第33話 「すっごく、面白そうですよね先輩」
そんな僕たちの言葉が最後の一押しとなったのか、グリーン――緑陸がついに一歩目をレディ・ニュクスへ向かって踏み出した。
そしてそのまま歩き続け、ついにはレディ・ニュクスの正面に立つ。
先ほどのもみ合いとは違い、お互いを真正面から見据える格好だ。
「夜子……お姉ちゃん」
緑陸の第一声は、やはりそうなるだろう。
それに対するレディ・ニュクス――岸田夜子の反応は……
「円……なんだな。そしてエクレンジャーでもある。それを円が選んだなら、やるべきことはわかっているはずだ」
さすがにぶれない。
「躊躇うことはない。これは我が望んだことでもある。お前にもそれはわかるだろう?」
言葉に詰まっている――かのように見えるグリーン。
周囲の観客達も、突然繰り広げられるドラマに完全に見入っている。
誰かがつばを飲み込む音さえ聞こえてきそうだ。
だが、グリーンは動かない。
何だ? 何を迷う?
そんな中、夜子さんが一歩前へと踏み出した。
そして緑陸の耳元で、こんな言葉を告げた。
「のこのこ出てきてしまって、辛い思いをさせたな円。もういいんだ」
そう。
まさにその瞬間が「終わりの始まりの終わり」だった。
なぜならレディ・ニュクスがそう声をかけ終わった直後、緑陸が突然――
――グリーンのマスクを外したからだ。
「お、おい」
それは、全てが終わってからの段取りだったはずだ。
確かにジェネラル・ストーンはどうするんだ、という疑問もあったが、とにかく今外すべきでないことは明らかだ。
「ごめん、あ……レッド」
その言葉に、僕は強烈な違和感を覚えた。
緑陸がエクレンジャーを降りるというのであれば、僕の名前出すことに躊躇いはないはずだ。どちらにしろバレバレの正体ではあっても。
それなのに、今確かに緑陸は僕をレッドと呼んだ。
何を――考えてるんだ?
だが、僕のそんな思いをよそに緑陸の言葉は続く。
「私、やっぱりできないよ。もういちど夜子お姉ちゃんを殺しちゃうなんてことは……なんて言えばいいのかなんて全然思いつけない。私――そんなことしたくないんだもの」
「そ、それは違うだろ緑陸。そもそも夜子さんがいなくなったのだってお前の……」
「そんな言葉で私が納得できると思ってるの!?」
こ、これは……
本気で頭に来たぞ。
真っ正面から打ち砕いてやる。
緑陸の妄執を!
「納得するのはお前のやるべきことだろ! 皆がそれをわかっているから、それを手助けしようとして、事実をありのままお前に伝えているだけだ!」
「でも私は納得できない!」
「同じところに迷い込むなよ。そこを納得するのがお前のやることだと言ってるんだ。いつまでも、そこで悲しんでいたって仕方ないだろ!」
「悲しむ……?」
緑陸は首をかしげ――
「悲しんでいなければいいのね。なら私はやはりこうするしかないわ」
「な、何を言ってる?」
「前に私言ったわよね。私が夜子お姉ちゃんの死を許さなかったのは、私の間違いが無かったことになるから、非難されることがいやだったからだって」
「それは確かに言ってたけども……」
「それはね、確かに嘘じゃないの。でも全部が本当だったわけでもないわ。だって私、どんな形でも夜子お姉ちゃんがここにいてくれることが嬉しいんだもの。それも本当で間違いのないことなのよ!」
――こ、これほどの狂気が!
「だから私は、もう二度とお姉ちゃんを殺さない。うるさくて乱暴者だったけど、いつも私に気を配ってくれて、優しかった夜子お姉ちゃんを消し去ったりはしない!!」
エクレンジャーでの活動中にはついぞ聞くことの出来なかった、緑陸の意志が乗った凛とした声。
だが、そんなこと今更手遅れなんだ。
もう僕たちは取り返しのつかないところまで来てしまっている。
「そんなの、もう無理なんだってば。幹部も倒したし、もうこの流れは最終回までいかないと止まらないんだ」
「あ」
そこで黄涯が妙な声を出す。
……おい、まさか。
「い、イエロー、何かこの状況に当てはまる戦隊もののお約束でも?」
察しの良いピンクが尋ねる。
「あ、ああ……新しい幹部の登場だ」
「新しい幹部?」
ブルーが聞き返す。
「え、ええ。随分昔の戦隊だと結構あるパターンなんですよ。今までの幹部が倒れた後、それよりも強力だっていうふれこみで新しい幹部が現れるんです」
そうだ。
確かにそのパターンはある。
「それは女性幹部でもあり得るのか?」
「あります」
「いや、それ以前にヒーローから敵側の幹部に寝返ったなんてパターンは――」
「それはないと思いますけど、でもそれをやってはいけないというルールも多分無いんでしょう。何しろパターン破りは今に始まったことじゃない」
そこで、マスクをしたままの三人の視線が僕に注がれる。
確かに、僕は親父さんの、
「エクレンジャーにはエクレンジャーの戦い方がある」
を錦の御旗に戦隊もののパターンにアレンジを加えてきたけれども。
こ、これは何か言い訳しなければ。
「た、確かに僕は色々やってきたかもしれないけど、戦隊もののルールから大きく逸脱したつもりはないよ。それに面白かっただろ」
「それは認めるが……」
ブルーが難しい声を出す。
「お前も気付いてるだろ、緑陸がこのまま幹部になる展開は――」
やめろ。
その先は言うな。
「すっごく、面白そうですよね先輩」
……くそう。
そんな会話を男衆だけでグダグダと行っている間に、緑陸と夜子さんの何かの話し合いは続いている。というか、緑陸が主導で何かを指示しているな。
そうか――!!
「緑陸! 姉への相談というのは、このパターンが可能かどうかなんだな?」
「そうよ。そして姉さんの答えはこれよ!」
あいつめ。
明らかにヒーローしている時より生き生きしている。
まずい。
まずいぞ。
あの女が敵に回ったら、他の誰が敵に回るより厄介だ。
しかも、あいつは本気でレディ・ニュクスを守ろうと考えている。
そんな僕の焦燥をよそに、緑陸はレディ・ニュクスから一度奪った例の回路を渡していた。そして緑陸の迫力に押されたのか、言われるがままに回路になにやら手を加えているレディ・ニュクス。
あ、あれってそんな簡単に細工できるのか?
ふと石上教授を見てみると、まさに開いた口がふさがらないという有様。
しかし考えてみれば、怪人製作に一番時間がかかるのはきっと、体の培養時間だ。回路自体はもっと簡易に細工できるものであると考えても、矛盾は生じない。
くそ!
どこかで僕は考えることを放棄してしまったのか?
事態は僕のそんな後悔をよそにしっかりと手遅れで、周囲の観客達も最終回を見に来たはずなのに、この驚異の展開に全員が静まりかえっている。
そんな中、緑陸は細工が済んだらしい回路を自分の胸の中央に貼り付けた。
その途端、今まで緑だったスーツが黒く染まっていく。
シルエットも細身の優美な――そう、まるでタキシードのような状態に変化していき、右腕で抱えていたマスクさえも、大きな額当て――というよりはアレはティアラなのだろう――に変化していく。
そして緑陸は、そのティアラを自ら戴冠し、こう告げた。
「これより我が名はプリンツ・ランド! 秘密結社ニュクスの首領、レディ・ニュクスの忠実な僕にして、正義の敵だ!」
こうして――
最終回は遠きものとなり――
――世界は停滞の時を迎えた。
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