固定」

「エネルギーチャージ」

「アンカーロック」

「標準セット」


 何だか色々と掛け声が違っているような気もするが、まだ二回目だしこれは仕方がない。

 要は雰囲気だ。


「これで終わりだ、レディ・ニュクス!! エクレンランチャー……」


 タメを作る。


「エクストリーム――」


「「「「「シューーーートーーーー!!!!!」」」」」


 ドン! と襲いかかってくる反動。


 撃ち出されるペットボトルロケット。

 通常の弾頭ならここで、強烈な閃光を発するはずだ。


 だがさすがに特殊弾頭。


 訪れた変化は、閃光だけではなかった。


 光はさほど強烈なものではなく、その失った光と引き替えたわけではないだろうが、明らかに異質な変化をそこから見せつけてくれた。


 いきなり分裂したのだ。


 その数はちょうど触手と同じ数らしく、分裂した何かが触手にとりつくと、そのまま浸食しているようだった。


 うねうねと動き続けていた触手がぴたりと動きを止め、そのまま灰色に染まり、さらさらと自壊してゆく。


 な、何というピンポイントな弾頭か!


 これはもう、後付でいくらでも設定が湧いてきそうだな。


 触手の自壊は留まるところを知らず、ついにはレディ・ニュクスの学ラン風の上着までボロボロにしていった。


 まさか、素材が同じなのか?


 お断りしておくが、その下にもちゃんと衣服があるので、それで露出度が上がったりはしてませんよ。まあ、確かにこれでレディ・ニュクスが巨乳であることが満天下に知られてしまったが。


 やがて自壊は終わり、最後に――


 レディ・ニュクスが戴いていた王冠が砕けた。


 なるほど。


 これで王権の喪失、そして力の消滅を表現しているのか。


 行き当たりばったりのこんな展開だったけど、これは理想的だ。

 お互いの目指すところが同じだったという、その証明なのかもしれない。


「グリーン……」


 そんなレディ・ニュクスの変化を呆然と見つめていたグリーンに声を掛ける。

 これでもう、この舞台はグリーンとレディ・ニュクスだけのものだ。


 ここからは緑陸に踏ん張ってもらうしかない。


 だけど、なんて声を掛ければいい?


「頑張れ!!」


 そんな時、人垣のどこかから、そんな声が掛けられた。


 姿は確認できないけど、それは確かに、城山先生の声。

 この中で声を出すのには相当勇気がいっただろうに、良く言ってくれた。


 そうだ。


 僕らはもう舞台には上れないけれど、応援することは出来る。


「頑張れグリーン」


 僕も応援しよう。


「事情はよくわかんねぇけど、ここが緑陸の正念場らしいな。じゃあ頑張れ」


 黄涯がそれに応じてくれた。


「困難を乗り越えた場所でしか見えない景色というものがある」


 青鹿先輩がいい話風なことを言った。


「僕は事情を知った上で言いますけど……やっぱり、それでも頑張ってください――としか言えませんね」


 桃生が言う。きっとマスクの奥で笑っているのだろう。

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